タイ経済の現在地と中銀の役割とは ~政策金利据え置き、家計債務は高水準~

タイ経済の現在地と中銀の役割とは ~政策金利据え置き、家計債務は高水準~

公開日 2024.06.24

タイ中央銀行は6月12日の金融政策委員会(MPC)で政策金利である1日物レポ金利を2.50%で据え置くことを決めた。4会合連続の据え置きだ。主に製造業や輸出の低迷による景気悪化懸念から、セター首相はタイ中銀に利下げ圧力をかけ続けてきたが、タイ中銀はこれに屈せず、「中央銀行の政治からの独立性」を守った形とも言える。最近のタイ経済ニュースのヘッドラインでは、自動車販売の低迷ばかりが目立つ一方、街中での景況感はそれほど悪いようには感じられない。結局、産業ごとに景況にさまざまな跛行性があり、家計債務水準の高止まりも金利据え置き判断の背景にあるのかもしれない。今回のコラムではタイ経済の現在地を各種メディア報道やリポートから探ってみたい。

タイ中銀、高水準の家計債務を懸念

「タイ経済は引き続き拡大し、特に国内需要と観光業にけん引されている。一部の商品は競争激化の圧力にさらされ、輸出の伸びは抑制されている。インフレ率は、目標レンジに向かって徐々に上昇していくと予想される。委員の大半は、現行の政策金利は、適正水準に収束しつつある景気に見合ったものであり、マクロ金融の安定性の維持に貢献していると判断している」

タイ中銀は12日のMPC後に発表したプレスリリースで、金利据え置きの理由をこう要約。その上で、タイの経済成長率については2024年が2.6%、2025年が3.0%という従来予測を維持し、総合インフレ率は2024年が0.6%、2025年が1.3%と予想した。そして、「金融情勢全般は安定的」だとし、企業向け融資残高は増加する一方、個人向け融資ではクレジットの質の悪化に伴い、分割払い購入(hire purchase)とクレジットカード融資の伸びは緩慢だと指摘。さらに、MPCは「高水準の家計債務を懸念しており、銀行貸し出しの伸びは、長期的な金融の安定性を守るための債務の解消の進展状況に合わせていくべきだ」との認識を示した。

金融機関は引き続き自動車ローンに慎重

タイ国トヨタ自動車(TMT)が5月31日に発表した4月の新車販売台数が業界全体で前年同月比21.5%減になったことが改めて衝撃を与えている。販売台数は2023年5月の0.5%増を除き、2022年11月以来前年同月比マイナス基調が続いている。今年1~4月の累計販売台数も前年同期比23.9%減だ。特にピックアップトラックの販売不振が深刻で、メーカー別でも明暗がくっきりと分かれている。

タイ工業連盟(FTI)のスラポン副会長は、タイ中銀が家計債務問題への対処で「責任ある融資(RL)」規制を導入したことを受け、金融機関は自動車ローン実行に慎重姿勢を続けており、特にピックアップトラックの購入希望者のローン申請はほぼ却下され、販売低迷が続くだろうとの見通しを示している。結局、新型コロナウイルス流行期に特に地方で生計を立てるために無理して借金でピックアップトラックを購入した層などの債務返済問題が解消されていないようだ。

家計債務の6割が「非生産的ローン」

アユタヤ銀行の調査会社クルンシィ・リサーチは5月中旬に「タイの家計債務と経済へのリスク」と題するリポートを公表した。同リポートは、「タイの家計債務の国内総生産(GDP)比率は、2021年第1四半期に95.5%というピークを付けて以来、徐々に低下しているが、2023年末時点で91.3%と高止まり、世界でも最も高水準の国の1つだ」と指摘。国際決済銀行(BIS)のデータによると、2023年6月時点の家計債務のGDP比の国別ランキングでは、韓国が101.7%と最も高く、香港が95.9%で続き、タイは90.8%と3番目の高さだという。この背景にはタイの消費者が金融サービスや融資へアクセスしやすいこともあると分析している。

タイの家計債務のGDP比率
「タイにおける家計債務のGDP比率」出所:Krungsri Research

そして、前年同期比で最も増加した債務は消費者ローンと不動産購入ローンであり、不良債権(NPL)比率は2.66%で、主に消費者ローンによって押し上げられたと指摘。こうした問題の根本原因は貯蓄や消費に関する行動パターン以外に、「特に低・中所得層の家計で、債務返済を含む全支出(消費)が、収入を上回っている」ことがあるとし、これが、毎日の支出を考えて手元流動性を確保する中で、借り入れ増につながっている」と強調した。さらに家計債務の59%が、個人ローンやクレジットカードローンなどの返済期間が短い高金利ローンで、直接の所得増につながらない「non-productive loans(非生産的ローン)」であり、結果的に借り手の債務負担の増加につながっていると分析している。

改めて中銀の独立性

タイ中銀が政策金利を引き下げないのは、バーツ安懸念やインフレ警戒のほかにも、景気に配慮して利下げをし、市中金利も低下していった場合、一般消費者がより借金をしやすくなり、結果として家計債務比率がさらに上昇していくことへの懸念もあるのだろうか。ただ、タイ中銀のセタプット総裁が日本などの先進国でもしばしばある、政治の圧力に屈していないことは確かだ。2月27日配信のWEEKLY NEWS PICKUPでも紹介したように、中銀の政治からの独立性をめぐる議論はその後も、バンコク・ポストで何度も報じられている。

例えば、5月8日付ビジネス1面は「エコノミストらは、金利は経済成長加速に与える影響は限定的である一方、バーツの安定性に影響を与え、家計債務の上昇につながる可能性があると指摘し。タイ中銀は経済の安定性を維持するという役割を追求するために独立であるべきだと主張している」と伝えた。また、5月9日付9面のオピニオン記事は「“高金利”をめぐる政府とタイ中銀の対立はニュースを賑わしている。多くの人がタイ中銀の独立の妥当性に疑問を投げ掛け初めている。セター首相は、高金利が経済発展を阻害しているとまで言っている。一部の政府支持者は、タイ中銀総裁を罷免するよう求めている。・・・しかし、2.5%という金利はいかなる基準からも高くはない」と強調、タイの政策金利がインドネシア、マレーシア、ベトナムなど他の東南アジアの大半の国より低いとのデータを紹介している。

また、5月13日付(ビジネス1面)の「独立をめぐる戦争」というタイトルの記事は、「歴史が示しているのは政府が中銀の業務に介入するような国では、インフレ抑制は機能しない。一方、中銀が独立している国ではインフレ抑制は効果がある」という専門家のコメントを引用。その上でタイ貢献党のペートンタン党首が講演で「タイ中銀の独立性が、低迷する経済の回復の障害になっている」とコメントしたことで、政府と中銀の対立に注目が集まったと報じた。また、5月17日付ビジネス1面の記事は、両者の対立を回避するため、ピチャイ副首相兼財務相がセタプット総裁との会合で、政策金利を決定するタイ中銀の「autonomy(自主性)」を政府は認識していると強調する一方で、中銀に対し一般家庭や中小企業の資金アクセスを改善するよう求めたと伝えている。

工場閉鎖を懸念せず

現在、タイ経済で最も懸念されているのは高水準の家計債務の他にも、海外市場での競争激化による輸出の低迷、そして主にEコマースを通じた中国製の安価な商品の大量流入でタイの地場企業が打撃を受け、続々と工場閉鎖に追い込まれていることもある。これについて、6月18日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)は「タイ中銀は工場閉鎖にも動じない」というタイトルの記事で、タイ中銀の見解を伝えている。  

タイ中銀のピティ総裁補(金融政策担当)は、工場閉鎖や廃業数は、新規事業登録数より少ないため、懸念していないとした上で、新規事業登録会社の資本金総額は廃業企業の資本金総額よりも多く、新規登録企業の雇用者数は増えていると説明。タイ中銀は工場や企業の廃業数と開業数をモニターしており、現在の環境はポジティブだとの判断を示した上で、「工場閉鎖はしばしば、事業の効率性強化を目的としたリロケーションが原因だ」と述べた。政治家はどうしても目先の人気取りを優先せざるを得ないことが多いが、タイ中銀を含め、各分野の専門家の声に注意深く耳を傾け、信頼することも必要だろう。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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