カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2024.07.01
今回の連載企画の(上)・(中)では、5月末にマレーシアのクアラルンプールで行われた国際半導体製造装置材料協会(SEMI)の東南アジアでの年次イベントでの取材内容を紹介した。実はこの「SEMICON東南アジア」は、1994~2013年がシンガポール、2014~2016年がマレーシア・ペナン、2017~2019年はクアラルンプール、新型コロナウイルス流行期の2020、2021年はオンライン、そして2022、2023年はペナンで開催された。この開催地の変遷を見るだけでも東南アジアの半導体産業の発展経緯を知ることができ、特にペナンの重要性が分かる。ちなみに今年のSEMICON東南アジアの来場者数は前年並の1万8000人以上となったもようだが、出展者数は525社(20カ国・地域)と、2023年の295社(17カ国・地域)から大幅に増加した。
「われわれの半導体産業は52年前に始まり、長い歴史がある。インテルなどの半導体企業、そして日立製作所の半導体部門(現ルネサスエレクトロニクス)など日本企業も進出。これらの企業はペナンがとても利益が出る場所だと気づき、人材を育て、地場企業を含めサプライチェーンも構築した。半導体産業は浮き沈みも激しく、2000年代初めには中国やベトナムが台頭し、安価でローエンドの事業をこれらの国に移したペナン進出企業もあった。しかし高付加価値、ハイエンドな事業はペナンに維持している」
ペナン州の投資促進機関「InvestPenang(インベストペナン)」のルー・リー・リアン最高経営責任者(CEO)は5月末のインタビューで、ペナンの半導体産業の歴史をこう概観した。そして、「ペナンの人々は勤勉でよく働くため、技術は進歩し、企業も発展した」とアピール。その上で、「最初にペナンに進出した米インテルも、設計やハイエンド製品はペナンに残すとともに、最先端のパッケージングに新たに投資している。われわれは誇りに思っている」と胸を張った。米半導体大手インテルは2021年12月にペナンでの半導体製造の最先端工場の新設など、マレーシアの半導体生産部門に10年間で300億リンギを投資する計画を発表。今回のペナン取材でも建設中の新工場を確認することができた。
インベストペナンによると、ペナンには現在、350社以上の多国籍企業が進出、4000社以上の中小企業がいる。ルーCEOも「半導体の世界トップ10社のうち、インテル、ブロードコム、マイクロンの米3社がペナンに進出している。また、医療機器の世界トップ30社のうち、米アボット、独Bブラウン、米ボストン・サイエンティフィック、英スミス・アンド・ネフュー、日本のキャノンとHOYAの6社が拠点を持っている」と強調した。
ペナンのGDPは2022年時点で1120億リンギとマレーシア全体の7%を占め、1人当りGDPは6万9684リンギでマレーシア平均の5万4000リンギを上回っている。さらに、2023年のペナンの製造業投資額は634億リンギでマレーシア全体の42%、ペナンへの外国直接投資(FDI)は601億リンギで全体の47%を占める。さらにペナンの輸出額は4350億リンギでマレーシア全体の31%、そのうち電気・電子(E&E)の輸出額は全体の57%に達する。ペナン州の人口は約188万人で、マレーシア全体の人口(3400万人)の約5%でしかない州が、これほどの経済力を持っているのは珍しいだろう。いかに半導体産業の付加価値が高いかを示している。そして2019年時点で、ペナン州は世界の半導体輸出額の5%を占めるまでになっているという。
しかし、ペナンも幾つかの課題を抱えている。半導体産業のコア事業ともいえるウエハーファブはまだない。インベストペナンのルーCEOはウエハーファブを誘致する計画があるかとの質問に対し、現時点では「ない」と答えた。その理由について、ウエハーファブは大量の水や電気などの資源を使うが、ペナン島はこれらの資源が限られているため現実的ではないと説明。ただ、ペナン州は観光地としても有名なペナン島(約300平方メートル)だけではなく、対岸のマレーシア半島北西部の一部も含まれ、ペナン州の総面積は約1050平方キロメートルだ。ルーCEOは、「ペナン島は既に満杯で、ウエハーファブ用の土地もないが、マレーシア半島側なら用意できる。両地域は車で30分程度で行き来できる」と強調した。ちなみに、ペナンに進出している日本企業数は現在、70社程度で、「かつては日本企業も多数来ていたが、その後はベトナムへの進出が増え、ペナンの日系企業数は減っている」ことを明らかにした。
米中摩擦は特に半導体分野で顕著だ。ルーCEOはこれに関し、「米国は自分のサプライチェーンを作ろうとし、中国も自前でサプライチェーンを作らざるを得ず、世界は2つ(Dual)のサプライチェーンができることになる。マレーシアは今、中立を守り、両方のサプライチェーンに参加する良いチャンスだと思う。われわれが参加する分野を見極める戦略も必要だ。資源や国民の利益を守り、雇用と所得を確保するために、次の産業化の時代を決める戦略を立てるべきだ」と訴えた。
タイは今、自動車分野では長年、9割のシェアを維持する「牙城」を築き上げてきた日系メーカーと、過去2年ほどの間に電気自動車(EV)を武器に怒涛の攻勢をかけ、シェアを奪いつつある中国系メーカーとの間でバトルが続いている。タイ政府はEVと中国系EVメーカーへの支援姿勢を明確にする一方で、日系の内燃機関(ICE)車産業の維持にも目配りするなど、長年、大国間を巧みにかいくぐって独立を維持してきたバランス感覚は健在だ。マレーシアも同様のしたたかさを持っていると感じた。
「われわれは今、バリューチェーンの他の分野に焦点を合わせている。例えば電気自動車(EV)は3000個のチップ(半導体)を積載しており、これは内燃機関(ICE)車の2~5倍だ。世界のEV市場の成長とともに、マレーシアはEVに対するパワー半導体供給のハブになれる可能性がある。これらパワー半導体はエネルギー転換と脱炭素化技術のカギも握っている」
マレーシアのアンワル首相は5月28日にクアラルンプールで行われた「SEMICON東南アジア2024」での特別講演で、EV向け半導体供給についても強い意欲を示した。同首相はこのパワー半導体生産を望む企業に対するインセンティブとして、マレーシアは「新産業マスタープラン(NIMP)2030」や「国家エネルギー移行ロードマップ(NETR)」という適切な政策も導入していると強調した。
「東洋のシリコンバレー」となったマレーシア・ペナン、そして「東洋のデトロイト」と呼ばれるタイ。その間は飛行機なら2時間かからない。ペナンで製造される半導体をタイの自動車工場に供給するというコラボレーションはできないのかと思い、今回の取材でもマレーシアなどの半導体業界幹部に聞いた。「エコシステムを地域内で協業することも可能だ」などと皆、地域間の連携の重要さを訴えた。
ただ、微小な製品である半導体チップ、そして関連製品は複雑多岐な製造工程の中で世界中を巡っているという特殊性もあり、「われわれの半導体は世界中に行っている。タイにも一部行っているだろうが、実態はよく分からない」との指摘もあった。東南アジア域内の半導体サプライチェーンでタイがどのような役割を果たせるのか、まだ見えていない。
(増田篤)
THAIBIZ編集部
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