海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~

海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~

公開日 2024.11.11

今年後半、海洋プラスチックごみ問題を討議する国際会議が、タイ・バンコクで相次いで開催された。7月11日の「Importance of Regional Monitoring and Assessment of Plastic Pollution」に関するワークショップ、9月18、19日の両日はスウェーデン政府がスポンサーとなった「Sea of Solutions」、そして10月29日から4日間は「Forum on Mitigating Plastic Pollution from Runoff」が行われた。いずれも国連環境計画(UNEP)が運営し、7月のワークショップと10月末のフォーラムは日本政府がスポンサーだった。

2018年5月末に、タイ南部で死んだクジラの胃から大量のポリ袋などのプラスチックごみが見つかったというニュースが、その写真とともにタイ国内外に衝撃を与えた。他の国でも同様のニュースが報じられ、世界的に海洋プラスチックごみが環境問題の主要テーマに急浮上し、買い物の際のレジ袋の有料化などの動きが広がった。

そして、2022年の国連環境総会はプラスチック汚染に関する法的拘束力のある条約を策定することで合意、政府間交渉委員会(INC)が始まり、今年11月末に韓国・釜山で開催予定の「INC5」で一定の合意を目指しているという。

日本支援のメコン太平洋プロジェクト

「国連環境計画(UNEP)は日本政府の資金供与により、2019年以来、特に川でのプラスチック汚染を監視し、評価する作業を続けてきた。2023年に始まった現在のプロジェクトは『メコン・太平洋でのプラスチック汚染の管理の強化(メコン太平洋プロジェクト)』だ。そして、プラスチック汚染の流出という根本原因に対処するため、今回のフォーラムは監視・評価から、全バリューチェーンからのプラスチック流出を防ぐ解決策の実行まで焦点を拡大することを目指している」

UNEPは10月末に開催したフォーラムの意義、目的をこう説明している。そして、プラスチック汚染への解決策として、プラスチック代替製品、先端技術、そして拡大生産者責任(EPR)などがあるとした。このフォーラムでは、Field Visitを除く3日間で合計15のセッションに、主にアジア太平洋地域の政府関係者、大学などの研究者、民間企業・団体の専門家など約60人が登壇し、それぞれ専門分野の知見を披露した。ここでは主に海洋プラスチックごみのアジアの現状、バンコクを含むタイの現状と取り組みなどを中心に紹介する。

プラスチックごみの6割がアジア太平洋地域

「(プラスチックサプライチェーンの)上流から下流までのソリューションにどう取り組んでいくか。どうモニターしていくか。われわれはまず、どのぐらいの情報を持っているのかを議論しなければならない。正確なデータはまだないので、プラスチック廃棄物の収集量、リサイクルされ、廃棄され、埋め立てられている量を計測することが重要だ」

UNEPの地域コーディネーターのムシタク・メモン氏は29日の基調講演で、海洋プラスチックごみ対策を検討する上での課題をこう概観した。その上で、2019年時点の世界のプラスチック消費量の産業別シェア、地域別シェアを複数の国際機関のデータをもとに紹介。同年時点で世界で発生した全プラスチック廃棄物3億8500万トンの最終処分方法のシェアでは、リサイクル量は10%未満にすぎず、エネルギー回収のための焼却・埋め立て処理をされていない量が28%に達するとのデータを示した。

また、30日の各国のプラスチック汚染対策に関するセッションに登壇したタイ環境研究所(TEI)の所長で、Public Private Partnership on Waste and Plastic Waste Management(PPPプラスチックス)の会長も務めるウィジャーン氏は、世界の海洋プラスチックごみの排出国のトップはフィリピン(35万6371トン)で、インド(12万6513トン)、マレーシア(7万3098トン)、中国(7万0707トン)などと続くとのデータを紹介。

さらに同氏は、管理できないプラスチックごみの地域別ランキングで、東アジア・太平洋地域が世界の60%を占めるとの驚きの数字も示した。もっともこうした基礎データは基準や調査方法などもばらばらで、世界でコンセンサスになっている信頼できるデータはまだないという。それでも東南アジアを含むアジア太平洋地域が海洋プラスチックごみの中心地であることは間違いなく、なぜ今年、バンコクで国際会議が相次いだのかも分かる。

タイのプラスチック管理ロードマップ

タイのプラスチック廃棄物対策の主要な担い手はタイ工業連盟(FTI)などが2018年に発足させたPPPプラスチックスだ。29日に登壇したFTIのプラスチック産業クラブの副会長で、PPPプラスチックスの委員も務めるポラニー氏によると、PPPプラスチックスは2027年までにタイの海洋プラスチックごみを50%削減する目標を掲げるとともに、タイの「プラスチック管理ロードマップ(2018~2030)」の推進役となっている。

同ロードマップでは、2022年の第2フェーズでポリ袋やプラスチックストローの使用終了を目指していたが、どの程度達成されたのだろうか。さらに第3フェーズの2027年には「サーキュラー経済の原則適用により、プラスチック廃棄物100%リサイクルする」との極めて高い目標を掲げている。ポラニー氏によると、PPPプラスチックはロードマップに沿って、プラスチックのサーキュラリティー構築に向け、バリューチェーンで40以上のプロジェクトを実行してきた。例えば、バンコク都と東部経済回廊(EEC)3県で2026年までに年間5万トンの高品質プラスチック原料を回収するという「スマート・リサイクリング・ハブ」が目玉プロジェクトだ。

バンコクのプラごみは運河から

「海洋プラスチックごみの80%は陸から来ている。さらに追跡すると、これらは川、そして運河(Canal)から流出している。そこで私のプロジェクトは真のホットスポットである運河や川へのごみの投棄を減らすプロジェクトを始めた。そしてバンコクの汚染運河トップ10からラップラオ運河を調査対象にした。総延長22キロのこの運河沿いには約50のコミュニティーがあり、約7000家族が居住している」

チュラロンコン大学のサステナブル環境研究所(SERI)のスジトラ上級研究員は、10月30日のセッションでバンコク都の「ごみゼロ(Zero Waste)」の取り組みの現状を詳しく紹介した。スジトラ氏は、こうした運河沿いの一般家庭ごみは地元自治体などがボートで回収しているものの、やはり運河に捨ててしまうことが多く、この運河投棄を減らすプロジェクトには地元コミュニティーと住民の参加が不可欠だと強調。実際に6つの地元コミュニティーに協力を求め、限られた予算とスタッフの中で周辺の学校での啓蒙活動やユースキャンプの実施などに懸命に取り組んでいるという。

具体的な活動ではまず廃棄物の構成を知ることから始まるとし、家庭ごみの半分は生ゴミ(食品残渣)であり、プラスチックごみの削減が狙いだとしても、生ゴミを無視してはならないと強調。生ゴミがプラスチックなど他のごみと混ざったまま廃棄すると分別が困難なため一般家庭段階で生ゴミを分別することが重要であり、生ゴミは堆肥(compost)化して利用し、他のごみをリサイクルに持っていくなどの行動を取るよう地域住民に説明したという。

さらに、プラスチックごみの削減ではチュラロンコン大学での「ごみゼロ」の取り組み同様「マイバッグ」や「マイボトル」の持参を推奨している。まさに日本が高度成長期の公害、ごみ問題の深刻化を受けて推進されたごみの分別の取り組みがタイでもようやく草の根で始まった段階と言えるだろう。

プラスチックごみと観光立国

国連環境計画(UNEP)がバンコクで開催した海洋プラスチックごみに関する一連の国際会議ではまだまだ各国の現状報告や政策のすり合わせの段階との印象で、国際条約の策定までにはまだ時間がかかりそうだ。海洋プラスチックごみ削減の最初の一歩は、紛れもなく一般ごみの分別だ。タイでも大手企業などの間ではごみ、廃棄物の分別回収に取り組みは始まっているが、一般家庭ではまだこれからとの印象だ。

海洋プラスチックごみ問題への関心の高まりから、タイでもスーパーのレジ袋の無料配布は禁止され、マイバック持参は定着したものの、新型コロナウイルス流行後、食品デリバリーの急増などを受けて、食品のプラスチック包装容器は逆に増えた印象すらあった。現時点でも屋台での惣菜や弁当の購入などの中食の多いタイ人の生活習慣では食品用のプラスチック包装容器が大幅に減ることはないだろう。

また、タイではゴミ分別・回収では既得権益を持つ業者がごみ分別収集のシステム化を妨げているとの指摘も多い。筆者もバンコク市内のあちこちで、プラスチックなどのごみが大量に浮かんでいる運河を見るたびに非常に悲しい気持ちになる。タイは本当に観光立国を目指しているのかと懐疑的にならざるを得ない。それでもチャチャート知事のリーダーシップによるごみ・廃棄物の分別回収とリサイクル促進の取り組みが草の根で始まり、ごみ問題への市民意識が高まることに期待したい。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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