公開日 2024.05.20
タイは日本よりも速いスピードで高齢化が進み、高齢者ケアと介護サービスの一層の拡充という喫緊の課題となっている。そうした中で、ある日系企業がタイの病院運営大手と組んで、タイのリハビリテーション・介護市場の整備に果敢に挑んでいる。それが「KAIGO-DO」ブランドを展開し始めた「プリンシパルNKG」だ。同社の古屋友貴最高執行責任者(COO)にインタビューした。
(取材・5月11日、聞き手・増田篤)
目次
古屋氏:私が所属する日本経営グループ(NKG)がタイのプリンス・グループ(持株会社はプリンシパル・キャピタル)とリハビリテーション・介護サービスの合弁事業で合意したのは2019年12月で、2020年にプリンシパルNKGという合弁会社を設立した。まさに新型コロナウイルス流行が始まるタイミングだった。
NKGは会計事務所としてスタート後、コンサルティング事業も始め、その中で伸びが大きかった医療・介護分野に重点を置くようになった。日本国内のクライアントの約7割が医療・介護分野で、顧客数は病院500、介護施設100、医科クリニック1200、歯科クリニック300と日本のメディカル・ケア分野のコンサルティングでは最大手クラスだ。さらに関連グループで実業もやっており、調剤薬局が76店舗でスタッフ数は1000人、介護施設は14か所(ベッド数500床)で従業員は約900人だ。
私自身は2003年に新卒でNGKに入り、大阪で業務改善のコンサルを6年やった後、東京の経営コンサル部門に移った。その中で、経営企画室長として埼玉県草加市の医療法人と組んで、回復期のリハビリテーション病院の立ち上げを経験した。2016年に海外事業を担当することになり、東南アジアのほぼすべての国を見て回った。2018年頃からはベトナムとインドネシアで介護分野の技能実習生を監理する事業を始め、今年は180人規模になる見込みだ。
古屋氏:東南アジアでは日本のリハビリテーションと介護をミックスする方が強みを発揮できると考え、商習慣を考慮して事業内容を固めた。タイとベトナムなど他の国を比較した時、ある程度医療技術が進んでないと「回復期」のリハビリテーションや元気にする介護事業が広がらないだろうと考え、シンガポール、マレーシア、タイが最終候補となった。この3カ国の中では1番人口も多く、医療ツーリズムも盛んで、医療技術も世界のトップクラスとされるタイは「急性期(病気になって間もない時期、集中的な医療介入が必要な時期)」の病院はあるが、回復期は少ないので、チャンスがあると考え、タイでスタートした。
古屋氏:タイでは30病院、20の介護施設(ナーシングホーム)、合計50施設を視察したが、最後まで誠実に対応してくれたのがプリンス・グループだった。同グループのオーナーはタイ病院運営最大手のバンコク・ドゥシット・メディカル・サービス(BDMS)の最初の7人の株主の1人だった。プリンス・グループは地方都市を中心に既存病院を買収するなどの形で現在15病院を展開している。
古屋氏:2021年にトライアルを始め、2022年に本格サービスを開始した。2023年に新しいスタッフが加わって一定の事業規模になってきた。現在、日本人は2人だが、今年末に日本人がもう一人加わり、年内に総勢30人規模になる予定だ。
古屋氏:タイの介護施設の登録数は1000カ所程度だが、実際には4000~6000カ所あるとされている。一方、リカバリーセンターを称する施設はバンコクで30カ所程度あるが、理学療法士、作業療法士というセラピストが1~2人しかおらず、リカバリーセンターとは言い難い施設も多い。リハビリのスタッフが充実しているリカバリーセンターは10施設もないと思われる。われわれ同様に脳卒中をメインにした・リハビリテーション施設は他にもあるが、リハビリの内容が受動的で、セラピストのリハビリで、筋肉に負荷をかけて筋刺激を与え、麻痺側、非麻痺側の各部位を狙ってトレーニングしているところはほぼない。どこの筋肉が麻痺して動かないのかは患者さんによって違うので、患者さんごとにどの筋肉をどこを狙ってトレーニングするかを考えないといけない。しかし、多くの施設では「ロボットリハビリ」を使って歩かせましょうという形で機械を使うリハビリテーションを推奨されたり、患者さん・家族も情報が不足しているためにロボット利用を求めることも多い。
リハビリテーションを受ける対象者の身体機能や疾患発症後に環境がどのような経過を辿るかを「予後予測」という。この予後を高めていくために正しくリハビリやっているところがタイにはほとんどなかったので、タイで良い施設、サービスを提供すれば顧客は来てくれるだろうと考えた。今やバムルンラードやサミティベート、メドパークなどバンコクの有名病院の富裕層の患者が当院に来てくれるようになった。
古屋氏:タイは家族コミュニティーが強く、要介護の人を家族皆でケアしようとするのは素晴らしい。ただ、外部の人に知られたくない家族も多く、リハビリや介護の必要な人を地域の皆で支えてくれるようなコミュニティーがタイにはほとんどない。
また、タイには「ナニー(お手伝いさん)」を雇う文化がある。ナニーはその立場上、手伝ってくれと言われたら断りにくい。患者本人は「何で手伝ってくれないのか」とナニーさんにすべて頼ってしまう。本当はもっと機能を回復できるのに周囲の人に過度に助けてもらう、つまりオーバーケア(過剰介護)により機能がどんどん落ちていってしまう。やはり本人がリハビリや介護について真に理解してくれないと難しい。
タイの介護制度では、民間資格を教育担当省や自治体が支援している形はあるが、日本の「介護福祉士」のような国家資格はない。タイも介護の担い手は足りないので、今、家庭内でミャンマー人などをお手伝いさんとして雇って面倒をみてもらっていることが多い。このため当社でも将来的にはミャンマー人を育成する事業も考えている。タイの外国人労働者は現在約150万人で、そのうちミャンマー人が100万人ぐらいで、もうすでにミャンマー人に支えられてる。タイ人はいわゆる日本で「3K」と呼ばれる仕事やりたがらないので、今後もミャンマー人などの介護士の需要はある。タイでは工場などでミャンマー人は最低賃金で多数働いている。この介護の仕事では、プロフェッショナルとしての技術を身につけてもらい、給与を良くしていく。そして介護士の育成教育をタイ人からミャンマー人にも広げていきたい。
古屋氏:介護は、「面倒を見る介護」と「元気にする介護」の大きく2つに分けられ、タイには後者はなかったので、これを目指している。これがリハビリテーションでもあり、その語源(Re-habilis=再び適した)からも「元にあった機能に戻していく」ということだ。脳梗塞の患者は元に戻らないのが基本だが、日本には古くから割れた器を金で繋ぎ合わせる「金継ぎ」という技術・文化があり、それと「自立」の「自」という漢字をデザインしたものを当社のロゴマークにしている。脳梗塞で元あったものは壊れてしまうが、私たちのリハビリ・介護サービスで「金で継ぐ」ように、その人らしい生き甲斐を見つけて新しい価値を提供していく。われわれのサービスで介護の「道」を極めるということでブランド名を「介護道(KAIGO-DO)」とした。その人の生きがいに寄り添ってサポートしていくことがリハビリ、介護のプロとしての責務だと考えている。
古屋氏:日本では介護保険制度の中で大半の介護サービスが行われているが、今後は施設ではなく在宅でケアし、自助、公助、共助の概念からどうやったら「ピンピンコロリ」になれるかを考えるようになってきている。タイでもこうした考えが大事だろう。ビジネスとしては一時的に介護施設が増えていくことはあるが、住み慣れた自宅で元気に長生きすることが1番良い。われわれも今後、訪問事業を検討していく。元気に生きていくには家庭内にいろいろな人のコミュニティーがあればいいが、それができない人は、コミュニティーがある介護施設に入って元気に長生きしたらいいと思う。タイは社会保険自体が薄く、介護保険制度を作るほどの財源がないので、コミュニティーの中でどのようにサポートするかが課題だ。
古屋氏:まずはタイを基盤にして、ベトナムとインドネシアで拡大していく計画だ。さらに今後、10~15年で東南アジアで同様の施設や付帯サービスを500カ所に展開していくことを目標にしている。それが成功したら東南アジア以外のエリアも考えていきたい。 過去5年ぐらい、タイでは病院運営大手などがさまざまな高齢者用サービス施設を作ってきているが、これから徐々にこういった施設がうまくいかなくなっていくと想定している。なぜなら、大半の施設が、特色のないまま作っているからだ。そうした施設を居抜きで活用したり、オペレーション支援に入ったりすることも今後増えるだろう。施設の不動産価値はあるが、提供サービスの価値が低いところを見つけ、事業アライアンスを組み、スピード感を持って事業を拡大していきたい。
THAIBIZ編集部
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