カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.10.21
タイでもバッテリー電気自動車(BEV)普及の急減速とハイブリッド車(HEV)の販売急増という欧米と似たトレンドがより鮮明になりつつある。一方で、中国の世界シェアの急拡大の要因の1つであるEVとコネクテッドカーなどいわゆる自動車のスマホ化も進み、既存の自動車産業の抜本的変革を迫っているとされる。先月、トヨタ自動車幹部の講演を聞く機会があり、改めてトヨタの「マルチパスウェイ」戦略の実際の取り組みの現状を確認することできた。トヨタ自動車の現在地と中国の自動車産業の最前線の一部を伝えることで、自動車産業の未来図を考える手がかりを提供したい。
タイ運輸省陸運局(DLT)のデータから日本貿易振興機構(ジェトロ)が集計(ビジネス短信)した今年9月のバッテリー電気自動車(BEV)の新規登録台数は前年同月比25.8%減の6606台、このうち乗用車は同32.1%減の4666台だった。またハイブリッド車(HEV)は同51.0%増の9403台、プラグインハイブリッド(PHEV)は同27.8%減の734台。この結果、今年1~9月のBEVの累計新規登録台数は前年同期比11.2%増の7万5566台(乗用車は8.1%増の5万4307台)、HEVは同59.3%増の10万4197台、PHEVは同23.3%減の7310台となった。これらの数字を見ると、世界的なBEV人気の減速とHEV販売の急増がタイでも鮮明になっている。
また、BEV乗用車の新規登録台数をブランド別に見ると、1位は比亜迪(BYD)で1348台(シェア28.9%)、2位がNETAで724台(15.5%)、3位はMGで574台(12.3%)、4位がテスラで426台(9.1%)、5位がAIONで391台(8.4%)。この結果、BEVでの中国ブランド合計のシェアは78.4%に達している。
「カーボンニュートラルを山に例えるなら、頂上に到達するためのさまざまな道があると確信している。われわれはこのコンセプトをマルチパスウェイと表現し、さまざまなモビリティーの選択肢を広げている。各オプションのデモンストレーションを通じて真の課題を特定してきた。カーボンニュートラルとコストの両方を達成するためのものだ。この2つが達成されない限り、われわれの取り組みは決して広がらないだろう」
トヨタ自動車の前田昌彦アジア本部長は9月16日、タイ経営管理協会(TMA)が設立60周年を記念して開催したフォーラムで講演し、トヨタ自動車が提唱するマルチパスウェイ戦略とその具体的な取り組み状況を報告した。前田氏はまずトヨタなどが出資し、商用車の脱炭素化に取り組む「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ」(CJPT)と、昨年4月に合意したサイアム・セメント・グループ(SCG)、タイの財閥チャロン・ポカパン(CP)グループとのカーボンニュートラル分野での協業について言及した上で、「われわれのタイでの取り組みはモビリティー、データ、エネルギーのという3つのソリューションにフォーカスすることから始めた」と訴えた。
このうちデータソリューションについては、ロジスティクス改善が目標で、1つは積載率を改善することで自動車の台数を削減する方法で、もう1つはシステムとコネクテッドデータを活用することで総距離を減らす方法だと指摘。具体的にはSCGの配送センターでの現場改善によるコンテナの積載率引き上げや、CPグループのオンラインショッピングの配送における走行距離の削減(14%)と輸送ルートの最適化の事例を紹介した。
前田氏はこの講演で、カーボンニュートラリティー達成の大きな課題は、コストとのバランスをいかに取るかだと強調。この課題に対する「われわれのアプローチはロジスティクスのデータを検証することから始めた」とし、「受け入れ可能なコストでカーボンニュートラルを達成するための最適なモビリティーミックスを検討した」と説明。例えば「オンデマンドデリバリーサービスのように配送荷物が大きくなければ、よりCO2排出の少ないコンパクトなモデルを使うことができる」とし、ハイブリット車(HEV)にも言及した。こうしたシミュレーションから、SCGやCPグループにモビリティーソリューションを提案できるとアピールした。
またエネルギーソリューションでは、「地元の環境と資源を有効活用することが重要だ。そして最適なエネルギーミックスとサプライネットワークを構築する」ことが課題だと指摘。その上で、2022年末に発表したCPグループとの鶏糞由来のバイオガスから水素を作り、この水素を燃料電池車(FCV)燃料として利用するプロジェクトについて、そのコストが顧客の期待よりも高かったとし、「持続可能な社会とカーボンニュートラルを実現するためにはエネルギーコストを削減することが極めて重要」なことが分かったとした。
その上で前田氏は、「最良のモビリティーとエネルギーソリューションは国、地域、利用方法によってさまざまだ。重要なのはロジスティクスデータの存在であり、国のエネルギー政策との協調だ」と指摘。トヨタとCJPTは、「輸送される商品の重量やサイズなどのロジスティクスデータと、配送ルートや自動車のサイズを統合することで、カーボンニュートラル目標とコストの両方を達成する最適なモビリティーとエネルギーミックスを見出したい」と訴えた。
そもそも、欧米主導でこれからはEVしかないという世界的ムーブメントを作り上げた最初の理由は化石燃料からの脱却だったはずだ。しかし、多くの国が未だに大半の電気を石炭や天然ガスなどの化石燃料から生産していることが再認識されるにつれて、脱炭素というEV推進の大義名分は崩れつつある。そうした中で、自動車の脱炭素はEV化だけで解決するわけではなく、もっと地道で多様なアプローチが不可欠だと主張しているのがトヨタ自動車だ。
一方、大義名分がそもそもなかったのは中国かもしれない。北京五輪前に大気汚染を何とかしなければという動機もあったかもしれないが、内燃機関(ICE)車では日米欧に勝てないと考える中で、自動車産業で主導権を握るためにEVに一気に舵を切った。その結果、中国国内では中国系ブランドのシェアは6割超まで急増、日系は過去4年間で半減し、12%まで落ち込んでいる。EVにフォーカスする中国の国家戦略は現時点では奏功している。しかし、それは国内での生産能力過剰をもたらし、供給過剰を世界に輸出している。中国自動車産業に詳しいある市場筋は単なる完成車輸出だけでなく、「中国の余った最新設備を海外に送り、中国流の低コスト化、迅速化を実現しようとしている」と指摘する。
そして同筋は、日本の自動車産業がモノづくりをベースとした安定品質生産を強みとしているのに対し、「中国が仕掛けているのは全く違うゲームだ。電動化、コネクテッドカーを中心に別の土俵で勝負している」との見方を示す。そして、今年の新たな動きの1つとしてBEVからPHEVへの急速なシフトを挙げる。中国のPHEVはBEV由来であり、複雑な技術を使うHEVをベースとした日本製に比べ、コストが安くなるメリットがあるという。ただ同筋は、「中国勢は入口ではBEVを輸出攻勢で市場構造を崩し、PHEVでさらにシェアを伸ばす。ただ2030年頃には半固体など新電池の量産化とともに、再びBEVにシフトしていく」戦略だと見ている。
タイ・バンコクでは今も、かつて日系だった自動車ディーラーがいつのまにか中国系に変わっていることに気付くことが多い。新たな中国メーカーの参入が続く中、社名とブランド名があまり増えすぎて困惑させられる。一方で、タイ国内の自動車市場の縮小が続いている。ある不動産業界筋は「先日、自動車工場を見て回った時、出荷待ちの完成車のパーキングロットが満杯になっていたのを目の当たりにした。新たなパーキングロットの土地を確保してほしいとの依頼も多い」と語った。
現在、タイ市場における中国系のシェアは12%程度まで高まっているが、このシェアがどこまで高まるのかが、日系企業の最大の関心だ。2割程度まで上昇するとの見方が一般的だが、PHEVやピックアップトラックまでシェアを奪われると中国系のシェアはもっと高まるのではとの声も聞かれる。
前出の市場筋は、「中国系は、過去40年間に日系メーカーがどのように進出してきたかを調べ、ベンチマークにしている」と述べ、日系のシェアが高く、サプライチェーンが広がっているタイを、中国勢が海外進出の主戦場にした理由を示唆する。中国勢のタイへの大量進出が、中国国内の過当競争から逃げるような場当たり的な動きなのか、それとも、委託生産、CKD、現地調達、輸出拠点化といったタイでの日系自動車産業の歴史を研究し、用意周到に準備してきたのか。そしてメンテナンスサービス網の展開と安定化、さらにはバッテリーを含む自動車リサイクルシステムを構築し、タイ社会に深く根差していくのか。その結果がある程度判明するのは3年後なのか、10年後のことなのだろうか。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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