カテゴリー: ビジネス・経済, カーボンニュートラル
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.08.19
タイの長期電源開発計画(PDP、2024~2037年)の策定作業は大詰めを迎え、同時に企業が再生可能電力を発電事業者から直接購入できる電力購入契約(Direct-PPA)の導入に関する議論も活発化している。東南アジアのクラウドコンピューティングのハブを目指すタイに、米マイクロソフトなどの世界のIT大手がデータセンターを新設する計画で、その際には再生可能エネルギー由来の電力供給不足がハードルになっており、その打開策として直接PPA導入が不可欠とされている。
タイの2023年の発電量の8割超が天然ガスを中心とする化石燃料由来であり、再生可能エネルギー由来はまだ2割弱だ。新PDPではこの再生可能エネルギーの比率を51%まで引き上げることを目標にしているが、その道のりは険しい。特に再生可能エネルギーの主力とされる太陽光発電では、今週配信した、ウエストインターナショナル(タイランド)の社長インタビューにもあるように、以前から日系業者の間では「売電ができないことが太陽光発電普及のネックになっている」との声が強かった。直接PPAの導入などの規制緩和がタイのエネルギー市場の独占構造を打破し、再生可能エネルギー普及目標の達成につながるのか、注意深く見守る必要がある。
「太陽光発電の急成長は大げさではなく、事実だ。太陽光発電容量は3年毎に倍増しており、10年間で10倍になっている。・・・ソーラーセルは2030年までに世界の電力の最大の電源になるだろう。2040年までには単に電力だけでなく、全エネルギーにおける最大のエネルギー源になるだろう。・・・これが気候変動を止めることはないが、地球温暖化を遅らせることはできる」
英エコノミスト誌は6月22日号の巻頭記事「太陽光発電の急成長は世界を変える」で、太陽光発電への期待と未来のエネルギーに関するビッグピクチャーをこう表現している。そして、ソーラーセルを生産し、太陽光発電所を建設するのに必要な資源は「シリコンが豊富に含まれる砂」「日照に恵まれた土地」「人間の創意工夫」であり、これらは豊富だと強調する一方で、太陽光発電には蓄電などの補完技術が必要であり、また重工業や航空、船舶は電動化が難しいと指摘。しかし「この問題もバッテリーと電解により製造される燃料が徐々に安価になることで解決可能だろう」としている。
また、世界のソーラーパネルの大半と、原料のシリコンの大半が中国から輸出されており、太陽光発電市場が過当競争、補助金漬けであり、供給が需要を大幅に上回っていることも問題だとする。そして、米国の太陽光発電市場は「化石燃料信者」のトランプ氏が大統領になった場合に混乱する可能性もあるが、それは一時的なものであり、最終的には米国民が自宅に太陽光パネルを設置し、送電網への参加が容易になれば、米国の太陽光市場の発展も可能だろうとの見方を示す。
日本貿易振興機構(ジェトロ)プノンペン事務所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月7日、カンボジアの首都プノンペンで、カーボンクレジットビジネスをテーマとした「日カンボジア経済共創交流シンポジウム」を開催した。ジェトロ・バンコク事務所広域調査員(アジア)の北見創氏は、カーボンクレジットビジネスのトレンドについて講演したが、その中で紹介した東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の2021年時点での電源構成比率のグラフで東南アジアのエネルギーの現状を概観できる。
これによるとタイは天然ガスが62.2%と圧倒的で、石炭は19.9%、石油が0.4%で、化石燃料全体で82.5%を占めたことが確認できる。一方、再生可能エネルギーは、バイオマスが9.9%と最も多く、太陽光2.8%、水力が2.0%、風力が0.2%と続いている。このグラフで興味深いのはASEANという狭いエリア内でも各国で電源構成が大きく違うことだ。例えばインドネシアは石炭が61.4%と圧倒的な一方、太陽光は0.1%と域内でも最低水準だ。一方、水資源の豊かなラオスは水力が73.2%と大半を占めており、ミャンマー、カンボジア、ベトナムも水力の比率が高い。国土の小さいシンガポールとブルネイを除くと、水力の比率が低いタイが、再生可能エネルギーの比率が最も低くなってしまう。一方、バイオマスは、植物資源の豊富なタイとインドネシア(5.6%)が優位なことも分かる。
現在、タイでも欧州系、タイ地場系、そして日系の太陽光発電事業者が主に産業用の電力供給で激しい競争を繰り広げている。日系ではパネルメーカー系が先行したが、大手商社系、電力系、独立系も次々に参入。独立系ではいち早く2013年に「Energy Pro Corporation」で太陽光発電所建設事業に参入し、2019年に大阪ガスと合弁で太陽光投資会社「OEソーラー」を立ち上げた中川正彦社長は、タイの太陽光発電市場の課題について、「工場の屋根に太陽光パネルを設置しても、休日の余った電力を首都配電公社(MEA)や地方配電公社(PEA)という配電会社に送る『逆潮流』ができない」と指摘。その分、工場や発電事業者の投資採算が悪化しているという。
また日系企業にとっては、導入予定のThird Party Access(TPA)制度も課題となる。中川社長によると、「地方に作った太陽光発電所などの再生可能エネルギーを都市部の企業が同量の電力を送配電会社に託送料を払って購入するとグリーン電力を購入した扱いとなるが、日系事業者があらかじめ地方で土地を確保して太陽光発電所を開設するのは難しい。さらに近隣の変電所や送電線の容量に空きがあるかどうかの情報収集も容易ではない」との見方を示している。
中川氏はこの他、タイの大手企業の導入可能な工場では、既にかなり太陽光パネルの設置が進んでいる現状や、工業団地内の民間発電事業者から電力を購入している場合は、太陽光パネルの設置に制限があることを指摘。さらに、建築改造や使用の許可、発電・売電許可、グリッド接続許可、環境アセス、工場ライセンスなど、さまざまな省庁・当局からの許認可取得に時間がかかるため、既に設置が終わっているにもかかわらず稼働ができていない太陽光発電所もあるという。特に最近は「小規模なものも含め太陽光発電パネルの設置が急増する中で、許認可を担当する当局のスタッフの数が足りない」ため、許認可作業がさらに遅れていると訴えている。
「ペロブスカイトは未来の太陽光発電だ。非常に軽く柔軟なのでさまざまな場所で活用できる。マクニカは、これを開発した桐蔭横浜大学の宮坂力教授とコラボレーションして横浜市で実証実験中だ」
横浜市やバンコク都などが6月21日に開催した都市間連携による脱炭素ビジネスに関するワークショップで、横浜市に本社がある半導体商社マクニカサイテックタイランドの三浦英明拠点長は、タイの不動産大手セナ・デベロップメント(SENA)と提携してペロブスカイト型太陽光発電の実証実験を行うと発表した。マクニカはペロブスカイト太陽電池を発明した宮坂教授と知り合ったことで、同製品の社会実装に協力することになり、現在、環境省事業を受託し、横浜港大桟橋で実証事業を始めている。
ペロブスカイト太陽電池は現在の太陽光パネルが設置できないような建物の曲面や壁面、窓、モバイル端末、さらには電気自動車(EV)のボディーにも装着できるとして大きな注目を集めている。ただ、ウエストタイの天野友寛社長も指摘するようにペロブスカイト太陽電池の実用化ではまだ課題は多く、世界的にも実用化されている事例はほとんどないようだ。タイでの実証事業も、マクニカとセナの事例が初めてとなる見込みという。7月11日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)によると、セナは阪急阪神不動産、チュラロンコン大学工学部、パナソニックと提携してエネルギー効率の高い住宅の開発を進めており、将来的なゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)の実現に向け屋根への太陽光パネルの設置に注力していくという。
太陽光発電は、冒頭で紹介した英エコノミスト誌の記事にもあるように人類にとって脱炭素が必須とされる中でエネルギーの未来を担う主要電源としての期待は高い。そこではペロブスカイト型という最先端技術に世界の注目が集まっている。また、カネカと大成建設は建物の外壁と窓を一体化させた透過性のある太陽光発電システム「Green Multi Solar」を共同開発し、タイでも工場に実装するなど別の新技術の実用化も始まっている。一方で、太陽光パネル生産大国となった中国の過剰生産が世界を混乱させている。さらに太陽光パネルの大量廃棄時代が少しずつ近づく中でその廃棄・リサイクルの仕組みがほとんど構築されていないとされ、新たな地球・環境問題になる可能性もある。人類のエネルギーの未来はまだ見通し難だ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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