カテゴリー: 協創・進出, 自動車・製造業, ビジネス・経済
公開日 2023.01.10
昨年12月14日に行われたタイ国トヨタ自動車(TMT)の設立60周年記念式典と関連イベントはその後も、日本の自動車専門メディアなどで繰り返し紹介されている。一方で、タイの地元メディアでどれだけ注目されたかはよく分からない。英字紙バンコク・ポストでの報道はなぜかほとんどなかった。
TJRIニュースレターでも昨年最終号(12月20日)のNews Pick Upで、タイ財閥チャロン・パカポン(CP)グループとの提携を中心に速報として短く伝えた。60周年イベントはトヨタ自動車がタイでの成功物語を宣伝しただけとの冷ややかな見方もあるが、地球温暖化対策が世界の最重要課題とされる中で、同社は電気自動車(EV)への完全移行が運輸部門の二酸化炭素排出削減の唯一の手段なのか、運輸部門の将来の動力源についての問題提起をし続けている。ここではトヨタ自動車などの幹部の発言を忠実に伝えることで、自動車の動力源とエネルギー問題、そしてタイにおける日本の自動車メーカーの役割を考える手がかりを提供できたらと思う。
目次
まずTMT設立60周年記念イベントでの豊田章男社長のスピーチを一部抜粋してそのまま掲載する。そこでは王室の重要行事に招待される日本企業はトヨタ自動車だけとの話に象徴されるトヨタ自動車とタイ王室との親密な関係の背景を垣間見ることもできた。
豊田章男社長:私にとって、タイは「第二の故郷」です。仕事のために日本にいる必要がないなら、タイに住みたいと思っているほどです。タイに住んだあかつきには、ソンブーン・シーフードのすぐ隣に住んで、毎日プーパッポンカリー(蟹カレー)を食べに行くでしょう!
私たちは初めてタイ市場向けに、現地で設計・製造したクルマを送り出すことになりました。「ソルーナ」と名付けたこのクルマは、(タイで人気の歌手グループ)「ブラックピンク」と同じくらい人気を博しました。しかし、間もなくして、タイがアジア通貨危機で大打撃を受け、販売は落ち込んでしまいました。危機の中でも、私たちは「一人の従業員も解雇しない」という姿勢を貫きました。それを知った国王ラーマ9世は、感謝の印として、「ソルーナ」を1台、注文くださいました。
タイ王室の皆さまに助けていただいたのは、この時だけではありません。2010年にトヨタがリコール問題に直面した時、私は米国議会の公聴会で証言することになりました。とても厳しい事態で、多くの人がトヨタに疑念を抱いている状況でした。この中で、トヨタへの信頼を表明し、報道内容に疑問を呈した唯一のリーダーは、ラーマ9世でした。このことにどれだけ私が深く感謝しているか、言い尽くせません。
筆者も2009年4月に米国シカゴ駐在から帰任した後、豊田章男社長が米国の公聴会に堂々と出席し、冷静に証言する様子をテレビで見て、創業家出身でもこんな経営者がいるのかなどとさまざまな意味で驚いた記憶がある。
豊田章男社長:私はよくメディアから批判を受けます。「100%バッテリーEV(BEV)にコミットすべきだ」と言わないからです。私は、バッテリーEVの普及時期やインフラの整備については、冷静に現実を見る必要があると訴えています。
自動運転もそうでした。(メディアの言うとおりになれば)今ごろ「完全自動運転車」が街中にあふれていたはずです。バッテリーEVが主流になるには、メディアが言うよりも時間がかかります。そして、世界のカーボンニュートラル達成のためにはバッテリーEVだけが選択肢ではありません。私は1つの選択肢だけでなく、CO2を出さない合成燃料や水素など、あらゆる選択肢を追求したいと思っています。水素も、バッテリーEVと同様に、将来有望な技術だと考えています。
持続可能な未来を実現するためには、材料の調達方法から自動車の製造方法、搭載するパワートレイン、そして廃棄方法まで、ライフサイクル全体でカーボンニュートラル実現に取り組むことが必要です。私たちの敵は炭素であり、特定のパワートレインではありません。そして、カーボンニュートラルは、1社だけで実現できるものではありません。自動車産業を超えて、みんなの力を結集しなければならないのです。
60周年記念イベントでは、タイ国トヨタ自動車(TMT)の山下典昭社長もスピーチし、タイの自動車市場における、トヨタ自動車のプレゼンスを表現する各種データを報告した。
山下典昭社長:1962年にタイトヨタを設立してから、60年の時を経て、今、タイには27万5000人ものトヨタグループ・関係会社の従業員がいます。トヨタは現在、タイにおける自動車販売の33%を占め、トップシェアを誇っています。米国・日本・中国に次いで、タイはトヨタの中で4番目に生産台数が多い国です。タイ国内において、トヨタは最もたくさんの車を輸出する自動車メーカーでもあります。
自動車産業全体で見ても、タイは世界10番目の規模に発展しています。タイは「アジアのデトロイト」という称号を得ることができました。タイの自動車産業では、自動車メーカー、販売店、仕入先、関連企業も含めて、560万人の仲間が働いています。
トヨタは、タイの経済発展に貢献してきました。最も大きな転機となったのは、2002年、グローバル車両開発・生産プロジェクトであるInnovative International Multi-Purpose Vehicle(IMV)をタイで推進したことです。IMVプロジェクトを率いたのは、当時、役員になったばかりの豊田章男でした。IMVは、タイトヨタの輸出ビジネスと国内販売の成長をけん引するプロジェクトになりました。
今日まで、私たちは700万台以上のIMVをタイで生産してきました。そのうち、400万台以上が、世界124カ国に輸出されています。IMVは、新しい部品サプライチェーンを構築することにも貢献しました。現地の仕入先数は53%増え、2000もの部品を新たにタイで生産することになりました。それにより、IMVの現地調達率は、それ以前の60%から96%まで向上いたしました。
1964年にたった459台だったタイトヨタの生産台数は、今では累計で1250万台になりました。現在、トヨタは20秒に1台、タイでクルマをつくっています。この10年、トヨタグループは2420億バーツをタイで投資してきました。タイには3つの工場があり、地域の研究開発拠点であるTDEMもあります。
トヨタは、カーボンニュートラル実現に向けて全方位で取り組んでおり、車両だけではなく、生産工場や物流においてもCO2削減に取り組んでいます。2014年以降、私たちはCO2排出を40%も削減してきました。2025年までには、太陽光発電を全工場に導入し、さらに10%のCO2を削減する予定です。CO2削減のお役に立てるよう、これまで300万本の植樹もしています。
続いて、12月14日のTMT60周年記念イベントの前に突然発表されたタイ最大手財閥CPグループとの協力に関して、同日夕方に行われた共同記者会見での発言の一部を採録しておく。協力の内容はTJRIニュースレターの昨年12月20日号のNews Pick Upを参照。
豊田章男社長:私たちはモビリティーを使ってもっと(タイの)未来に対して、貢献ができないかということをずっと悩んでいた。そんな時にCPとの出会いがあり、タイが輸送部門からのCO2排出が多いという課題もある中で、コンビニエンスストアなどリテールを持っているCPの輸送を環境車に変えてCO2を削減するプロジェクトをやろうと、2日前にタニン(チャラワノン)上級会長とクリス(=スパキット)会長同席の中で合意にいたった。
トヨタが、CPグループと一緒にやるにあたってCJPT(商用車の脱炭素化に取り組む目的で設立した共同出資会社で、いすゞ自動車、スズキ、ダイハツ工業、日野自動車が参加)というグループを活用していきたい。トヨタが接着剤となって、4社とともにCASE技術により、CPの物流面で貢献していきたい。今は選択肢を広げる時だ。CJPTの4社、CPが付き合っている英MG、中国の上海汽車集団(SAIC)、北汽福田汽車(フォトン)、すべてのメンバーが入ることによって、タイのユーザーがカーボンニュートラルに対し選択肢を持つことが必要だ。BEVは確かに重要な選択肢だと思う。ただ、唯一の選択肢ではないと思う。
スパキット会長:2日前に(章男社長が)タニン上級会長と会われた時に、カーボンニュートラルという話が出た。CPグループとしては2030年までにカーボンニュートラルを、2050年にネットゼロを目指している。どのような分野で協業するかということで訪問を受けたが、話をしていく中で両者の意見が一致した。ただ、CPグループは英MG、中国のSAIC、フォトンなどいろんなパートナーがいる。さらに韓国ヒュンダイ(現代自動車)とも議論をしている最中だ。そのことを章男社長に直接伝えたが、章男氏は、非常にオープンで、どことでも協力して課題を解決していきたいという気持ちでいることが分かった。課題は一人だけ、1社だけで解決できるものではなく、全世界の人々が解決しなければならないと言った。皆一緒に良いことをタイのため、世界のためにやっていくのであれば、CPグループの意思も示せるのではないかと思っている。
われわれは農業の会社であり、農業・食品廃棄物をうまく活用することによってバイオ燃料、水素を製造することができる。これはシナジー効果がありトヨタと協業できる。タイにとっても、世界の人々にもメリットがある。これを中心にやっていきたい。自動車産業については、CPグループはメーンの産業としてはやらない。われわれは少数株主としていろんなところに参加しているが、経営参加はしていない。メーンは食品で上流から下流までやりたい。
スパキット会長:細かいことはあまり話をしていないが、カーボンニュートラルの話になり、両者が同じ方向性を持っていることを確認できた。CPグループとして、オープンな気持ちを持っている豊田社長を評価した。われわれも自動車会社のパートナーを持っている。章男社長はトヨタとだけ一緒にやるという話はしていない。皆で一緒にやる。CPグループは付いていきたい。われわれは畜産業から水素を生産できるが、世界的にはそれほど多くない。多少でも貢献できればと思う。
豊田章男社長:CPグループはコンビニやスーパーマーケットを持っているので、物流面で貢献ができるのではないかというプロジェクトについてお話させていただくつもりだったが、実際には、タニン会長やCPグループの方々から私という人間が本当に信用できるかどうかという会談になったのでは。最後にタニン会長はじめCPグループの幹部の方々から、一緒にやろうと言っていただいたことは大変ありがたい。今後、具体的に何をやるか、いつやるか、決まり次第開示していきたい。・・・(トヨタ自動車は)次の60年もタイに必要とされる会社になっていく。タイで選択肢の幅を広げるテストケースが実現できれば、他の国々にも展開できるのではとの期待もある。
【(下)に続く】
TJRI編集部
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