カテゴリー: 特集
公開日 2016.07.25
タイにおける障害者の雇用義務は、労働省および社会開発・人間の安全保障省が所管する「障害者エンパワーメント法」 (2007年に成立。関係省令の制定を経て、11年から施行)を根拠とするもので、前身である1991年成立の「障害者リハビリテーション法」からはさらに義務内容が強化され、より一層障害者雇用を推進する内容となった。
現在、国家障害者エンパワーメント事務局が認定する障害者の数は約174万人(※)で、約半数が目に見える障害や器官の欠損などの理由から、日常生活や社会参加に制限がある「肢体不自由者」の障害者だ。うち労働力人口数は約78万人だが、実際に就労している障害者数は約25万人(自営含む)に留まり、 就労不可能な障害者を除いた約36万人が、働けるにもかかわらず働いていない、実質失業の状態にあるという。また、就労している障害者の雇用元割合は、民間企業が6.3%、政府関係機関が1.5%程度で、農業分野や自営業、そのほかの分野でのインフォーマルワーカーが約85%を占めている。
(※)障害認定を受けた障害者のIDカードを保持している人数。障害者が国家障害者エンパワーメント事務局に申請、医師など専門家の協議を経て障害認定が下りる
障害者エンパワーメント法の第33条(抄)には、「障害者のエンパワーメントに資するため、雇用主、自営業者、政府機関は職場における雇用者のうち適切な割合の障害者を雇用し、適切なポジションで働かせなければならない」(在タイ日本国大使館仮訳)とある(表参照)。
同法第33条に掲げる適切な割合の 障害者を雇用しない雇用主、自営業者は、国家社会保障エンパワーメント事務局に納付金を納める義務があり、期限までに全部、または一部の納付金を支払わない雇用主、自営業者は年利7.5%の利子を支払わなければならない。その納付金は、全国一律300バーツ(最低賃金)× 365(日)× 障害者雇用不足人数となり、 1人当たり年間10万9500バーツに のぼる。
在タイ日本国大使館の坪井宏徳一等書記官によれば、現在、障害者雇用義務のうち、約2万1000人分が納付金の納付により履行されており、毎年約23億バーツが拠出されているが、この納付金は必ずしも有効な使用がなされていない状態だという。
「障害者の約半数が公的な教育を受けておらず、学歴が小学校までの人が90%を超えている状況です。企業からは、障害者の能力水準が要求水準に満たないとの意見を聞きますが、そもそも、障害者を雇用しようと思っても、障害者が見つからない、どのように障害者を雇用すれば良いか分からないといった意見もよく聞きます。
納付金以外の形で障害者雇用を推進するとともに、この〝障害者が見つからない〞を解消するため、タイ政府の専門機関『Thai Health Promotion Foundation(通称:タイヘルス)』が支援する組織『Social Innovation Foundation(SIF)』では、法第33条に 基づく直接雇用だけでなく、法第35条の規定『政府機関、雇用主、自営業者は、障害者に対する便宜供与、場所の提供、他の機関での下請け的な雇用、訓練の実施その他国家障害者エンパワーメント委員会が定める規則に基づく障害者や(障害者の)介護者への支援を実施することができる』(同大使館仮訳)を活用した形式で、障害者が地域のコミュニティにいながら働くことができる仕組みを推進しています。
SIFは2012年に設立された非政府機関で、アマタナコンに工場を持つ企業のタイ人社長が会長を務めています。具体的には、SIFが障害者を雇用したい企業などに対し、職場とそこで働く障害者を探します。企業は雇用する障害者に給与を支払いますが、障害者は自身が暮らす地域の病院や寺院で働くことができるというスキームです。事実、障害者の95%以上がバンコク以外の地方に在住しており、雇用したい企業と地域で働きたい障害者、両者にとって有益な1つの選択肢と言えるでしょう。この方式でこれまで約1000人の障害者が雇用されており、タイ政府は今後1年で、1万人の雇用創出を目標に掲げています」。
在タイ日本国大使館 坪井宏徳一等書記官
SIFで障害者を雇用、Win×Winの関係築く
自動車用内外装部品製造、輸出用パレット製造などを行うVuteq Thai Co., Ltd. では、タイ国内4工場、2営業所で、現在581人の正社員が働いている。従業員総数は派遣社員などを加えると1,000人を超えるが、障害者雇用義務は正社員100人に対し1人と規定されているため、6人の障害者を雇用する義務があり、同社では労務マネージャーであるスラチャイ氏の提言で2014年からSIFのスキームを利用している。
Presidentの杉田晴行氏は、「障害者雇用義務の法律は知っていても、なかなか自分たちで探して直接雇用するのは難しい。結局、ペナルティを支払っているという企業は多いのではないのでしょうか。当社ではSIFに人材探しから勤務先の斡旋を依頼しており、毎月、6人分の就業報告を送ってもらっています」と話す。
同社と雇用契約が結ばれている6人の勤務先は、居住するアユタヤ県やサムットソンクラーム県の自治体や図書館、病院、寺院などで、仕事内容はメイドやガーディナーなど。 この仕組みを利用するメリットはどこにあるのだろうか。まず第一にはコスト面が挙げられる。障害者雇用義務を果たさなかった場合、ペナルティーは1人当たり最低賃金300 バーツ×365日になるが、スキームを利用した場合は300バーツ×実労働日となり、福利厚生なども必要はない。
「雇用先を求める障害者の方と、自治体、病院などの勤務先、関わるすべての人にとってWin-Winのスキームだと思っています。コスト面だけでなく、CSR活動の一環としてタイへの貢献につながれば」と杉田氏。
留意すべきは社会的責任の所在だ。例えば、勤務先で怪我をしてしまった場合や、勤務先に損害を与えてしまった場合、原則、企業側が責任を負う必要はないのだが、2016年6月現在、SIFでは内容を明記した書類などは用意されていないため、念のためSIFへの確認が勧められる。同社でも近々、書面にて責任所在に関する書類を送ってもらう予定になっているという。
タイ人の人事担当者でも、このSIFのスキームを知る人はまだあまり多くなく、今一度自社がどのように対応している のか確認しておきたい事項である。
Vuteq Thai Co., Ltd.
杉田晴行President
【本記事で紹介したスキームに関する問い合わせ先】
Social Innovation Foundation(SIF)
☎02-279-9385(タイ語)
■www.sif.or.th
THAIBIZ編集部
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