
公開日 2026.01.09
グローバル経済の構造が大きく変わろうとしている。米中対立によって企業のサプライチェーン戦略は見直しを迫られ、「チャイナ・プラスワン」の潮流が再び勢いを増している。その中で存在感を高めているのがタイだ。安定した政治・経済基盤、インフラの充実、人材の質、ASEANの中心という地の利—多面的な強みを背景に、製造業から新産業まで、投資が着実に集まりつつある。
物流や工業開発などの主要事業を通じて、こうした動きを牽引する存在の一つがWHA Corporation PCL.(以下、WHAグループ)だ。今回は、WHAグループ最高経営責任者(CEO)であるジャリーポーン・ジャルコーンサクーン氏に、タイが「選ばれる国」となる理由と、同グループが掲げる新たな共創戦略について聞いた。
目次
2018年、米国の第1次トランプ政権は、中国による不公正な貿易慣行などを理由に、中国製品への大規模な関税を発動した。これに対し、中国も報復関税を発動し、両国間で関税合戦が勃発。この時期は「米中貿易戦争の第1ラウンド」とも呼ばれている。
2019年以降も追加関税の拡大と対立の応酬が続き、記憶に新しいのは2025年に第2次トランプ政権が発令した追加関税だ。これは中国のみならず、日本を含む約60の国・地域を対象としており、世界経済に大きな混乱をもたらした。
こうした世界経済の変動について、ジャリーポーンCEOは「タイにとって大きな好機だった」と語る。「第1ラウンド以降、タイは“失うよりも得るものの方が多い”と判断してきた。実際に、中国企業および非中国系企業の多くが生産拠点を中国から東南アジアへと移転しており、その主な移転先はタイ、ベトナム、インドネシアだ。WHAグループがタイおよびベトナムで工業団地への投資を拡大したのも、この動きを見据えてのことだった」と同CEOは説明する。

ジャリーポーン・ジャルコーンサクーン 氏
WHA Corporation PCL.
執行委員会会長/グループCEO
WHAグループCEOとして事業全体を統括し、物流・サプライチェーン分野で多くの名誉博士号を持つ。SCB Xやサイアム・セメント・グループ(SCG)など上場企業の取締役を歴任し、タイを代表する女性経営者。
ジャリーポーンCEOの言葉どおり、トランプ政権の政策は中国系投資家の間に不安を生じさせ、中国以外の国に生産拠点を移す「チャイナ・プラスワン」の動きを一層加速させた。相互関税はタイにも課されているものの、同国の現行関税率は周辺諸国と同水準の19%であり、影響は限定的との見方も強い。
さらに同CEOは、「生産品に対して“現地調達比率40%以上”を義務付ける新たなローカルコンテンツ規定がタイ政府により導入されたことで、タイを含む各国企業にとって、より公平な競争環境が整いつつある」と、現状を概観する。
この規定は、タイのローカル企業に活躍の場を確保する役割も担っている。かつては、中国で製造した製品をタイに輸入し、再梱包後に輸出する「迂回輸出」も多く見られたが、そのような手法では低コストの中国製品に対し、タイや日本のメーカーが競争力を発揮するのは難しかった。
同CEOは、ローカルコンテンツ規定を打ち出したタイの新政策について「市場全体の競争条件を均衡化し、各国企業がそれぞれの強みを発揮できるようにしている」と評価する。
タイ政府は2017年、東部3県(チャチューンサオ県、チョンブリー県、ラヨーン県)を対象とした経済開発計画「東部経済回廊(EEC)」政策を打ち出し、製造業を中心に企業誘致を推進してきた。その効果もあり、近年、タイへの外国直接投資(FDI)は大幅に増加している。
ジャリーポーンCEOは「2025年(1〜9月)のFDI総額(申請ベース)は、タイ投資委員会(BOI)設立以来の最高額となる約9,800億バーツを突破。米中貿易戦争の第1ラウンドが始まった2018年と比べて約1.7倍に達した(図表1)。この大幅な増加は、投資家のタイ経済への高い信頼感を示している」と説明する。

なお、日本からのタイ向けFDIは、相対的に比率は下がっているが、金額としては大きく減少はしていない。過去10年間(2015〜2025年9月)で、日本企業は2,620件の投資促進プロジェクトを申請し、累計投資額は7,000億バーツを超えている。
なぜ今、これほどまでにタイ経済への関心が高まっているのだろうか。ジャリーポーンCEOは「外国投資家がタイに見出しているのは、構造的な潜在力である。特に、電気自動車(EV)産業、データセンター産業、電子・プリント基板(PCB)産業の3分野において、タイには明確な競争優位性がある」と分析する。
EV産業における最大の強みは、日本企業によって長年にわたり築かれてきた自動車産業の基盤に支えられた、完成度の高いエコシステムだ。さらに、強固な交通インフラや国際水準の工業団地、高度な自動車産業人材の存在も、同産業の発展を力強く支えている。
同CEOは「EVの生産に対しても“現地調達比率40%以上”というルールを課す一方で、2026年6月末まではバッテリーセルの輸入コストを最大10%までその比率に算入できる措置を設け、国内生産への道筋を形作っている」と述べ、タイ政府の方針もEV産業の成長を後押ししていることを強調した。
2025年前半、タイ向けFDI総額(申請ベース)約7,000億バーツのうち、約5,500億バーツが新技術およびデータセンター関連であった。この状況について同CEOは「タイがハイパースケール・データセンター※の地域拠点として適していることを示している」と説明する。
(※)膨大なデータ処理やストレージ需要に対応するため、5,000台以上のサーバーを収容できる超大規模データセンターのこと。
一方で、タイの強みの一つであるEV産業において、日本企業は後れをとっている。挽回に向けて必要な要素として、ジャリーポーンCEOは「まずは現状を認識すること」を第一に挙げる。
「日本は依然として水素技術の開発に注力し、移行期においてハイブリッド車(HEV)の発展を優先しているが、他国と比べてEVシフトが遅れているという現実を自動車メーカーが認識し始めたことは前向きな変化だ」と評価し、さらに「現実を受け入れることが第一歩であり、今後はそれを踏まえた行動を少しずつでも起こすことが重要だ」と述べる。
具体的には、「日本企業は生産工程全体の効率化とコスト削減を目指し、新技術を取り入れた再構築を加速させる必要がある。同時に、競争力を高めるため、サプライチェーン網の拡大と多様化にも積極的であるべきだ」と、同CEOは指摘する。
さらに「日本は高度な製造技術、規律、そして高い品質基準で消費者からの信頼を築いてきた。柔軟かつ積極的に変革することができれば、今後も世界の自動車産業で高い競争力を保てるだろう」と期待を示した。
タイの投資環境を語る上で欠かせない存在の一つが工業団地だ。特にEECは、これまでタイ向け投資を促進する中核的役割を担ってきた。豊富な資源や熟練労働力に加え、高速道路、鉄道、空港、港など世界水準のインフラを備えた確固たるエコシステムを有しており、地価は年々上昇、大規模投資も継続的に行われている。
ジャリーポーンCEOは「WHAグループがタイで運営する15の工業団地のうち、14団地がEECに位置する(図表2)。これは、同地域が東南アジアを代表する製造拠点としての実力と基盤を備えていることを示す」と、EECのプレゼンスの高さを強調する。

「将来を見据えると、次に高い潜在力を持つ地域として注目しているのが南部経済回廊(SEC)だ」と同CEOは続ける。SECもEEC同様、国家プロジェクトとして構想されており、タイ湾とアンダマン海を結ぶ地理的優位性から、物流コストの削減と国際貿易ネットワークの強化が期待されている。
そのためSECは、単なるトランスシップメント(積替)拠点ではなく、競争力の高い新たな生産拠点として位置づけられている。
「プロジェクトが本格化すれば、クリーンエネルギー、ロジスティクス、先端技術などの戦略産業を惹きつける磁場となり、EECとともにタイの経済成長を牽引することで、長期的には日本企業にとっても新たなビジネス機会を創出するだろう」と同CEOは展望を語った。


タイに集まる巨額の投資は、今後どのような産業分野の成長を後押しするのか。ジャリーポーンCEOは、データセンターやAIに加え、クリーンエネルギー、ヘルスケア、バイオテクノロジーといった高成長産業が、今後の重要な役割を担うと見ている。
クリーンエネルギー分野では、WHAグループも工業団地の設計にサステナビリティを積極的に組み込むなど力を注いでいる。さらに、大和ハウス工業と合弁会社を設立し、主に日本企業を対象としたタイ国内の太陽光発電事業の展開も推進中だ。

同CEOは、「ヘルスケア&ウェルネス分野では、細胞治療によるがん治療を目指す『リビング・ドラッグ・ファクトリー』構想を進めるマヒドン大学をはじめ、シリラート病院やラマティボディ病院など、世界水準の医療機関は、日本企業にとっても有力な研究・実証パートナーとなりうる」と説明する。
食品・バイオテクノロジー分野については、「タイが持つ豊富な資源に先端バイオ技術を組み合わせることで、高付加価値食品や機能性食品など、健康志向と環境配慮を重視する現代消費者のニーズに応える新しい産業の創出が期待できる」と展望を語る。
タイの優位性を活かし、日本企業が生き残る方策を考える際、脳裏に浮かぶのが中国企業の台頭だ。しかし、ジャリーポーンCEOはそれを「急速に変化する世界経済の新たなダイナミクスの一部」と表現する。
「重要なのは、この状況を“脅威”としてではなく、“変革・革新・進化への原動力”として捉えることだ」と同CEOは強調する。
さらに、「過去の成功は未来の成功を保証するものではないため、企業は変化を受け入れ、柔軟に適応することが競争力の源泉となる。スピードと柔軟性、リスクを恐れない挑戦心は中国企業から学べることであり、こうした姿勢で未来に向けたイノベーション創出にも注力すべきだ」と持論を述べる。
一方で、保守的な企業文化の革新には時間がかかる。WHAグループも企業変革に着手してから、具体的な成果が見えるまで約3年を要したという。同CEOは変革に必要なポイントについて、「時間も必要だが、一貫性も大切だ。重要なのは、『なぜ変えるのか(Why)』『どのように変えるのか(How)』『いつ始めるのか(When)』という3つの問いを、企業の状況に合わせて明確にすることだ」と説明する。
さらに、「リーダーが自ら新しい考えを受け入れ学ぶ姿勢を示すこと」や「未来を担う人材育成」、「従業員のエンゲージメント向上」なども必要な要素として挙げた。
今後のタイと日本のビジネス協力について、ジャリーポーンCEOは「タイを戦略的パートナーシップの中核拠点として位置づけるべきだ」と述べ、「マルチパートナーシップモデル」が有望なアプローチとなりうることを強調する。このモデルは、タイ、日本、中国、あるいは他の国々が連携し、タイを共通の生産・投資拠点として新たなサプライチェーンを構築することを意味している。
同CEOはその理由について、「日本は技術力、中国は巨大市場、そしてタイは戦略的な立地とインフラを持っている。それぞれがオープンマインドで協働できれば、長期的に大きな相乗効果が生まれるだろう」と説明する。さらに、互いを競争相手ではなく「持続的成長をともに目指すパートナー」として捉える意識変革の重要性も強調する。
WHAグループは昨年11月12日、日系メディアや日本の公的機関を集め、特別セミナーを開催した。セミナーではジャリーポーンCEOが、「トランプ2.0を契機に、今後は世界経済の分散がさらに加速するだろう」と見通しを示した。
さらに、「近年は米中貿易摩擦の影響による中国企業のリロケーションを逃さないために注力してきたが、WHAグループとしても日本を含むさまざまな国の企業と連携する必要性を強く感じており、日本企業の誘致にも改めて注力していく」と意欲を示した。
米中対立の中で、日本企業に再び注目するタイ企業は、決してWHAグループだけではない。今後、日本企業にとって、自動車産業にとどまらず、あらゆる成長分野への戦略的な投資を通じて、タイ国内における存在感を回復する大きなチャンスが広がっている。
タイを拠点にした多国間連携を視野に入れた柔軟かつ積極的な事業展開が、今後の競争力強化と持続的な成長の鍵となりうるだろう。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / タニダ・アリーガンラート / 白井恵里子


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