連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2024.04.01
2020年初からの新型コロナウイルス感染拡大は3年近く世界中の人々の生活を一変させたが、産業界では航空産業と観光産業への打撃が最も深刻だった。コロナ流行が収束する中で、タイの観光産業、航空需要も回復しつつあるものの、それでもコロナ前の水準には達していない。全日本空輸(ANA)の前バンコク支店長の寺澤正道氏(4月1日付でANAあきんど株式会社・執行役員 法人営業部長)にタイでのコロナ禍への対応や収束後をにらんだ戦略などを聞いた。
(インタビューは3月18日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)
寺澤前支店長:2020年9月に着任して以後、1番の出来事は当然コロナであり、航空業界に与えたインパクトは大きかった。タイは2020年は感染者がほぼゼロだったが、2021年の4月から一気に感染が拡大していった。タイの入国規制は2022年の4月から段階的に緩和され、旅客数は日本が遅れて開国した2022年の10月以降に戻ってきた。コロナの間は国際貨物が急増した。コロナにより海上輸送で人材確保できず、コンテナ不足もあり、さらに海上航路が混雑して通常の3~4倍の時間がかかるなど海上貨物の乱れは大きかった。この間は収入源として国際貨物が非常に大きく寄与した。
ただANAのビジネスモデルではやはり旅客営業の収入が9割で、貨物は全社的には1割程度だ。コロナ禍の2021~22年は貨物で稼いだが、それでも全社的なインパクトは1割でしかなく、旅客事業の減収をカバーできなかった。
ただ、 タイはコロナ禍でも貨物需要は非常に多く、タイから日本に行く貨物、日本を経由してアメリカに行く貨物も多かった。2021年から22年の初めの全盛期には 1週間で13便の貨物専用機を飛ばした。その間、旅客便の貨物チャーターと言われる、普通の旅客飛行機を貨物専用でチャーターして、荷室に貨物を搭載し、人は全く乗らない便も月3~4便あり、貨物で収入を少し支えた。 ただ全体収入を補うボリュームは当然ないため全社的な施策としては、人件費削減 、金融機関から追加融資、機材の早期退役で補った。機材を寝かせておくだけでお金かかるため退役を早めた。また発注した機材の納期を遅らせることでキャッシュフローを維持することにも取り組んだ。さらに、客室乗務員を中心に他業種への出向など考えられる施策を全てやった。
貨物事業は2021年が最大の収入があり、 全体収入のうち貨物が3割近くまで増えた。貨物の売上高が倍近くに上がった一方で、旅客の売上高は引き続き低迷していたため、全体収入に占める貨物比率が相対的に上がった結果だ。
寺澤前支店長:バンコクではタイ人の客室乗務員(CA)が50人ぐらいいたが、当然仕事がないので、そのうち6人ほど1人3ヶ月から6ヶ月ぐらいの短い期間だったが日系の他社に受け入れていただいた。日本では2000人規模の客室乗務員があらゆる業界に出向するといったことがあったが、海外ではCAの現地での出向事例はあまりなく、たまたまバンコクはご支援いただける会社があった。
寺澤前支店長:会社を小さくすることでコロナを乗り切ることができたが、機材の早期退役、新しい機材の納入を遅らせたので、 コロナ開け後に需要が急速に戻った時に供給が間に合わないということは会社としては折り込み済みだった。今でも全国際線の供給量は約6割の水準で、便数がなかなか戻せない状況がある。そして全世界的な傾向だがパイロット、そして地上係員も不足している。特に空港における地上係員不足は全世界的な課題だ。タイでは当社のチェックインカウンターはタイ航空に委託をしているが、タイ航空に人がいないと増便ができないこともある。
アジアは当社にとっても重要な地域であり、日タイ間のみでなく、日本をハブとしたアジアと北米の需要の取り込みも積極的に行っている。
寺澤前支店長:米国路線 、アジア米国路線はユナイテッド航空と、欧州ではルフトハンザとジョイントベンチャー(JV)事業を行っている。JVのメリットは運航ダイヤ、乗り継ぎ時間などの調整や、運賃もハーモナイズできる。各国の独占禁止法の適用除外の認可が必要だが、認可を受けると例えばバンコクから米国行きの路線をANAとユナイテッド航空は同じ料金で販売することができる。アジア戦略はユナイテッド航空の米国内路線 、当社のアジア日本路線の両方のメリットを活かす形で、日本経由で米国に行く戦略だ。コロナ禍から回復した時に最初に需要が戻ってきたのがこの北米行きだ。日本よりも先に米国が入国規制を緩和したためだ。日本経由でも日本に入国しないので、日本が入国を緩和していなくても行けるということ。その後、タイ人の訪日観光需要、そして日本人の出張需要が戻ってきた。
寺澤前支店長:ANAグループではANAというフルサービスキャリアがあり、一方、格安路線に振った「ピーチ」という運賃が非常に安い航空会社がある。1番安いのと1番高い両極端があるが、その中間を狙って新ブランドのAirJapan(エアージャパン)を立ち上げた。エアージャパンはもともと1990年に国際線チャーター便を運航するANAグループのエアラインとして創業し、その後はANAの路線の一部(シンガポール、バンコク等)を受託運航していた。
エアージャパンは、機材塗装、CAの制服、機内プロダクト、機内食、シートすべてが新しいコンセプトであり、324席、全席エコノミークラスだが、シートピッチは32インチと足元を広めに設計、フルサービスキャリアのエコノミークラスとそん色ないプロダクトとなっている。機内モニターはなくお客様ご自身のタブレッド、スマートフォンを機内WIFIで接続して映画を楽しめる。機内食は有料だが地方自治体と連携した日本ならではのお食事を提供している。コンセプト的には中間的LCCで、日本航空のZIPAIR Tokyo(ジップエアトーキョー)に対抗する位置づけになるが、ジップエアはビジネスクラスもあるなどコンセプトや戦略は少し違う。
寺澤前支店長:コロナ前は多くの日本人観光客がタイを訪問していた。しかし昨年は1年間の旅行者数でも日本からタイに来る旅行者数をタイ人の訪日者数が上回った。日本人の海外旅行が冷え込んでいる。海外は円安が1番ネックになっている。そして日本人のパスポート保有率の低さも影響していると思う。コロナでパスポートの更新が切れてそのままというケースもあるようだ。
ただ、日本人のタイ出張者はコロナ前とほぼ変わらないぐらいに戻っている。一時、コロナ中にZoomやウェブで仕事ができるようになるので、今までのような出張がなくなり、7~8割ぐらいまで減るのではないかという話もあった。今のところはまだ対面の必要性も多く、出張需要はほぼコロナ前に戻った感じだ。
タイからの訪日者数はコロナ前を上回っている。日本経由のアメリカ行きもコロナ前を上回っている。日タイ間の日本人の出張需要はまだ100パーセントではないが、ほぼ近いぐらい戻っている。現在は日本からの観光需要だけが戻り切っていない。
寺澤前支店長:中国系エアラインは需要が減っているので非常に厳しく、乗り継ぎ需要で旅客数を上げていくという戦略だろう。コロナ前はLCC含め日タイの航空便数が非常に多く、バンコク―東京の直行便だけで1日19便あったが、今は14.7便だ。タイと日本間では1日37便 あったが、今は26.7便で、日本とタイの航空の供給量はコロナ前には戻ってない。全体の供給量が戻っていないので、乗り継ぎも含めて供給を増やしているという面はあると思う。
寺澤前支店長:ESGやSAF(持続可能な航空燃料)に海外拠点であるバンコク支店単体で取り組むことはない。ANAグループとしてどうカーボンニュートラルを実践していくという全社的な取り組みを行っている。
SAFは供給量が全世界的に全く足りていない。当社もさまざまな企業と組んでSAFの調達をこれからも増やしていくが、カーボンニュートラルの実現には日本政府としての支援が不可欠だと考えている。
寺澤前支店長:大きな規模ではないが、航空業界でキャリアを目指す学生のインターンシップは空港を中心に積極的に受け入れている。また回数は少ないが客室乗務員や整備士、パイロットを連れて小中高校を訪問して、航空会社の仕事ってこんなものですと説明する航空教室を実施している。タイ社会で将来何らかの夢を持ってほしいし、その後押しをしたいと思っている。
THAIBIZ編集部
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