カテゴリー: ビジネス・経済, バイオ・BCG・農業
公開日 2022.09.13
今年6月1日にバンコク都知事に就任したチャチャート・シティパン氏の言動に注目が集まっている。今号のFeatureでは同知事が8月31日にバンコク・ポスト主催の「Bangkok Post Forum 2022 THAILAND READY: Moving onto the Next Chapter」や、タイ証券取引所(SET)の年次フォーラム「Thailand Focus2022」で行った講演のほか、地元メディアでの報道などを引用することで同知事のビジョン、実際の取り組みを紹介する。
バンコク・ポストのフォーラムでの講演タイトルは「Bangkok 2030:Future,Vision and Strategy」で、①現在 ②未来・ビジョン・戦略 ③主要プロジェクト-の3部構成。第1部では、現在の課題としてまず「透明性」を上げ、トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が発表している腐敗認識指数(CPI)でタイは現在100ポイント(最も清潔)中35ポイントと世界180カ国中110位という低いランクだと指摘した。
「生活の質」では、「大気が良好な日は年間で25%しかない」「バンコクの1人当たり二酸化炭素排出量は3.38トンで、シンガポールより48%多く、最大の原因は道路輸送だ」「1人当たりの緑地が少ない」など改めて環境の劣悪さを指摘した。一方、世界的にも有名な交通渋滞については「かつては(TomTom Traffic指数のランキング)1位だったが、現在は10位まで落ちており良いニュースだ」と評価した。
さらにバンコクの交通網などの生活インフラを血管システムに例え、主要な血管である動脈と静脈の間の「毛細血管」に相当する部分に問題があると分析。具体的には高架鉄道BTS駅から自宅などへの交通手段がないことや、ごみ収集システムではごみ処理施設はあるものの、ごみ収集ポイントが整備されていない、医療システムでは大病院は充実しているものの低所得者層居住区では人口当たりの医療センター数や医師数が少ないなど、生活インフラの「毛細血管がぜい弱だ」であり、これらに投資すべきだと訴えた。
同知事はまた、バンコク都庁にすべての権限がないことを問題視する。具体的にはバンコクの交通管理に37の公的機関がかかわっており、道路や歩道はバンコク都、交通信号は警察、自動車は運輸省陸運局(DLT)、交通計画は運輸省輸送交通政策企画事務局(OTP)、バスは、バンコク都とバンコク大量輸送公社(BMTA)が責任を持っているとした。
第2部でチャチャート知事はバンコク都の「将来ビジョンと戦略」について、「都市とは何か、人なのか?」と問題提起。その上で、ハーバード大学経済学部のエドワード・グレーザー教授の「都市が繁栄するためにはスマートな人を呼び込み、連携して仕事をしてもらうようにしなければならない。人材のない都市に成功はない」とのコメントを引用した。
そして、「タイの若者の52%が今後3年間は海外で働きたいと望んでおり、東南アジア諸国連合(ASEAN)ではフィリピンに次いで高い比率」であることを紹介。その上で、バンコクの象徴的な数字が「1」と「98」であり、それは「旅行者が最も訪問したい都市では世界1位だが、世界の住みやすい都市指数(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット=EIU)では98位」ということだと説明。旅行には行きたいが、汚職も多く、空気も悪いため住みたくはないという評価だとの認識を示した。これらを踏まえ、チャチャート知事はバンコクを「すべての人のための住みやすい都市」にするのがビジョンだと強調した。
ちなみにこのEIUの評価対象は「安定性」「ヘルスケア」「文化・環境」「教育」「インフラ」の5分野の30の指標だが、バンコク都は30指標のうち「環境」「健康」「モビリティー」「安全」「管理」「インフラ」「経済」「クリエーティビティー」「学習」の9つを主要な政策指針に選んだとした上で、都知事選の際に掲げた216のアクションプランを実行していくと訴えた。そして5年後の2027年(仏暦2570年)には「バンコクが世界の住みやすい都市トップ50入りする」ことを目標に掲げた。
具体策としては「公共スペースを50カ所に整備」「ごみ分別の推進で埋め立てごみを50%削減」「道路1000キロに歩道を整備」「ラスト1マイルの交通手段の整備」「洪水リスクを減らすための排水管理システムの改善」などを挙げた。このうち緑化と公共スペース整備については「バンコク都内全域で中小規模の公園を新たに整備し、自宅から徒歩15分以内に公園や公共スペースがあるようにする」と説明した。
さらに「インテリジェント交通管理システム(ITMS)」では、「皆さん知っているように交通信号は現在、交差点にいる警察官が手動で操作しているが、他の国のようにITMSを導入し交通能力を拡大する」と表明。交通管理と安全管理のため7万基以上の監視カメラ(CCTV)、ビッグデータ、人工知能(AI)によるデータ分析などを活用するとした。
続く第3部でチャチャート知事は、主要プロジェクトの1つ目としてデータや調達契約、政策、イノベーション、スペースを市民にオープンにする「オープン・バンコク」戦略を表明。「透明性」「説明責任」「参加型」を重視し、市民生活を支援するために「Traffy Fondue」と命名された携帯アプリケーションを開発したと報告した。これは都全域をカバー、市民が問題を知事に写真などで直接報告でき、知事は解決策を各部局、各地区に指示し、問題解決につなげる市民サービスであり、文書での報告のように長い時間がかからず、生産性の向上につながると強調した。
同知事は、8月24日に開催されたSETの年次フォーラムの講演では、このTraffy Fondueについて運用開始初日に2万件の報告があり、これまでに13万1000件の不満が寄せられ、すでに6万9000件を解決し、公務員のマインドセットを変えつつあると報告している。
そして主要プロジェクトの2つ目は「バンコク経済の加速」だという。同知事は、「都市は主要な労働市場だ」との認識を示した上で、われわれは投資家を呼び込むためにもビジネスを支援しなければならないと強調。その戦略対象として、①クリエーティブ経済 ②観光 ③健康とウェルネス ④ジュエリー ⑤MICE(報奨旅行、会議、展示会) ⑥多国籍企業のハブ ⑦東部経済回廊(EEC)の延長-の7分野を挙げた。
主要プロジェクトの3つ目は「ワンストップサービス」の拡充、4つ目は「公園での音楽・映画フェスティバルの開催」だとした。さらに経済の加速に向け、民間との連携が必要だとし、これまでにタイ工業連盟(FTI)やタイ銀行協会と提携したことを明らかにした。このほか、「100万本の植樹」、ごみの分別収集プロジェクトではパヤタイ、パトゥムワン、ノンケームの3地区で食品廃棄物(生ごみ)の分別から着手したこと、「土曜スクール」「移動式医療ユニット活動」「不要な電線の処分」などの施策を説明した。
同知事は最後にバンコク都には関係機関との連携が不可欠であり、タイ国家住宅公社(NHA)、デジタル政府開発局(DGA)、タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)、デジタル経済社会省などとの連携も報告。「われわれはバンコク都を管理するだけでなく、民主的なシステムの中で信頼、自信、希望を確立することだ」などと述べて、講演を締めくくった。
チャチャート氏は1966年生まれで、チュラロンコン大学(土木工学)卒業後に米マサチューセッツ工科大学(MIT)で修士号、イリノイ大学で博士号を取得。帰国後はタイ大量高速輸送公社(MRTA)、タイ航空無線公社(エアロタイ)などの幹部を歴任し、2012年から2014年までインラック政権で運輸相を務めた。
今回の都知事就任直後から地元メディアに露出し続けている。6月9日付バンコク・ポスト紙(1面)によると、チャチャート知事はインテリジェント交通管理システム(ITMS)を導入し、1年以内に交通渋滞の緩和を目指すと表明した。6月22日付の同紙(ビジネス1面)は、環境に優しい工場、水の浄化、バンコクの緑地拡大などを促進するためタイ工業連盟(FTI)と連携すると報じた。低所得者層の多いクロントーイ地区で所得向上を目的とした「スマート農産業」のパイロットプログラムを行うことでも合意したという。
また、7月11日付バンコク・ポスト紙(1面)は、同知事は都内全域で「15分(圏内)のポケット・パーク」整備など都市の緑地と公園拡大策を早々に打ち出したと報じた。バンコク都は1人当たりの緑地面積が平均7.6平方メートルしかなく、世界保健機関(WHO)の推奨面積9平方メートルを大幅に下回るという。また、同紙は3面で、バンコク都の100万本植樹計画の一環でタイのメディア30社以上が参加した植樹イベントが行われたことを伝えている。このほか、街中の屋台の道路占有問題を対処するためのシンガポールの野外複合施設「ホーカーセンター」の整備構想や、遠隔医療用の移動式医療ユニットのパイロットプロジェクトの開始(ラチャピパット病院)など新たな取り組みへの積極姿勢が頻繁に伝えられている。
最近では、同知事は9月3日に食品廃棄物(生ごみ)を分別するパイロットプロジェクトを都内3地区で4日からスタートさせると宣言。「この政策は、すべての家庭ごみが1つのごみ箱の中で一緒に捨てられてきたので、もっと前に実行すべきだった。もしごみが分別されれば、再利用やリサイクルも容易になるだろう」と述べたという(4日付バンコク・ポスト紙)。オンラインメディアのザ・スタンダードは4日、バンコク都は廃棄物の70~80%は埋め立て処理されているとした上で、「どうせ分別しても、最後は一緒に処理されるのだろう」と思っているとのバンコク市民の意識を伝えている。日本では40年以上前に始まったごみ分別収集がどこまで広がるか、タイ市民の環境意識が高まるかどうかを含め、今後の取り組みを注目したい。
TJRI編集部
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