賛否を巻き起こす 「ランドブリッジ」 プロジェクト

THAIBIZ No.148 2024年4月発行

THAIBIZ No.148 2024年4月発行タイで成功する日系企業デンソーのWin-Winな協創戦略

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賛否を巻き起こす 「ランドブリッジ」 プロジェクト

公開日 2024.04.10

タイ南部の「ランドブリッジ」プロジェクトは、タイ湾側(チュンポン県)とアンダマン海側(ラノン県)の港湾間を結ぶ陸上貨物輸送ルートの開発計画で、昨年9月にセター政権が発足してから実現に向けた動きが活発化している。投資予算約1兆バーツを見込んだメガプロジェクトであり、タイ経済の起爆剤となることが期待される一方で、周辺国との関係や環境への影響、陸上輸送の道路や鉄道の開発用地の取得における地元住民との調整などクリアすべき懸念事項も多く、今タイ社会で大きな注目を集めている。現地タイではランドブリッジの開発計画をどのように捉えているのだろうか。ここでは、ランドブリッジに関する調査報告書とタイ人専門家の見立てを紹介しながら、見ていきたい。

タイ湾とアンダマン海を結ぶベストシナリオはランドブリッジなのか

ランドブリッジ構想は、古くは17世紀の運河構想からはじまり、何度も浮上しては立ち消えてきた。1989年に閣議承認された開発計画では、マレー半島の両側に深海港を建設し、港を鉄道と高速道路、パイプラインで結ぶ計画が浮上したが実現はしなかった。ところがプラユット前政権でこの計画が復活し、南部経済回廊(SEC)開発計画の中核としてランドブリッジ計画が据えられた。

同政権下で、タイ国家経済社会開発委員会(NESDC)とチュラロンコン大学・研究サービスセンターのチュラユニサーチ(Chula Unisearch)は共同で、「タイ湾側とアンダマン海側を結ぶ海上輸送連結に関する事前実現可能性調査」を完了させ、2022年12月に報告書を発表した。同報告書によると、ランドブリッジプロジェクトはSEC開発計画における一案として位置付けられており、決してSEC開発の最適案ではない。今回は同報告書で提案されている4つの開発シナリオと各シナリオに対する評価と課題を抜粋して紹介する。

4つの開発シナリオ

同調査では、地域の開発戦略・計画、関連する貿易や交通の機会、地理的条件などを検討し、タイ湾側とアンダマン海側を結ぶ海上輸送連結の実現可能性に最も適した次の4つの開発シナリオを挙げている。

シナリオ1

2018年8月21日にタイ政府が承認したSECの持続可能な開発行動計画に沿って、タイ湾とアンダマン海の沿岸地域を開発。タイ湾側とアンダマン海側を結ぶ新しい陸橋や運河など他の交通インフラは開発せず、開発エリアまでのアクセスをさらに改善し、既存の交通システムの強化を図るものだ。
※シナリオ1を基本計画と呼ぶ。

シナリオ2

タイ湾側とアンダマン海側の港湾を結ぶ新しいランドブリッジの開発で、鉄道と道路を建設。

シナリオ 3

タイ湾側とアンダマン海側を結ぶ運河(ここでは「タイ運河」と呼ぶ)の開発。

シナリオ 4

大メコン圏(GMS)に基づくSECの開発:カンチャナブリ県とタイ・ミャンマー国境(プナムロン検問所)を結ぶ高速道路を建設。

既存のインフラを最大限に活用することが最適

同調査チームは、現行の計画との適合性や、エンジニアリング・建設・技術の実現可能性、財政的実現可能性、国家安全保障と国際関係への影響など、10の懸念事項を踏まえ、シナリオ1を基本計画とし、2、3、4と比較した場合の各シナリオの可能性を評価した。

その結果、最も評価が高いのは基本計画のシナリオ1だった。この計画は、「大規模なインフラを整備する必要がなく、既存のインフラをより有効に活用し、新たな開発エリアへのアクセスを確保しながら、既存の資源に付加価値をつけ、利益を最大化していくことが可能だ」という。

2番目に評価が高かったのはシナリオ4だ。ただし、成功させるには、「ミャンマーのダウェイ深海港開発や経済特区(SEZ)開発など、タイ側でコントロールできない要因に大きく左右される」と指摘した上で、効果的に実現するためには、「タイとミャンマーおよび日本・メコン協力下にある日本などさまざまな国の間で強力なコミットメントを確立する必要がある」と述べている。

3番目はシナリオ2のランドブリッジだ。ランドブリッジの建設には、「特定のタイの国際商品の輸送にかかる時間とコストは削減される可能性はあるが、インフラへの投資コストがタイにとって大きな負担となる」と指摘。さらに「陸上と水上インフラ整備は環境に影響を与える」と警鐘を鳴らしている。タイの輸出入を促進する上で、「深海港は貿易のゲートウェイとして主導的な役割を果たすが、鉄道と道路開発に投資予算の約3分の2以上が充てられているため、海上インフラへの投資はごく一部に過ぎない。もしランドブリッジ開発を進めるのなら、鉄道と道路開発への予算は海上インフラの投資を上回らないよう予算を見直す必要がある」と指摘している。

最も評価が低かったのはシナリオ3のタイ運河だ。運河の建設には、「財源を含む莫大な資源、予測不可能な社会的コストがかかる。また、タイ運河の開発により、タイとタイ以西の国々間での物流はより早く、低コストで輸送されるようになるが、その利益のほとんどはマラッカ海峡の代わりにタイ運河をショートカットルートとして利用する外国船と外国製品にもたらされることになり、タイ製品の競争力の向上にはつながらない可能性がある」と分析している。

ランドブリッジは南アジアとタイ湾を結ぶ架け橋

同調査チームの報告書では、ランドブリッジの開発には莫大なインフラへの投資コストと環境破壊への懸念が報告されているにも関わらず、タイ政府が同プロジェクトを推進しているのはなぜか。タイのオンラインメディア「ザ・スタンダード」が、1月22日に「ランドブリッジは、地域をつなぐ架け橋としてタイの機会となりうるか」と題した興味深い記事を公開していたので紹介する。

同メディアでは、ランドブリッジによるタイへのメリットの一つとして、「ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ (BIMSTEC)の加盟国(バングラデシュ、ブータン、インド、ミャンマー、ネパール、スリランカ)の巨大な経済圏へのアクセス」を示唆した上で、国際関係の専門家で政治経済学者のソムチャイ・パカパーッウィワット准教授にランドブリッジ開発の懸念点とタイにもたらす機会についてのインタビュー内容を紹介している。

同メディアのインタビューで、ソムチャイ准教授は、「ランドブリッジが実現すれば、南アジアとタイ湾を結ぶ架け橋となり、BIMSTECの加盟国に利益をもたらすだろう」と述べ、「特にインドは国家開発や貿易・投資、宇宙分野などにおいて成長を続けており、現在はインドの黄金時代」だと世界最大の人口を抱える国インドの重要性を強調した。

1990年代以降、インドは開国を目指し、「日本やASEANなど東側諸国との協力を重視するルック・イースト政策を推進してきた。その後、2014年に発足したナレンドラ・モディ政権が、この政策をアクト・イースト政策へと発展。アクト・イースト政策は、貿易や投資に重点を置くだけでなく、国家安全保障も重視するもので、域内の協力の強化においてインドが大きな役割を果たすことになった」と解説。

最も利益を得るのは中国

ソムチャイ准教授はさらに、ランドブリッジは「中国の重要な戦略を後押しする可能性があり、ランドブリッジが完成すれば中国が最も利益を得ることになるだろう」と指摘した上で、「中国は、15ヵ国からなる世界最大の自由貿易協定(FTA)の『地域的な包括的経済連携(RCEP)協定』を活用し、さらに巨大経済圏構想『一帯一路』とも相まって、サプライチェーンや貿易・投資において大きな優位性を持つことになる」と解説した。

また「今はアジア太平洋の時代で、RCEPが主導し、中国は重要な加盟国の一つ」と強調し、その背景の一つとして、「地政学上の見解が異なることが多い中国と日本、韓国が経済的に協力していることだ」と述べた。現在、BIMSTEC加盟国のスリランカとバングラデシュがRCEPへの加盟を申請しており、今後インドもRCEPに参加する可能性があると見られている。

同准教授は「ランドブリッジへの投資を支援するかどうかは、一帯一路にかかっている」と続け、「中国の戦略は2つの問題に直面している。一つは『債務のわな』だ。スリランカなどの債務国は債務のわなに陥り、中国は融資をし、債務を負担しなければならない。一方、中国経済は悪化の一途をたどっており、一帯一路の投資資金は減少している。つまり、中国の一帯一路は調整過程にあるということだ。中国が1兆バーツのメガプロジェクトに投資をするかどうかはさておき、タイのランドブリッジから最も利益を得るのは中国だ」と強調した。

ランドブリッジの懸念点については、「実現すれば、タイはこの地域をつなぐ架け橋となるチャンスはあるが、国家安全保障上の問題や、中国とアメリカの間の地政学に影響を与える問題にもつながりかねない。また、シンガポールなどマラッカ海峡の利益を得ている近隣諸国との緊張関係にもつながる可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

日本のチャンスは投資の役割

セター政権になってから、タイ政府は中国や日本、インドをはじめ世界各国に向けてランドブリッジへの投資を積極的に呼びかけている。ランドブリッジ開発において、日本の参入メリットや協力できる部分はあるのだろうか。

THAIBIZ編集部は、前出のソムチャイ准教授に「ランドブリッジ開発計画において、日本が得られる利益と日本の役割について」の見解を聞いた。ソムチャイ准教授は、「日本はRCEPの一員なので、タイのランドブリッジから利益を得られるだろう」とした上で、「ただし中国の方が利益の恩恵は大きい。ランドブリッジは一帯一路や大メコン圏とつながるため、中国は経済面で、特に石油輸送のコスト削減になり、物流や観光の面でも利益を得ることになる。その結果、中国はこの地域において国家安全保障を含め影響力を持つようになり、逆に日本の政治的・経済的な影響力は弱まる可能性がある」という。ランドブリッジ開発における日本の役割については、「ランドブリッジには多額の投資が必要だが、昨今の中国の財政状況を鑑みると、ランドブリッジへの積極的な投資は見込めない。そのため、日本は投資面で役割を果たすことができるのではないか」との見解を示した。

ランドブリッジの実現が意味するもの

環境破壊や国際関係など多くの懸念があるにも関わらず、セター政権がランドブリッジプロジェクトを推進する理由。それは、インドを起点とした中東やアフリカなど今後大きな経済成長が見込まれるグローバルな経済トレンドの波に乗るという政府の思惑なのだろうか。THAIBIZでは、引き続きランドブリッジ開発の動向を追っていきたいと思う。

(翻訳・執筆:タニダ・アリーガンラート)

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THAIBIZ編集部

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