カテゴリー: 特集
公開日 2016.03.22
目次
在タイ日本国大使館・福岡功慶氏
2014年11月に取りまとめられた〝自動車産業戦略2014〞の冒頭では、日本が直面している大きな環境変化として、新興国の経済成長に伴う世界経済に占める日本の相対的なプレゼンスの低下、多極化する世界の中で生じる新たな地政学的リスク、エネルギー、水、食料、鉱物資源などのボトルネックの顕在化が懸念されること。また、新興国も交えた資源の争奪戦が繰り広げられることで、長期的に資源価格は上昇傾向にあり、短期的には価格の乱高下が発生しやすい状況が生まれやすくなっていることを指摘している。
新興国においては旺盛なエネルギー需要により、温室効果ガス排出量の増加による地球温暖化問題が深刻化、その排出削減に向けた取組が国際的に強く求められる。経済のグローバル化が一層進展し、企業間の国際競争が激しさを増す中で、環境変化に迅速に対応しつつも自動車開発、生産、販売などの場面で競争力を最大化させる必要性がこれまで以上に高まっている。
新興国市場が拡大していく中、欧州系、米国系、韓国系メーカーなど世界の各市場との競争は激化していく傾向にあり、先進国のみならず新興国においても強化されていく環境規制の要求に対する技術革新が求められる。(図表1)。
例えばドイツでは、異業種を含む複数の企業や大学が連携、協調体制を構築し、効率的に研究開発を行う取り組みが進められ、自動車メーカー各社では車体の大きさ、タイプを超えて自動車の企画・設計段階の高いレベルから標準化・共用化などで開発・生産の効率化が進められている。こうした部品の共用化は、リコールが生じた場合にその損失が拡大す
るリスクも生じるが、自動車メーカーにおいてはより一層の品質確保や不具合の早期発見・早期対応といったメリットもある。
自動車メーカーとサプライヤーの関係は、日系自動車メーカーがグローバルで生産、調達、販売を進め、部素材メーカーの海外展開が進展していく中でも〝共存共栄〞の取引関係が重要な役割を果たしている一方で、さまざまな自動車メーカーとの取引を行うことで課題を見つけ、複数の部品を束ねるシステム全体の開発、提案を行い、それをグローバルに安定的に供給する能力を持ったサプライヤーの存在感が高まりつつある。
交通事故の低減、渋滞解消といった社会的な課題には、自動車単体での対応に加え、システムで対応する動きも始まっている。自動車単体のIT化とともに、安全運転支援システムや自動走行システムの実用化、および自動車が外部ネットワークと繋がることによるビジネス展開が本格的に進んでいる。同時に、これに必要となる高度な情報処理に対応できる高品質な車載用半導体、高度なソフトウェアへのニーズの高まりなど、自動車産業においては新たなプレーヤーの参入・事業拡大が行われる動きも活発化してきていると言えるだろう。
自動車産業は日本のリーディング産業であり、高い国際競争力を有し外貨を稼ぎ、日本国内において広大な裾野産業と雇用を抱え地域経済を支えているものだ。また、自動車産業が誕生して100年余りの歴史の中で品質、信頼性、生産性を不断に追求してきた国民産業となっている。こうした国民産業としての役割を踏まえ、今後10〜20年のグローバルな社会的課題を世界に先駆けて解決する戦略として構築されたのが〝自動車産業戦2014〞である。
自動車産業が今後10〜20年で直面する課題には、環境・エネルギー制約、人口増加・一人当たりGDPの増大、高齢化、都市の過密化と地方の過疎化、新しい価値観の台頭などが挙げられる。
同戦略ではグローバル戦略の方向性として、①グローバルな市場動向を踏まえた戦略検討の重要性、②日本の自動車産業がグローバルに市場シェアを拡大し、新規市場を開拓していくための最適投資、最適貿易(完成車・部品の輸出力強化、海外拠点から第三国への輸出など)が実現されるよう、障壁のない市場環境を構築すること、③グローバル市場を先
取りする先進的な国内市場を構築するため、(a)国内の開発や生産の基盤の維持・強化、(b)国内販売市場の活性化、(c)グローバル市場の動向を踏まえた電動車両と内燃機関自動車の双方の追求、(d)自動車の付加価値を高める生態系の確立(中古市場、補修部品市場、リサイクルなど)―を掲げている。
グローバル展開
①TPP、日EU、日豪などの経済連携の推進、②国内への資金還流の適正化(移転価格税制やロイヤリティなどの国際課税問題への対応)、③海外において個社が抱える貿易・投資上の課題(インドPE問題、インドネシア関税問題など)にも積極的に対応、④個別重点地域(北米、EU、中国など日系企業の関心の高い大市場と主要生産拠点)へのアプローチ。ASEANではシェア優位を生かし、安全評価、燃費などの制度導入を支援。インドでは適正な行政運用を訴求しつつ、日印協力の在り方を検討。そのほか、ロシア、アフリカ、中東も視野に入れる、⑤インフラシステム輸出戦略 F/S実施、海外実証、ODAなどを通じて、電気自動車などと充電インフラの海外展開を推進していく。
研究・開発・人材戦略
日本の自動車産業は開発に際して自動車メーカーとサプライヤーが一体で行う、「すり合わせ」により、高い品質の作り込みを実現してきた。今後、グローバル市場においてもコスト低減、車種の多様化、関連技術分野の拡大が求められることから、より戦略的な選択と集中による経営資源の配分や開発・生産体制の整備が重要となる。すり合わせの強みを生かしつつ、それを補完する産産・産学協調を活用していくための環境整備が必要だ。
方向性は以下の通り。
①協調領域において、モデル化などの高度な基礎研究に学の知見を活用しつつ取り組むことで、より高い次元での「すり合わせ」が可能となり、自動車のさらなる性能向上や産業競争力の強化を実現。(a)協調領域の特定やロードマップ策定・実行については、各社の利害を超えた大所高所の視点と強力なリーダーシップが必要、(b)産学協調体制を構築する際、当面、産業界による大学の人材育成に対する支援や設備面でのケアが必要、(c)効果的に産学連携を進めていく上で、産学間の技術人材の流動性の向上が極めて有効。また、研究者に係る労働時間規制の在り方や外国人人材の活用の在り方も検討。併せて、国際標準化の取組を強化することで、実用化フェーズにおいても協調を推進、②特定分野における圧倒的な技術力を持つグローバルニッチトップの取組や、複数企業の連携によるグローバル展開を支援するとともに、日本が強みとする「すり合わせ」の維持・強化が図られるよう、競争法に係るコンプライアンス体制のより一層の強化・確立や共存共栄の原則に基づく取引関係の発展が重要となる。
システム戦略
今後、環境問題やエネルギーセキュリティの確保、高齢者の交通事故の増加、都市の過密化や地方の過疎化などの社会的課題は、一層深刻になるものと予想されている。これらの課題解決に向け、関連技術や産業と連携しながら、自動車を核とする社会システムとして対応していくことが重要だ。戦略の方向性としては、①環境・エネルギー制約については、電動車両(ハイブリッド自動車、プラグイン・ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車を指す)の普及拡大が重要。電力との連携を進めることにより、非常時の電源確保やHEMS(ホームエネルギー・マネジメントシステム、家庭で使うエネルギーを節約するための管理システム)による節電などを実現し、電動車両の魅力を高めるとともに再生可能エネルギーの導入拡大への貢献も検討、②交通事故や交通渋滞の深刻化については、安全運転支援システム、自動走行システムのさらなる性能向上や普及拡大に期待。ITをはじめとする関連技術や産業との連携を進めつつも、安全性の確保などの観点か
ら自動車産業のリーダーシップを強化。
また、運転能力の低下した高齢者の増加なども見据え、完全自動走行の実現に向けた検討も重要、③このほか、老朽化する道路の適切な維持管理・更新費用の低減を含め、さまざまな社会的課題の解決に向けた自動車から得られる情報の活用推進―が挙げられている。
日本政府は同戦略を踏まえ、タイでは〝3ステップ〞による産業高度化を進めている。
ワーカー育成、製造設備、工場法の整備といった製造拠点の設立および産業集積形成が第1ステップとなるが、タイではこの段階は完了しており、今後はCLMVへの拡大を目指す。
ローカライズ、開発拠点設立が第2ステップとなり、タイでは生産技術者の育成、評価設備、規制当局との調整などが重要であるとし、現在進行形で進められている。
最後の第3ステップでは先端要素技術、開発拠点設立を目的とした高度研究者の育成、先端研究設備、分野ごとの立法などを将来的に推進していく。
「タイは日系自動車産業にとって重要な地域です。製造拠点として産業高度化を目指すタイは、現地に合った〝デザイン&デベロップメント〞を国内において進めていかなければなりません。そのためには、第2ステップにおける〝評価設備の導入と生産技術者の育成〞が重要となります。この遂行にあたり、自動車産業を中心にタイへの研究開発拠点の設置を加速化すべく、タイにおける日系企業の研究開発ニーズを把握、政府による支援の
あり方などの議論を目的とした〝タイイノベーションワークショップ〞を、2015年7月から3回に渡り実施してきました。
タイ側は政府の研究開発投資誘致戦略を紹介、日本企業は日本国外に研究開発拠点を設立する際の設立理由や研究対象分野、課題、必要な優遇措置など具体的な要望を伝え、このワークショップを通じて15年9月に〝タイの産業高度化に向けた日タイ共同政策提言〞を取りまとめるまでに至りました」。
同ワークショップは日タイ両国によるものでタイ国家経済社会開発委員会(NESDB)、在タイ日本国大使館、ジェトロバンコク事務所が共催。タイ側からはピチェート・ドゥロンカウェロート科学技術大臣とアーコム・トゥームピッタヤーパイシットNESDB長官(現・運輸大臣)、日本側からは佐渡島志郎駐タイ日本国大使と保住正保ジェトロ・バンコク事務所所長が出席し、タイでの研究開発拠点設立および高度産業人材育成に関心がある日系企業も交えて話し合いの場を設けてきた。日系企業からはトヨタ、三菱自動車、ホンダをはじめ20社以上からのヒアリングを下に議論を行った。
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THAIBIZ編集部
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