タイにおいて存在感を増す「中国」とその実態

ArayZ No.141 2023年9月発行

ArayZ No.141 2023年9月発行東南アジアにおける 脱炭素トレンドと脱炭素に向けたアプローチ

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タイにおいて存在感を増す「中国」とその実態

公開日 2023.09.09

鈴木 裕介|バンコック支店 営業5課 課長

1. 直接投資では中国・台湾・香港からの投資が増加中

タイと言えば東洋のデトロイトと呼ばれ、1962年にトヨタ自動車が進出するなど歴史的にも日系企業が多く親日的な国と言える。しかしながら、中国の一帯一路構想を起点とした政治的・経済的なつながりの深化により、タイにおいても「中国化」という言葉が聞かれるようになってきた。今回はデータや実地調査によりタイで存在感を増す中国とその実態についてレポートしたい。

まずは各国・地域企業による直接投資を見てみたい(図表1)。

中国・香港・台湾企業からの直接投資は近年急増している。この3つの国と地域は2019年から4年連続で最もタイへ投資した国・地域となっている。主にEECエリアを中心としてバッテリーEVやEMS関連の投資が中心となって総投資額を押し上げている。工場団地を運営する企業では中国語を話せる人材が増加しており、反対に日本語人材が削減されるなど中国重視の姿勢が鮮明になってきているという話も聞くようになった。

2. 観光産業における強い存在感

タイにおける観光収入はGDPの約10%を占めており、ホテルやレストラン、小売など幅広い産業を支える極めて重要な位置付けである(図表2)。

コロナ前には年間3,827万人の外国人旅行客がタイを訪れており観光収入は約2兆バーツ(約8兆円)と世界第4位の水準であった。中国人観光客はその内の約29%を占めており、更に一日あたりの消費額も多く非常に存在感が強い。

タイ政府は2023年の観光客数目標を2,500万人としている。中国からの来タイ者数は、中国本土でのコロナ対策の緩和が他国よりも遅れたことを背景に足元113万人(23年1月-5月)であるが、年ベースでは約500万人までの回復を目指している。一方で、観光客数の国別ランキングでは、コロナ前19年の日本人観光客数は全体の5位だったが、足元13位まで低下している(図表3)。

中国人観光客の増加に伴いバンコク都内の大型商業施設でも中国語の看板が目立っており、経済における中国人観光客への期待感が伺える。

3. 在タイ中国人の増加が経済に与える影響

中資系企業の投資や観光客数の増加に伴い、タイに在留する中国人の数も増加している。データによると労働許可を持つ「駐在員」の数は 2022年には既に中国人が日本人を上回っている。この点でも中国のプレゼンスの高まりが確認できる(図表4)。

加えて、タイは土地法によって外国人の土地所有が原則禁止されているがコンドミニアムについては規制が緩和されている。直近のデータを見てもバンコク都内におけるマンションの外国人新規取得戸数では6割以上を中国人が占めており圧倒的な存在感がある(図表5)。

このようにタイで着実に存在感を強める中国だが、街の様子についても足を運んで確認してみた。タイにおいて伝統的な「中華街」と言えばヤワラートである。歴史も古く1780年代から中華系の移民が住んでいたと言われている。しかし、最近は中国大使館から近いMRT(地下鉄)のホワイクワン駅付近に住む中国人が増え、中国化を象徴していると聞き現地を取材した(図表6)。

写真の通り、中国語の看板を出す飲食店が多く、行き交う人々も中国人が多い。特に火鍋の店が多くあり、中国語の看板だけの店も散見される。ホワイクワン駅からすぐ近くの飲食店は観光客向けと思われる店が多いが、駅から離れるにつれてスーパーや不動産屋、タイ語・英語教室など生活に根ざした店舗が増えていく印象である。

夜間に訪問したが、火鍋の店はテーブルの上にビールや白酒の瓶が並んでいる様子からお客さんの殆どが中国人と思われた。スーパーでも写真の通り中国から輸入された食品が並んでおり調味料や飲料等も豊富である。また、1号店・2号店という記載が店名にあるお店も多く、複数店舗を展開している事が想像され、生活する中国人の多さが伺えた。

中国人と思われる人に何組か取材を試みたが『英語は話せない』というそぶりで足早に立ち去る人が多く、残念ながら話を聞く事はできなかった。タイでは、こちらが日本人だと分かると警戒心を解いてフランクに話してくれる人が多いが、今回の取材ではタイにいながら外国のアウェー感を強く感じた(筆者がタイ人に見えたのか、日本人に見えたのかは不明です)。

最後に訪問したのは、出来て間もなく非常に大きな中国超市(スーパーマーケット)。本スーパーは駅から遠く周辺は居住エリアであったため、観光客の来店は想定していない立地だと感じた。ここでも中国人の方に話を聞く事はできなかったが、タイ人スタッフへ取材すると半年ほど前にオープンしたお店との事。

お客さんは中国人ばかりですか?と聞くと、「この周辺はたくさん中国人が住んでいるから中国人ばかりだよ」と教えてくれた。理由は中国大使館が近いからではないかとの事だった。

4. 経済的な依存が高まる一方で問題も

タイにおいて非常に勢いのある中国だが問題も発生している。それを象徴するのが「サマネアプラザ」である。サマネアプラザは2021年にバンナー地区で営業を開始したショッピングモール兼レンタルオフィスで、面積は200ライ(約320,000㎡)と広大な敷地に建設された。ところが、タイの小売業者・卸売業者より、本物件が実質的に中国投資家によって支配されており外資規制違反だとの物言いがつき、当時プラユット首相が合法性について確認するよう直接指示するなどニュースとなった。

結果としては中国資本による実質支配ではないと結論付られたようだが、現在は少数の店舗が入居しているのみでほとんど営業実態がない状況となっている。偶然にも現地で家具を取扱う商社の中国人社員と話す事ができた。

中国からの輸入家具販売を1年ほど前からしているそうだが、商売はあまりうまくいっていないという。本当はここも店舗のつもりだったんだけどなっとボヤいていた。

5. 実態が見えづらい中資系企業の動向

報道や統計を通して見る中資系企業は非常に存在感を増しているように見受けられるが、ビジネスの現場において日系企業側から見た場合には実態がつかめないという声を頻繁に聞く。そこで、中国商工会議所(以下、CCC)の事務所へ取材を試みた。CCCはサトーン通りに面するBTSスラサック駅から徒歩5分の自社ビルと思われるビルに入居している(写真)。

アポ無し訪問だったため立ち話ではあったが色々と教えてくれた。会員は現在220社程度で、美的やICBC、中国銀行等の大手企業は加盟しておらず、2世代・3世代前に来タイした中国人が起業した中堅企業が会員の大宗となっている。大手企業は別の集まりがあるという事だったがCCCではコンタクトがないため繋げないという話だった。

このように個別の企業等にコンタクトを試みると途端に壁が高くなる印象がある。これは、中資系企業はかつての日本のように主要なサプライヤーを引き連れてタイでビジネスを行っているためとも推察される。これまでのところ日系企業と協業するという関係ではなく競合としてビジネスを競い合う関係と言えるのではないだろうか。

6. まとめ ‒日系企業への影響‒

「協業なのか競合なのか」、現時点では日系企業への影響は中資系自動車メーカーのタイ進出を見ても明らかに「競合関係」にあると考えられるが、一部の日系自動車部品サプライヤーからは中資系企業から見積もり依頼があったという声も聞かれた。ただ、「見積もりや試作等のプロセスを通して技術を盗もうとしているのではないか」という疑念の声に加え、「日系自動車メーカーが顧客である手前、中資系企業には販売できない」といった販売先との取引関係に配慮する声も聞かれ、日系自動車メーカーが主力販売先である中、そういった見積もり依頼にも警戒心が高いのが現状と言える。

一方で、貪欲にビジネスチャンスを伺う日系企業も存在する。最近ではタイに進出している中資系企業の商流やビジネスモデルなどに関する実態調査を検討している日系企業もある。また自社の中国現法と中資系企業本社との接点を生かしてタイにおいても受注を模索している日系企業も存在する。

上記に加えて特に気になるのはタイ企業を中心とした「アライアンス」だ。例えば、CPグループはトヨタ自動車と燃料電池車の普及に向けて提携関係にある。一方でCPグループは上海汽車(MG)の販売会社と合弁でMGセールスを経営している事に加えて、同じく中資系の北汽福田汽車(フォトン)とトラックの組み立て工場を建設する計画を発表している。現時点においては中資系企業と日系企業では棲み分けがあるように思われるが、今後も同じ状況が続くだろうか。

今後益々、中資系企業のプレゼンスが高まる状況になると有力なタイ財閥企業を巡った陣取り合戦が進む事も懸念される。外資規制がある事に加えて、財閥企業の存在感が高いタイにおいて地場有力企業との協業はビジネス拡大においては不可欠と思われる。それだけに、日系企業のプレゼンスの維持・向上に一段と影響が出てしまうことが懸念される。

タイにおける日系企業の存在感がターニングポイントを迎えているとも言えるのではないだろうか。筆者個人としては三方良しの精神でタイの経済・社会の発展に貢献してきた日系企業の応援団として、引き続きサポートを続けていきたい。

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みずほ銀行メコン5課

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