THAIBIZ No.162 2025年6月発行激動するタイ市場を走破せよ! 三菱自動車が挑む日本のHEV最前線
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カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
公開日 2025.06.10
自動車保険業界が構造変化に直面している。特に米国では近年、自動車保険料が急激に高騰し、2021年から2024年の間に約50%も上昇した(図表1)。
これは、パンデミック後の経済環境の変化、部品コストの上昇、修理人材不足による費用増加、事故頻度の増加など複合的な要因が絡んだ結果である。一方で、EVや先進運転支援システム(ADAS)搭載車両の普及に伴い、高額な修理費やバッテリー交換費用が保険料高騰の一因となっていることも確かである。
こうした状況下、利用者の運転実態に応じて保険料を算出する「UBI(Usage-Based Insurance、利用ベース保険)」が改めて注目されている。UBIはドライバーの走行距離や運転挙動データに基づき保険料を変動させるモデルであり、EV時代における保険料高騰への打開策の一つとして期待されている。
実際、大手保険会社やInsurTech企業だけでなく、テスラやNIOなどEVメーカー自らが収集した車両データを元に独自の保険商品を提供する動きも現れている。
UBIは既に米国の自動車保険市場で一定の存在感を示している。大手保険会社Progressiveが先駆けとなりテレマティクス機器を用いたUBI商品を投入して以降、主要各社が類似サービスを展開した。J.D.パワーの調査によれば、UBIへの加入率は2016年から倍増して全米の自動車保険加入者の約17%に達しているという(図表2)。
UBI加入者は非加入者に比べ保険料への満足度が高い傾向にあり、保険会社側にとっても、テレマティクスデータによりリスクの高い運転者を的確に識別でき、事故率の低下や損害率の改善につながるメリットが報告されている。
昨今のインフレや部品価格高騰に伴う保険金支払い増で米保険各社は平均15%超の保険料率引き上げを余儀なくされ、顧客満足度の低下が問題となっているが、UBIの活用は安全運転者への適正な割引提供を通じて顧客離れの抑制策としても期待されている。
一方ASEANに目を転じると、EV普及が進んでいるタイでは米国同様に自動車保険業界は新たな課題に直面しつつある。タイ損害保険協会(TGIA)によると、EV保険の損害率は90〜100%に達し、損益分岐点ぎりぎりか赤字となるケースが相次いでいる。
EVは購入後の価値減少が早く、修理費や部品交換コストもガソリン車に比べて50〜60%高くなる。特にバッテリー関連の損傷は高額で、軽微な損傷でもバッテリーを丸ごと交換することが多い。タイ最大手の自動車保険会社であるViriyah Insuranceは2024年に保険料収入を50%も超える請求・費用を計上し、大幅な損失を被った。
このようにEVの普及は保険金支払いの増大とそれに伴う保険料高騰を招いており、従来の固定型保険料設定ではリスク管理が難しくなりつつある。
このような状況下、タイでもUBIへの期待が高まりつつある。2021年、三井住友海上保険が通信会社AISと組み、車載式故障診断装置(OBD)で取得したデータに基づき保険料を算定する商品「Prakan Kubdee」を発売した。これはタイ保険当局(OIC)が承認した初のUBI商品で、安全運転者には最大50%の保険料割引を提供している。
2025年にはInsurTech企業MisoがChubb Samaggiと提携し、スマートフォンだけで運転評価と保険購入を完結できるアプリベースのUBI保険も導入された。また、OICは2024年6月からEV向け新保険制度を導入し、運転者を事前登録させることでリスクに応じた保険料を設定可能にした。
OICは「保険を交通事故被害軽減のリスク管理ツールとして活用し、安全促進と公共の安心に資する」との方針を打ち出し、安全運転スコアに応じた割引提供などUBI的手法の普及に期待を示している。タイの消費者にとっても、UBI型の商品は走行距離の少ないドライバーや安全運転に自信のあるドライバーほど保険料負担を軽減できるメリットがあるため、徐々に関心が高まりつつある。
タイにおけるUBIの普及は、デジタル技術の進歩と安全志向の政策追い風を受け、これから数年で拡大期に入るという見立ても存在する。市場規模は小さいながらも主要保険会社の参入が相次ぎ、EV時代に即した新しい保険制度も整備され始めた。
タイ独自の高いデータ活用受容性と社会的ニーズ(交通安全向上)が合致することで、UBIは単なる保険商品の一形態に留まらず持続可能な安全社会の構築ツールとして定着していく可能性がある。
こうした変革期において、日系の保険・自動車関連企業はそれぞれの強みを活かし、現地のパートナーや当局と協調しながら市場形成に寄与していくことが望まれる。
UBIの浸透によって「走れば走るほど危険」だったタイの道路が「安全に走れば走るほど得をする」場へと変わる—そんな未来を実現するために、日本企業にも積極的な関与と貢献が求められていると言えよう。
Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
[email protected]
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Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
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ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
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