タイの労務 -就業規則から解雇まで-

ArayZ No.73 2018年1月発行

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    タイの労務 -就業規則から解雇まで-

    公開日 2018.01.18

    タイでの正しい「解雇」の仕方

    やむを得ず、従業員を解雇処分しなければならない時、タイではどのような方法を取るべきだろうか。

    タイにおいて従業員を解雇するためには、当該解雇を正当ならしめる事由が必要とされている。解雇の正当事由の明確な定義は法律で定められていないため、事案ごとに個別具体的な事情を踏まえてその存否が判断される。一口に「解雇」と言っても、各事案により対処に必要なポイントは多数あり、準備を怠ればトラブルに発展しかねないため注意が必要だ。

    タイでの現地法人経営を熟知する松本弁護士(日本法)は、「後ろ向きなイメージの『解雇』も、きちんと手順を踏んで行うことで、会社にとっても従業員にとっても良い結果を生むことができる」と話す。

    困難に直面する前に、正しい解雇ルールと法務ポイントについて押さえておこう。

    解雇処分を発動する、その前に

    Q. 経歴詐称や勤務時間内での副業、横領。やむを得ずタイで従業員を解雇処分しなければならない時は、どのようなことに注意すべきでしょうか。

    A. 法務上の視点からお答えすると注意点は山のようにあるため、解雇処分を発動する前の準備・検討が肝要です。解雇処分の手続きにあたって押さえるべきポイントをあえて3つ上げるとすると、次の通りとなります。

    (1)事前通知義務
    (2)解雇補償金の支払義務
    (3)解雇の正当事由の検討

     

    ポイント① 事前通知義務

    期間の定めのない雇用契約の場合、当該従業員を解雇するには、原則として一賃金支払日前までに書面により通知を行うことが必要です(労働者保護法17条2項)。

    ただし、この事前通知ルールには例外があり、解雇通知に基づく解雇の効力発生日に支払うべき額の賃金を前払いする場合や労働者保護法119条1項に定める事由がある場合には、事前通知期間を待たずに即時に解雇が可能です(図表1)。

    なお、労働者保護法119条1項に定める事由が存するか否かについては、項目によっては個別具体的な事情を基に慎重な検討が要求されます。したがって、当該事由の存在を理由に即時解雇をすることを希望される場合には、外部専門家等に相談の上慎重に決定されることをお勧めします。

     

    ポイント② 解雇補償金の支払義務

    次に、解雇する場合には、原則として解雇補償金の支払いが必要となります。

    ここでいう解雇補償金とは、会社から任意で支払われるいわゆる退職金といったものとは性質が異なり、法律上支払いが義務付けられている点に留意が必要です。したがって、解雇する際には、会社が解雇する従業員に対し支払うべき解雇補償金の額を事前に押さえておく必要がありますが、解雇補償金の金額は法律上明確に定められています。具体的には、上記の図表2の通り、勤続年数によって金額が異なります。

    ただし、この解雇補償金の支払い義務にも例外があり、①勤続期間が119日以下の場合、②労働者保護法119条1項に定める事由がある場合、及び③特定の有期雇用契約が終了する場合には、解雇補償金の支払いは不要です。もっとも、労働者保護法119条1項に定める事由の存否判断については、慎重を要することは前述の通りです。また、この特定の有期雇用契約が適用される場面も限定的であるため、同じく判断に当たり留意が必要です。

    この特定の有期雇用契約による例外を利用する場合には、解雇を検討する時点ではなく、契約を締結する前に解雇補償金が不要な場面となるか否かの検討をされた上で当該契約の締結をされることをお勧めします。契約締結時点では解雇補償金が不要な契約と思い込んでいたところ、解雇の時点で実は解雇補償金の支払いが必要な場合だと発覚し、予期せぬ支払が発生することを避けるためです。

     

    ポイント③ 解雇の正当事由の検討

    解雇に関する3つ目のポイントとして、解雇をすることを正当化するだけの十分な理由があるかどうか、解雇の正当事由の存否検討が挙げられます。

    この解雇の正当事由は、個々の事案ごとに異なり、かつ、慎重な判断が要求される場面となります。したがって、懲戒解雇事由の存在が明白な場合はともかく、社内にこの点について相談できるエキスパートがいない場合には、予めトラブルにならないよう、あるいは当該従業員から不当解雇で訴えられた場合に法廷で戦えるだけの準備をするために、できる限り早い段階で外部専門家に相談されるべきでしょう。

    仮に裁判になり、不当解雇と認定された場合には、解雇時点と同賃金にて継続して雇用するようにとの継続雇用命令か、または、裁判所が会社と当該従業員の関係性等からして継続雇用が好ましくないと判断した場合には、損害賠償命令が裁判所から下されることも把握しておきましょう。この場合の損害額については、裁判所が当該従業員の年齢、勤続年数、解雇原因等を基に判断をするとされています。

    なお、次の場合には法律により解雇が禁止されています。

    ●妊娠を理由として女性労働者を解雇すること
    ●労働裁判所の許可なく、労働者委員会の委員を解雇すること
    ●要求書の作成や提出をしたこと等を理由として解雇すること
    ●労働組合員であることを理由として解雇すること
    ●要求書提出に関係した労働者につき労働協約又は仲裁判断の有効期間中に解雇すること(但し例外あり)

    冷静に向き合い解雇を好機とする

    問題ある従業員に対しては、会社やその他の従業員のために、会社による一方的な解雇を検討することが必要な場面があります。しかしながら、例えばすでに挙げてきた通り、解雇を実行するための法律上の注意点も少なからずあります。したがって、解雇をする際には、冷静な判断とそのための入念な準備が肝要になります。

    解雇は非常にシリアスな場面で、頻発することは決して好ましい事態ではありません。しかし、解雇を検討する際に、会社としてなぜ一度採用すると決めた人間を解雇しなければならない事態に陥ってしまったのかという点を真摯に振り返ることは、今後の経営戦略にとって大切です。

    また、真に問題の従業員を解雇することにつき正当な理由がある場合であれば、会社や他の従業員にとってより良い環境をもたらす好機でもあります。必ずしも悲観しなければならないことではありません。

    論旨退社について

    以上、解雇の際のポイントについてみてきました。

    しかし、実際には従業員に対し、解雇通知を突きつける前に話し合いの機会を設けて、自主退社を促すことも多いでしょう。こういった諭旨退社の場面においても別途注意すべき点は少なからずありますが、少なくとも、従業員を脅迫し自主退社を強要するような方法はとってはなりません。

    また、残念ながら諭旨退社が常に成功するとは限りませんので、交渉が決裂した場合を想定して、解雇の準備を済ませておくこともポイントになります。

    タイでは比較的容易に労働裁判の提起ができてしまいます。解雇するとは言え、本人の理解を得るよう努力することは大事なことです。

    タイ人マネージャーとの連携

    タイ人従業員に対する、解雇や諭旨退職を行う場合、日本人だけでなく、タイ人担当者の介在が重要となります。

    非常にシリアスな場面であるため、ニュアンスを間違って伝えるということがないようにするためにも、できればタイ人の上司、人事担当者やマネージャーから実際の解雇や諭旨退職に関する通知をしてもらうことが望ましいです。

    ここでよく問題となるのは、「日本人担当者は手続きをよく理解しているのだけれども、肝心のタイ人マネージャーが同じような理解ができているのか不安なところがある」というものです。したがって、日ごろから、あるいは、事前に、日本人担当者とタイ人担当者との間で、解雇に関する手続き等に対する意識や理解を共有しておくことも大切です。

    寄稿者プロフィール

    松本久美氏
    アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士

    慶応義塾大学法科大学院卒。同大学院元助教(民法、会社法)。東京の法律事務所での弁護士活動を経て、2014年渡タイ。ASEAN法特化型法律事務所One Asia Lawyersグループにてタイ法関連法務を提供する傍ら、2016年には日本人として初めてタイ仲裁センター(THAC)の調停員となり、契約問題及び紛争解決に従事した。2017年11月よりアンダーソン・毛利・友常法律事務所シンガポールオフィスに勤務し、広くASEAN法務を取り扱う。

    THAIBIZ編集部

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