伝統を打ち破れ!タイ老舗メーカーのブランド再生術の極意

THAIBIZ No.152 2024年8月発行

THAIBIZ No.152 2024年8月発行タイ老舗メーカーのブランド再生術の極意

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

伝統を打ち破れ!タイ老舗メーカーのブランド再生術の極意

公開日 2024.08.09

変化の激しい時代に企業が生き残り、成長を続けていくために必要不可欠な要素の一つが「リブランディング」だ。しかし、いざリブランディングに取り組もうとしても、「何から手をつけて良いかわからない」と悩むケースも多いのではないか。そこで、今回はリブランディングで見事に成功を遂げたタイ企業の舞台裏に迫ってみたい。

シーチャンの若き3代目が一世一代の大勝負に挑む

タイを代表する化粧品ブランド「シーチャン(Srichand)」は、近年、日本をはじめ海外市場にも積極展開している。タイ人のみならず、在タイの日本人女性にも愛用者が多く、タイのお土産としてSNSを中心に口コミが広がり、2020年には満を持して日本初上陸。常夏タイの処方とあって「テカらない、メイク崩れに強いサラサラのパウダー」として人気沸騰中だ。

シーチャンは、今から76年前の1948年にポン・ハンウッサハ氏が創業。医薬品や医療用品、化粧品などさまざまな商品を販売する薬局からスタートし、1988年に「Srichand United Dispensary Co., Ltd.」として法人登記した。唯一の自社製品である「シーチャンパウダー」は、水に混ぜて塗るタイプの伝統的な化粧品だった。

中高年向けで古臭いというレッテルを貼られたブランドが、どのように再生劇を繰り広げ、競争の激しいコスメ市場で成功できたのだろうか。この一世一代の大改革に取り組んだのが、シーチャンの3代目で現CEOのラウィット・ハンウッサハ氏だ。

「2代目の父と3代目の私は家業には興味がなく、祖父がずっと一人で経営をしていた。しかし、祖父も高齢だったため、家業を手伝うことを決意した。当時私は銀行に勤めており、もし上手くいかなければ、また銀行に戻るつもりだった」とラウィット氏は当時を振り返る。

その後、同氏は2006年にシーチャンを引き継ぎ、すぐに改善が必要な点がたくさんあることに気づいた。「当時はまだタイプライターを使っており、コンピューターはなかった。そこで、まず紙からコンピューターへシステムを改善することに取り組んだ。従業員10人以下の小さな薬局だったので、私自身で改善を行った」という。

さらに当時、自社製品は「シーチャンパウダー」のみだった。シーチャンパウダーは、水に混ぜて顔や体に塗り、皮脂を吸着してニキビの炎症を抑える効果が期待できるパウダーだ。しかし、このパウダーは小さな商店、いわゆる伝統的小売でしか販売されておらず、ユーザーも中高年の女性がほとんどだった。それでもラウィット氏はこの商品の発展の可能性を見出していた。

「シーチャンパウダーは、唯一の自社製品だったので、まずはユーザーを拡大するために、商品開発に着手した。しかし、商品のイメージが古臭いのが最大の課題で、高齢者のユーザーですら、古いという印象を持っていた」という。広告やパッケージデザインを変更し、さらにはセブン-イレブンでの販売など、マーケティング戦略を実行したが、反響は思ったほど良くなかった。

そこで、消費者動向を探るために、ラウィット氏とチームは各地方の消費者に直接話を聞くという、市場調査に乗り出したのだ。調査は8ヶ月以上にも及んだ。地道な市場調査の結果をもとに、次のステップは消費者のニーズに合わせた商品を開発することだった。ここからシーチャンのブランド再生の快進撃がはじまった。

タイ社会で一躍話題になった新生シーチャン

2014年に、シーチャンはパッケージを刷新し、ブランド名を「シーチャンパウダー」から「シーチャン」へ変更して、ついに新商品の発売に漕ぎつけた。品質、パッケージ、価格ともに消費者ニーズを満たす商品だが、モノに溢れた今の時代、良い商品だから売れるという甘い世界ではない。

ラウィット氏はそれも織り込み済みで大勝負に出た。タイの著名な映像作家にCM制作を依頼し、2015年に外国人タレントを起用した、英語のナレーションによるCMをあらゆるメディアで公開したのだ。このCMは瞬く間にタイ社会で話題となり、シーチャンをタイで不動の人気ブランドへと押し上げた。

ラウィット氏は、シーチャンのリブランディングについて、「よりモダンで、より幅広い顧客にリーチすると同時に、ブランドのアイデンティティとタイのブランドらしさを維持しながら、新しい概念を反映させることを目標としていた」とし、「当社のほぼ全ての予算を投じた大きな挑戦だった」と成功秘話を明かした。

また、ラウィット氏は2018年にタイ大手オンラインメディア「ザ・スタンダード」のポッドキャスト番組である「The Secret Sauce」でインタビューを受けた際、「リブランディング前の消費者から見たシーチャンのイメージは、『タイの伝統的なドレスを着たおばあさん』だった。しかし、リブランディング後に消費者に改めて尋ねた結果、『25歳のタイ人女性』というイメージに変化していた」とリブランディングの効果を語っていた。

リブランディングに成功したシーチャンはその後もさまざまな商品を発売し、新ブランド「サシ(Sasi)」を立ち上げた。ラウィット氏は、「現在、当社には大人向けのシーチャンと、若者向けのサシの2種類の主要なブランドがある。タイ人のライフスタイルやタイの気候に合わせて開発しているのが、われわれの商品の最大の特徴だ。当社は本格的な化粧品会社になっている」と自信を見せた。

ティーンエイジャー向けブランド「Sasi」
(左)Sasi Mojo Bar Collection(フェイスカラー) (右)Sasi Clicky Tint Balm(カラーリップ)

日本との関係と、これからの方針

リブランディング後に、タイ人消費者のニーズに合わせて開発された「シーチャン・ルミネッセンス・シリーズ」は日本製だった。現在は、コスト上の制約により、これらの商品はタイ国内生産に変更しているが、ラウィット氏は今でも「日本製の商品のクオリティは格別だ」と賞賛の言葉を漏らした。

日本はラウィット氏が商品を輸出したいと望んでいた国の一つだ。現在、シーチャンの商品は日本でも販売されている。2023年には日本人アーティストのタケダヒロキとコラボレーションし、限定パッケージ商品も発売した。

ラウィット氏は日本でのマーケティングについて、「日本の代理店と協力し、アドバイスをもらっている」とし、「シーチャンは華やかなイメージで、ミニマルな日本のコスメとは異なるため、日本市場では目新しい印象を与えている。暑い気候での使用に適しており、日本の夏にもぴったりだ。今後も市場を拡大し、新たな機会を見つけるために、代理店とも密接に協力していく」と述べた。

右:日本の大丸心斎橋店のポップアップストアで展示されたディスプレイ(2024年2月)
左:日本のショップで販売されているシーチャン・トランスルーセントパウダー

また、日本企業とのビジネスについて、「最初はお互いを知るのに時間がかかるが、一度パートナーになれば、自分の仕事だけに力を注ぐことができ、信頼して任せられる良い関係だ」と述べた。

逆に日本人に対して、タイ人との信頼関係を築くポイントとして、「タイ人は、お互いを個人的なレベルまで知りたいと思うのが一般的だ。そのため、外食やスポーツなどで関係構築をするのは有効だ。ビジネス上では形式的なことや手続きが多いが、お互いに知り合えば、よりスムーズに交渉を進められる。加えて、日本人が得意とする約束したことをきちんと守ることも重要なポイントだ」と考えを示した。

従業員の幸せを大切にする人事制度

シーチャンのもう一つの強みは人事制度だ。ラウィット氏はその背景について、「人がよく働く要因は何かと考え、最も重要な要素が『従業員の幸せ』だった。従業員の幸せを左右する要素には会社のビジョンや優れたリーダー、福利厚生が挙げられる。福利厚生とは会社が従業員を大切にしていることを示すものだ。そのため、シーチャンは福利厚生をよりよいものに改善した」と説明した。

「タイの法律では出産休暇は90日間までだが、当社では最長180日間まで、夫も30日間まで育児休暇を取得できる。性別適合手術のための休暇や、家族や最愛のペットが亡くなった場合の10日間の忌引き休暇も取れる。さらに、タイでは年間約17日ある祝日のほとんどが仏教関連の祝日だ。しかし、従業員が信仰する宗教はさまざまで、クリスマスなどの宗教的な祝日には、キリスト教徒の従業員は休暇を取得できる」という。

休暇が多すぎるのではないかという問いに対して、ラウィット氏は「実際、休暇をすべて取った人はいない。このような福利厚生は、会社が従業員の幸せを本当に大切にしていると従業員に感じさせることができ、それが彼らの幸せにつながると信じている」と見解を述べた。

一方、人材育成面においては「当社は商品の品質を非常に重視しており、全従業員に品質に関する教育を行っている。商品の品質に関わる問題が発生した場合、たとえコストがかかっても、商品へのリスクがより少ない解決方法を選ぶことができるようにするためだ」と述べ、「全従業員に同じトレーニングを行うため、各自で判断でき、結果として仕事を早く進められるようになった」とそのメリットを明かした。

ブランド再生で企業価値を高める

現在、シーチャンには約250人の従業員が所属しているが、今も入社を希望する人は後を絶たない。ラウィット氏はその理由について、「Mission to the Moon(ラウィット氏が運営するメディア事業)と福利厚生が、優秀な人たちを惹きつけている」と分析する。

同氏はシーチャンの経営をするかたわら、ポッドキャスト「Mission to the Moon」の発信にも力を入れている。Mission to the Moonでは、ビジネスやマーケティング、インスピレーション、自己啓発などに関する内容を発信しており、2024年7月時点で、YouTubeチャンネルの登録者数は82万8,000人を超える人気番組だ。

ラウィット氏が運営するポッドキャスト「Mission to the Moon」の収録風景

また、シーチャンは、タイのエンプロイヤーブランディングを手掛けるワークベンチャー社が毎年発表している「タイ人の若者たちが働きたい企業TOP50」に2度ランクインしているほか、2024年には、タイの人材・組織コンサルティング会社であるQGEN社の「最も働きたい企業」のTOP20に入り、ラウィット氏も「タイで最も一緒に働きたい魅力的な経営者TOP5」に選出されるなど、商品のリブランディグだけでなく、企業としてのブランディングも向上している。

ラウィット氏がシーチャンを引き継いだ当時、従業員は10名以下、売上高は1,500万バーツ。それが現在、従業員は約250名、売上高は10億バーツを超え、今なおコスメ界のトレンドセッターとして成長を続けている。

古臭い化粧品からイケてるコスメへ変貌を遂げたシーチャン。消費者動向を徹底的に調査し、愚直に改善に取り組む。さらに従業員の幸せを重視することが会社のビジョンをより強化し、ひいては企業イメージを向上させるという好循環をもたらした好例といえるだろう。

THAIBIZ No.152 2024年8月発行

THAIBIZ No.152 2024年8月発行タイ老舗メーカーのブランド再生術の極意

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

THAIBIZ編集部

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE