なぜタイ人は日系企業を選ぶのか?

THAIBIZ No.154 2024年10月発行

THAIBIZ No.154 2024年10月発行なぜタイ人は日系企業を選ぶのか

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

なぜタイ人は日系企業を選ぶのか?

公開日 2024.10.10 Sponsered

【第2部】「タイ人から選ばれる企業」の取り組みとは

ここからは、「タイ人から選ばれる経営」を行っている例として、実際の企業ストーリーを3例紹介していく。いずれも、第1部で上げた課題の克服に取り組んでいる企業であり、明確な強みがタイ人に伝わった結果、タイ人が生き生きと活躍している。

村田製作所の「ていねいな」人事制度変革

写真:MTL社提供

総合電子部品メーカーである村田製作所のタイ拠点Murata Electronics (Thailand)(以下、MTL社)は、ランプーン県北部工業団地に拠点を構え、現在約6,000人の従業員が在籍する。1988年の設立以来、チェンマイ地区の優秀な現地スタッフと会社を発展させてきた同社は、現在をMTL社の第二創業期と位置づけ、人事制度改革に取り組んでいる。

MTL社に人事制度改革が必要となった背景は、タイ法人の役割が「ローコストでの生産」を役割として担っていたステージから、「最先端の部品生産や主力製品の生産」も担うステージに変化したためである。従業員に求められる役割も変化し、より自立的な考え方や行動が今まで以上に重要となってきた。そのため新しい人事制度のキーワードを“Professional”とし、従業員がより自律的に主体的に働く環境を作っていくことが必要となった。

具体的には、ハード面ではオフィス家具やユニフォームなどの刷新を行い、またソフト面では社内SNSの活用や、社是の実践促進、コミュニケーションの活性化、そして人事制度の全面改訂を実施した。特に人事制度の改訂においては、これまで曖昧だった職級定義にメスを入れ、一人一人の従業員に対し会社が求める役割と期待値を明確化することで、「頑張った人が確実に報われる組織」へと進化を目指している(図表3)。

出所:MTL社提供資料に基づきTHAIBIZ編集部が作成

社是を中心に据えた変革

同社の変革は「理念」をベースにしていることに特徴づけられる。MTL社は「社是」を軸とした経営を掲げており、タイ法人においても“Shaze”という日本語をそのまま使い、動画なども駆使して教育を行っている。従業員からも「シャゼ、シャゼ」と会話の中で言葉が出てくるほど、その浸透度合いは高い。

今回の変革においては、マインド変革を強く求める一方で、社是などの大切にする価値観はこれまでもこれからも変わらないとトップから訴求することで、変革への理解を促している。変革の時こそ、企業理念がまさに生きるタイミングなのだ。

次に、「ローカル社員による変革主導」を意識している点も出色である。海外拠点では日本人がトップダウンで変革を主導する例が珍しくないが、同社はとても丁寧にタイ人幹部を巻き込んでいる。 人事制度の研修で社員から懸念や質問が表明されても、タイ人幹部が率先して質問に答えることができる。受け身のマネジャーが多い会社ではこのような行動はあまり見られず、同社の経営陣が一枚岩になっていることを実感した。

そして、人事評価における「客観性の担保」も意識している点も注目である。評価制度においては「何を求められているのか」の定義を明確にすることが最重要である。同社も役割等級定義を導入し、基準の明確化を図った。

しかし、評価というものはどれほど定義を明確にしても、必ず好き嫌いや不公平感が発生してしまうものである。そこで、特に昇格判断においては通常の人事評価に加えて、アセスメント(試験)やプレゼンテーションなどのプロセスを挟んで複数の目で判断することに取り組んでいる。同質性の強いタイでは影響力を持つリーダーが恣意的に評価をしてしまうことが少なくない。だからこそ、その排除にエネルギーが注がれている。

総合的に見て、同社は厳しさと温かさを兼ね備えた「ていねいな変革」をしているように筆者からは見える。世の中には、一気呵成に変革を進める企業は多い。しかし、同社のコミュニケーションを重視した変革プロセスは、安定的で高品質なものづくりを志向する同社の風土と、またチェンマイに近いランプーン県と言う比較的おっとりとした土地柄にもマッチした、地に足の着いた取り組みと言えるのではないだろうか。

ローム社タイ法人の「粘り強い現地化経営」

写真:RST社提供

ローム株式会社の海外営業拠点の一つであるROHM Semiconductor (Thailand)(以下、RST社)は、ローム製の半導体および電子部品の提供を行っている。 ローム株式会社は半導体・電子部品メーカーとして、創業以来60年以上にわたり顧客へ高い付加価値を提供し、タイのモノづくりにおいて無くてはならない企業となっている。

RST社は「Localization(現地化)」を経営方針に掲げ、約10年間にわたって、少しずつ人事施策を導入してきた。その結果、日本人駐在員数が減り、その代わりをタイ人メンバーが務めるようになっている。RST社のタイ人マネジャー・リーダーはここ5年の間に、5人から13人に大きく増加している。

出所:RST社提供資料に基づきTHAIBIZ編集部が作成

「キャリアパスが見えず、ローカル社員が辞めてしまう」という課題からスタートした人事改革では、まず、等級制度を変更し昇進昇格規定を整備した。また、年次の評価も、MBO(目標管理)、コンピテンシー(行動評価)、ジョブスキル評価と3本立てに変更し、社員の頑張りをしっかりと評価結果に反映できるようにした。

教育施策も、非常に充実している。管理職層に向けたマネジメント教育、中間層へのリーダー教育、スタッフ層に向けたスキル教育などを、繰り返し行っている。一度やって満足するのではなく、毎年トピックスを検討しながら必要な打ち手を行ってきた結果が、タイ人リーダーの成長につながったのである。

日本人もタイ人も「一緒に」変わる

RST社は「双方向のコミュニケーション」に細心の注意を払っている。同社では、年に一回「キックオフ」と称した方針共有の研修を、大会議室に全社員を集めて行う。事前にトップマネジメントが年次方針を社内展開し、社員は質問を既定のフォームにポストする。

キックオフでは、寄せられた山のような質問に社長が回答をし、社員はグループワークを通じて方針実現のためのアクションを議論し部門別に発表を行う。結果として、全員が同じ方向を向いて1年をスタートすることができるのだ。こうした議論を活性化させる「場づくりの工夫」も、人事部門が趣向を凝らして企画し積み上げてきたノウハウである。

そして、「日本人が変わる」ことにもこだわっている。海外拠点では「現地スタッフだけ教育しておけばOK」と考える日本人リーダーが少なくないが、RST社は「教育は必ず日本人・タイ人両方が参加する」というポリシーを持っている。一緒に研修に参加すると、普段は見えない意外な一面が見えるなど様々なメリットがある。また、日々のプレッシャーでストレスを溜めがちな日本人社員にとっても気づきと成長の機会になり、それがタイ人スタッフの成長支援にも繋がるのである。

また、「データで組織状態を把握している」ことも同社の特徴である。同社は2種類のデータを活用している。一つは、「コミュニケーションサーベイ」と呼ぶ、部下から上司へのフィードバックである。タイ人の扱いに課題がある日本人上司には当然低い点数が付く。見たくない事実ではあるが、そうした厳しい声に耳を傾けない限り、上司のマネジメントスタイルはなかなか変わらない。

同様に、組織全体を対象とした「モチベーション・サーベイ」も行っている。部署ごとにアンケートを取って組織の活性化度合いを測定し、スコア改善に向けたPDCAを各部署で回すことが求められる。こうした声を聴く施策は、グレンジャイ(遠慮)の文化があるタイにおいては非常に重要である。タイでは「不満が出ないから大丈夫」と思ってはいけない。黙って社員が去ってしまう前に、不満を自分たちで拾いに行かなくてはいけないのである。

このような様々な取り組みは1〜2年で行えるものではない。日本人幹部と、タイ人HRが議論を重ね、毎年少しずつ改善を加えて10年以上かけて積み上げてきたものである。現地化には粘り強い継続力が必要ということを、同社のケースから学ぶことができる。

三菱自動車タイ法人の「長期的目線での会社づくり」

写真:MMTh社提供

1961年にタイで創業したMitsubishi Motors (Thailand)(以下、MMTh社)は、三菱自動車グループにおいて単一の工場としては最大規模だ。同社の人事施策は、アトラクト・タレント(優秀な人材の確保)、ディベロップ・タレント(人材の育成)、リテイン・タレント(人材の定着)の3つの領域に分かれて数多く展開されている。評価制度や教育制度、また社内イベントや福利厚生などは充実したレベルにあり、従業員の定着と活用に高い意識を持って取り組んでいる。

新卒採用への真剣な取り組み

多岐にわたる施策をすべて紹介することはできないが、ここではまず「新卒インターンシップ」に注目したい。若年層の離職という課題を感じていた同社は、各世代のパイプラインを充実させ、知識・技術の伝承を確実にさせるという目的で新卒採用、およびその予備軍となるインターンの獲得に力を入れて取り組んでいる。

インターンシップは、トップ大学に狙いを定めて募集を行う。選考過程では、成績要件での書類審査、外部機関による基礎力テスト、Way(行動指針)に基づいた面接評価などを行う。その結果、1,000名を超える応募が得られ、そこから選ばれるのはたった数十人のみである。選ばれた人材は、各職場との入念なすり合わせの上で、職場でのインターンに取り組む。こうした人材の一部が、ハイ・ポテンシャル人材として同社に入社し活躍していく。そうしたサイクルが、会社の成長を支えているのである。

日系企業の海外拠点においては「どうせ辞めてしまうから」と新卒採用を軽視する風潮が一部に見られる。欠員を中途採用で埋めるので精一杯という状況の会社も少なくないだろう。しかし、新卒採用は、社内の人材パイプラインを長期的に構築できることに加え、既存社員のリーダーシップの向上につながるなど、組織全体に与えるメリットが大きい。本来日本企業の得意技である新卒採用に、海外拠点においても今一度着目しても良いのではないだろうか。

また、「人事部社員の優秀さ」も特筆に値する。新卒採用をはじめ人事の諸施策にはそれぞれかなりの人的工数がかかり、やりたくてもそれを実現できるだけのスタッフがいないと頭を抱える企業が少なくない。それらを企画し作業を回している人事部社員の存在は非常に重要である。同社においては、課題の議論、企画、トップマネジメントを巻き込んだ意思決定、各部門への浸透活動などをすべてタイ人の人事部社員主体で推進している。

まずは変革推進にあたり、定評のあった人物を社内ローテーションで人事トップにアサインした。その人物を筆頭に、優秀人材を人事部に配置している。特に、2016年にタイ本社をパトゥムターニー県ランシットからバンコク中心部に移転したことで優秀なスタッフ人材の確保がしやすくなったという。採用競争力の向上を意図して本社を移転したというから、その本気度もうかがえる。

一般的にタイでは、人事部スタッフは社内ルール管理や給与計算などの日常業務を行う役割と認識されることも少なくない。しかし、人事は「経営戦略の根幹」を担う業務である。MMTh社では人事部社員にも年次目標に新規的な挑戦項目を必ず入れることを求める。オペレーション業務で満足させず、より大きなミッションを与える。人事にふさわしい優秀人材を常に調達し、教育する。そうした長期目線での取り組みが、同社の持続的成長を支えているのである。

THAIBIZ No.154 2024年10月発行

THAIBIZ No.154 2024年10月発行なぜタイ人は日系企業を選ぶのか

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役

中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)

愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。

人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]

Asian Identity Co., Ltd.

2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。

◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE