カテゴリー: ASEAN・中国・インド, ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.04.22
アジア開発銀行は4月11日に発表したアジア太平洋地域の経済見通しで、タイの2024年の国内総生産(GDP)が2.6%になるとの予想を明らかにした。2023年の1.9%は上回る見込みだが、他の東南アジア主要国がシンガポールを除き4%~6%のレンジ内と予想されていることに比べかなり低い。また、2021年に高齢社会入りし、生産年齢人口の減少トレンドも東南アジアにおけるタイの低成長性を示唆している。そうした中で、国際協力銀行(JBIC)が昨年12月14日に発表した恒例の「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告~2023年度・海外直接投資アンケート調査結果(第35回)~」で、中期的な事業展開有望国のランキングで、タイは前年度の5位から6位に順位を下げた。
一方で、日本貿易振興機構(ジェトロ)が3月に公表した「アジア太平洋地域における日系企業の地域統括機能調査」では、地域統括機能が最も多く置かれているシンガポールから、部分移管を検討、または実施した企業の移管先ではタイが最多となった。シンガポールからタイへの地域統括拠点の移転の動きは既に明らかになっていたが、低成長が続く中でのタイへのシフトが何を意味するのか。この2つのリポートを紹介することで、改めて日本企業における東南アジアでの事業展開・投資におけるタイの現在地を考えてみたい。
「今後3年程度の有望な事業展開先国については、インドが幅広い業種で支持を拡大し得票率で他を引き離す形で首位を維持した。中国は米中対立の長期化・中国経済の減速など、様々な懸念の高まりを背景に2年連続で得票率を落とし3位に後退。米国は、マーケットとしての評価は高いものの、足元の労働コストの上昇などが響き、得票率の減少につながったとみられる。米中の得票率の減少分がASEAN上位国 やメキシコ等に分散し、脱中国の受け皿としての期待が高まるベトナムが初の2位となった」
国際協力銀行(JBIC)は2023年度海外直接投資アンケート結果のうち、中期的な有望事業展開先国・地域のランキング全体についてこう概観した。ランキングは別表の通りで、東南アジアではやはりベトナムが中国、米国を抜いて2位に躍進したことが目立つ。中国は得票率が37.1%から28.4%に急低下、昨年から世界的に注目されるようになった中国の不動産バブル崩壊と経済の変調をまさしく反映している。一方、タイとインドネシアの順位は、インドネシアが5位、タイが6位と逆転。タイの得票率は前年度の23.2%から21.5%に低下する一方、インドネシアは21%から24.6%に上昇している。
タイの調査結果の詳細パートでは、得票率の過去最高が2013年の38.5%の一方で、過去最低は1992年の20.9%だと説明、2023年度には過去最低に接近していることが分かる。そして「有望」と回答した企業(85社)の業種内訳は自動車16.5%、化学23.5%、電機・電子15.3%、一般機械9.4%と、自動車関連がトップでないのが興味深い。
有望な理由としては、「現地マーケットの今後の成長性」や「現地マーケットの現状規模」を評価している企業が多い。また、昨年度と比べると「組み立てメーカーへの供給拠点」の割合が増加。課題は、「労働コストの上昇」「管理職人材の確保が困難」「技術系人材の確保が困難」の割合が増えている。ヒアリングでは、「管理職の人件費が徐々に上がっている」(電機・電子)との声もあり、他国の企業との間での人材の獲得競争にさらされているようだ。バンコクで一段と懸念が高まっている欧米系企業やタイ財閥企業に対する日系企業の「採用負け」の実態がこの調査結果でも分かる。ちなみにインドネシアの有望理由では「現地マーケットの現状規模、今後の成長性」への評価が高いが、「組み立てメーカーへの供給拠点」としても再認識されているようだ。
JBICの調査結果では、製造業の生産拠点としてのタイの優位性が少しずつ薄れていることがうかがえる。一方で、日本貿易振興機構(ジェトロ)が今年3月に公表したアジア太平洋地域における日系企業の地域統括機能調査(2023年度)では、タイ・バンコクの別の魅力が見えてくる。同調査は2023年10~11月に、シンガポール、タイ、マレーシア、インドにおける日本商工会議所加盟企業などの日系企業を対象に実施。ジェトロは3月27日にこの調査結果を報告するウェビナーを開催したが、調査を主導したシンガポール事務所の朝倉啓介次長(調査担当)は今回の調査結果の大きな特徴として、どの国にアジア太平洋地域の地域統括機能があるかとの設問で、引き続きシンガポールが他国を引き離してトップを維持したものの、その数は87社と前回2019年度の108社から2割近く減少したと説明。一方で、タイに地域統括機能があると答えた企業数は2019年度の19社から21社に増加したという。
そして地域統括機能の設置理由をシンガポールとタイとで比較すると、両国とも「周辺地域へのアクセスが容易」が断然トップ(シンガポール85.1%、タイ71.4%)で、「物流、輸送、通信等のインフラ整備(同55.2%、57.1%)などが続く。一方で、タイに比べシンガポールが圧倒的に優位な理由は「優秀な人材(シンガポール51.7%、タイ9.5%)」「英語が広く通用(同62.1%、9.5%)」「法制度の整備、行政手続きの透明性・効率性(同54.0%、0%)」「政治的安定性(同63.2%、4.8%)」「金融面での優位性(同37.9%、0%)」などだ。一方、タイの方が優位な理由は「当該国または周辺国における主要取引先の集積(同 19.5%、52.4%)」や「対象拠点の規模と集積(同13.8%、42.9%)」、さらに「物価が比較的安価(同1.1%、28.6%)」が挙げられている。
ちなみにマレーシアについては、「英語が広く通用」が72.7%とシンガポールを上回っているほか、「周辺地域へのアクセスが容易」も54.5%と評価が高く、「優秀な人材」は27.3%でタイを上回っている。マレーシアは英語が通じるということが地域統括拠点を考える際の評価ポイントになっているようだ。
また、地域統括機能を廃止・移転した企業に関する設問では「シンガポールでは2000年以降、廃止・移転事例が目立つ」とし、その理由は「コスト削減」「顧客の移転」「他国からの統括の方が効率的」などだという。今後の地域統括拠点の移管可能性については、シンガポールでは「既に部分移管」「部分移管を検討」が2023年度で合計31.0%と、2019年度調査の7.4%から大幅増加する一方、「検討していない」が50.6%と前回の73.1%から低下した。一方、タイで「検討していない」との回答は、前回の78.9%から90.5%に上昇。また、朝倉氏によると、シンガポールから既に移管した国・移管検討先はタイが最も多く、製造業で7社、非製造業で12社に達する。どのような機能を移管(検討)しているかとの設問では、「販売・マーケティング」が合計11社と最も多く、「経営企画」が8社と続いている。
ジェトロ・バンコク事務所の北見創氏によると、地域統括機能の誘致を目指すタイ側の取り組みについて、バンコク都は「シンガポールに比べて、オフィス賃料、人件費、駐在員の生活コストが安い」とアピールしているという。そして、「国際ビジネスセンター(IBC)などの地域統括拠点向けの恩典制度を利用可能」だとし、タイ政府による優遇措置を「利用している。または過去に利用した」と回答した企業数は11社と、全体の52.4%に達したことを明らかにした。
また、既にタイに地域統括機能を設置している日本企業からは、「タイ人の英語力とコミュニケーションに問題を感じる。また、退職者が多く、入れ替わりが激しいため、現地化が難しい実情もある。また、特に税関・通関業務の不透明さや、日本以上のハンコ社会であり、署名・押印が多く、ソフトインフラにも課題がある。渋滞や洪水の地理的リスクの高さなども課題」との声が聞かれたという。筆者も「ハンコ社会」というより「青色ボールペン」で大量の公式文書の全ページに署名しなければいけないという非合理性、非効率さに驚いた。明らかに何らかの既得権益があるのだろうと想像できる。
結局、モノづくりの拠点としてのタイの優位性は、インドネシアやベトナムなどのライバルの台頭で低下する一方で、地域統括拠点としての期待が高まっている。先進国は経済成長とともに製造業より付加価値の高いサービス・ソフト産業にシフトしていった。東南アジアではシンガポールはその典型であり、地域統括拠点の座を確立した。タイもその道筋をたどるのかはよく分からないが、言語の問題、人材教育の問題ではまだ課題も多いことがジェトロ調査でもより鮮明になっている。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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