アジアの産業ハブに変貌なるか-日タイの協力で産業構造転換の実現を

ArayZ No.120 2021年12月発行

ArayZ No.120 2021年12月発行変わる日タイ関係-タイ人における日本の存在とは

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アジアの産業ハブに変貌なるか-日タイの協力で産業構造転換の実現を

公開日 2021.12.09

MU Research and Consulting (Thailand)
Managing Director 池上 一希

日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に当社入社。大企業向けの欧米、中国、アセアン市場での事業戦略構築案件を中心に活動。18年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等のテーマに取り組む。
◎ 楽観シナリオ予測
タイが産業構造の大転換を果たし、エコカー、ロボティクス、バイオなどの高付加価値産業の集積地として転換を遂げる。コロナ禍で打撃を受けた観光業の復活と合わせ、規制緩和により外資のサービス業への投資が進み経済活性化が進む。DX化、エネルギートランジションへの対応などで競争力を付けたタイ大手企業は、海外展開を加速しASEAN域内の内需取込みに成功する。

× 悲観シナリオ予測
人口減少が進み、経済の屋台骨である国内消費は急速に縮小。富の偏在も解消せず政情不安も深刻化。懸案であった産業構造の高度化も効果をあげず、域内の産業集積地としての魅力を急速に高めたベトナムに外資大手製造業は移転を進める。結果としてタイの産業サプライチェーンの棄損が見られるようになる。

【予測シナリオ】産業高度化を遂げた近未来のタイ
20××年12月、タイ投資委員会の「水素技術奨励パッケージ」の恩典を基に投資された日系自動車メーカーA社の水素エンジン車の工場ラインオフ式が、日タイ首脳の参加のもと盛大に開催された。
世界でも類を見ないエコカーの産業サプライチェーンの構築を果たしたタイは、プラユット首相が21年のCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)で表明した65年ネットゼロエミッションの目標達成が視野に入りつつある。
また、規制緩和を経てサービス分野においても外資の投資が活発となり、デジタル、金融分野などが基幹産業化。世界から高付加価値人材が集積するようになったバンコクは、全エリアがスマートシティ化し、アジア有数の先端都市に変貌した。

今日、中長期のタイの見通しについては悲観的な見方が多い。

新型コロナウイルスのパンデミックによりタイ経済が負の影響を受けていることや、人口減への懸念もあり、緩やかに衰退を迎えるとの見解もある。

本稿ではこのような悲観的な見方に対し、今後タイが各種の構造的な課題を解消すれば、アジアのハブとしての確固たる位置付けを再確立するという仮説と、そのための必要な論点について挙げたい。

必要な政治のリーダーシップ

まず1点目は人口動態・富の偏在への対応である。

生産年齢人口は2018年にピークアウトしているが、人口全体では30年前後に7000万人超に達し、その後減少することが見込まれている。

労働力不足と人件費上昇により、従来型の労働集約型産業の競争力は緩やかに低下しつつある。政府も定年年齢の引き上げや少子化対策として各種インセンティブ導入を進めているが、目立った成果は見られていない。

出産費用の無償化や3人目以降の出産への補助を手厚くするなどの各種の優遇措置導入と併せ、出産後の育児・教育がスムーズに進む制度の導入も必要となろう。

富の偏在についても解決が必要な課題である。

ジニ係数こそ改善傾向にあるが、国民上位1%が富の6割近くを占有するとされる歪んだ構図は長年不変である。都市部と地方部の格差、中間層のすそ野の狭さは国の健全な成長において懸案となり得る。

既に導入されている相続税、贈与税ともに世界水準でも税率は低く、富の再配分においては効果が出ていない。税制の再構築と合わせ、寄付金への税制優遇を抜本的に導入するなどの施策なども検討に値する。

ただし、16年の相続税の導入時には課税控除額が当初構想の5000万バーツから、最終的には1億バーツに拡大されたなどの経緯もあり、これらの政策は富裕層の既得権益に手を付ける改革でありハードルが高い。構造的な問題解決には政治のリーダーシップによる推進力が欠かせない。

新たな産業の柱構築

2点目は産業構造の転換である。

「中所得国の罠」からの脱却はタイ政府の積年の課題であり、「Thailand4.0」やグリーン経済の推進を標ぼうする「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済」などの国家ビジョンを示しているが、柱となるべき産業の台頭には至っていない。

今後の懸念としては周辺国との競合、特に米中対立に伴う中国からの生産移転の受け皿として注目を集めているベトナムが、競争優位性をさらに増す可能性がある(図表1)。

ASEANにおけるタイのポジショニング

もう一つの懸念は、特に日系企業にとって今日のASEAN事業が高収益なゆえに、制約が起きている点である。

例えば自動車分野では近年、従来型の内燃機関系の工程を日本や中国からタイに生産移管する動きが見られる。

先進国での電動化やMaaS(Mobility as a Service)分野への先行投資のコスト捻出のためにも、内燃系の産業サプライチェーンが完成し、キャッシュカウでもあるタイ事業のビジネスモデルは早急には転換しにくいという事情も透けて見える。

今後はよりメリハリのきいた産業政策の再構築が必須となる。化学、バイオ、ヘルスケアなど重点分野をより一層絞り込み、免税にやや偏った足元の政府の恩典を国際的にも見劣りしないものとする努力が必要となる。

また、産業高度化に応じたスキル人材の確保に関するプログラムの導入も必要である。このためには、外国人の就業要件の緩和、不動産・土地保有への規制制限なども一助となるはずである。

製造業、観光業に次ぐ産業の柱の構築も求められる。観光産業の完全復活は、ニューノーマルによる消費者の行動変容により時間を要する。そのためにも各種規制緩和により外資のサービス業への投資の活発化を進め、デジタル、金融分野、メディカルツーリズムなどの国際競争力の底上げが必要となってくるであろう。

健全な産業育成のためにも、シンガポールなどと比較して育成が遅れているスタートアップ企業振興のための基盤整備なども検討項目として挙げられる。

日本の協力深化で市場深耕

これらの施策には、日本のさらなるコミットも重要である。例えば、素材分野で世界初の人工合成によるタンパク質素材の量産化としてタイでの投資を実行したSpiber社は、タイの新素材ビジネスとしてのポテンシャルに一石を投じたといえる。

冒頭で触れた水素技術も先端技術移転有力候補として挙げられる。水素エンジンは内燃系の既存技術の転用が効く点が特徴であり、既存のタイの産業サプライチェーンを大きく棄損することなく脱炭素化と産業高度化が進められる。

また、東部ラヨーン県ではタイ・日系連合が、二酸化炭素排出量の実質ゼロを目指すカーボンニュートラル工業団地設立に向けて協力しており、水素関連技術の活用なども検討されている。

同プロジェクトに参加しているトヨタ自動車はこの他にもMaaSビジネスの推進において、タイ市場で先行して取り組みを活発化している(弊社寄稿20年11月号「変革期の自動車産業」参照)。

今後はビジネス・生活インフラの整備が進むタイを、新規ビジネスの実験場として活用していく試みも進んでいくのではないだろうか。

これらを後押しするためにも日本政府として、従来以上の脱炭素化、産業高度化、人材育成などソフト面でのインフラ整備に関わる技術・資金面のサポートが必要であることは言うまでもない。

また、タイにおけるR&D、地域統括活動や、クロスボーダーにおける投資活動への優遇などもタイ企業・日系企業の競争力向上のためには重要な施策である。

弊社予測ではハイエンドのサービスや製品の受容性が高い上位中間層は、ASEANにおいて今後20年間で約8900万世帯となる見込みである(図表2)。

ASEAN主要国の上位中間世帯数の推移

域内における市場の深耕を日タイ企業双方でともに進めていくことは理想的なシナリオとも言えよう。


MU Research and Consulting(Thailand)Co., Ltd.

Tel:+66(0)92-247-2436
E-mail:[email protected](池上)

【事業概要】 タイおよび周辺諸国におけるコンサルティング、リサーチ事業等

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THAIBIZ編集部

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