【日タイ経済共創ビジョン特別対談】産業構造の変革期、深化する日タイの経済成長戦略

THAIBIZ No.156 2024年12月発行

THAIBIZ No.156 2024年12月発行深化する日タイの経済成長戦略

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【日タイ経済共創ビジョン特別対談】産業構造の変革期、深化する日タイの経済成長戦略

公開日 2024.12.11

日本は、これまでタイの経済成長を牽引する役割を果たしてきたが、両国の関係が深化する中、今後も持続可能な経済発展をしていくためには、お互いの強みを活かし、共に価値を創造する「共創」の関係が求められている。共創時代の今、日本や日本企業に求められているものは何なのか。その課題と向き合うべく、各界の第一線で活躍するリーダーの視点を聞く連載「日タイ経済共創ビジョンの特別編として、在タイ日本国大使館の大鷹正人大使とタイ投資委員会(BOI)ナリット・タードサティーラサック長官にタイの産業動向と日タイ関係の将来展望について語ってもらった。

(通訳・聞き手:ガンタトーン・ワンナワス / Mediator Co., Ltd. CEO)

※日タイの公的機関を中心とした各界の第一線で活躍するリーダーに「日タイ経済共創ビジョン」をテーマに語ってもらうTHAIBIZの連載。

世界が熱視線、投資先としてのタイ

タイ投資委員会(BOI)
ナリット・タードサティーラサック 長官

1995年にBOIに入職し、さまざまな役職を歴任。副首相府の経済顧問秘書や首相経済諮問委員会事務局長の経験も持つ。2022年10月にBOI長官に就任。チュラーロンコーン大学経済学 学士号(優等)取得、ラムカムヘン大学法学 学士号取得、米国ボストン大学経済学 修士号取得。著者やコラムニストとしても活躍。現在、複数の委員会や理事会のメンバーとしても活動している。

Q. 現在のタイへの投資やビジネス概況についてお聞かせください。

ナリット長官:タイの投資環境は現在、4つのメガトレンドの影響を受け、大きな変化が起きています。1つ目は技術の発展です。AIや半導体、EV、自動運転、バイオテックなどの分野で急速な進歩が見られます。2つ目は地政学的な変化です。昨今の緊迫した世界情勢を鑑みて、政治的に安定したASEAN地域が投資先として注目され、タイも投資先として関心が高まっています。3つ目は気候変動対策で、脱炭素化への取り組みが加速しています。そして4つ目は、国際的な租税基準に沿ったグローバルミニマム課税(GMT)の導入で、これは2025年までに施行予定です。

今年1〜9月のタイへの投資状況については、投資申請件数が前年同期比46%増の2,195件、投資申請額が同42%増の7,225億バーツを記録しました。業種別では、電気・電子、デジタル、自動車・部品、農業・食品加工、石油化学・化学品の5分野が上位となっています(図表1)。

※シンガポールからの投資増は、中国および米国企業の関連会社による電気・電子分野やデータセンターへの大規模投資が主因
出所:BOIの資料をもとにTHAIBIZ編集部が作成

Q. 日本からの投資状況はいかがでしょうか。

ナリット長官:タイには現在5,800社以上の日本企業が進出しており、過去10年間での累計投資額は9,000億バーツを超えています。これはタイへの投資国としては最大規模を誇ります。

直近1年間では、セター前首相と共に3度日本を訪問し、日経フォーラムへの参加やセミナー開催などタイへの投資促進活動を展開しました。その際には、エレクトロニクス、自動車、バイオ産業を中心に、主要な日本企業の方々と面談し、さまざまな議論を重ねました。

特に自動車産業については、日本の自動車メーカーの計画やニーズに応える形で、内燃機関(ICE)車に対する新たな税制優遇措置の導入や、ハイブリッド電気自動車に対する物品税の調整を行いました。その結果、日本の自動車メーカーには、今後5年間で1,500億バーツの追加投資を確約いただきました。

Q. 大鷹大使は、これまでアメリカやヨーロッパなど複数の国に駐在されていました。他国と比較して、日タイのビジネス関係性をどのように評価されていますか。

在タイ日本国大使館
大鷹正人 大使

1986年東京大学経済学部経済学科卒業後、外務省入省。大臣官房兼内閣官房、国際法局や経済局、アジア大洋州局などを経て、2009年に在タイ日本国大使館、2012年に在米日本国大使館に赴任。2016年から大臣官房参事官(報道・広報・文化交流担当)を務め、2019年に外務報道官に就任。2020年より駐ハンガリー特命全権大使、今年3月に駐タイ王国特命全権大使として着任。

大鷹大使:私は今年3月からタイに赴任していますが、その前のハンガリー駐在の経験と比較すると、日本企業の進出規模に大きな違いがあります。ハンガリーへの日本企業の進出数は約180社で、5,800社以上が進出するタイと比べると、その差は歴然です。

タイの投資環境における魅力は、BOIによる積極的な投資誘致と、ワンスタートワンストップ投資センター(OSOS)による手厚い企業サポートです。この2つが日本企業に安心感を与え、積極的な投資を促進していると考えています。

また、過去1年でナリット長官が3回も日本を訪問し、日本企業と直接対話をされているのは、われわれ日本政府としても非常に心強く感じます。タイは現在、日本にとって包括的戦略的パートナーとして位置付けられていますが、このような関係性を持つ国は世界でもそれほど多くありません。これは、タイが日本政府にとっても日本企業にとっても極めて重要なパートナーであることを示しています。

世界的な視点で見ると、アメリカには約9,000社の日本企業が進出し、140万人の雇用を創出していると言われています。これはアメリカの巨大市場を前提とした投資ですが、タイでも日本企業は100万人を超える雇用を生み出しているという統計があります。アメリカという世界最大の市場と比べても、この数字に大きな差がないことは、タイが日本企業の投資先としても重要な地位を占めていることを示しているといえるのではないでしょうか。

タイの未来を築く5つの重点産業

Q. 現在タイが注力している産業についてお聞かせください。

ナリット長官:BOIでは、2024年から2027年までの投資促進政策の中核として、5つの重点産業を定め、戦略的な支援を展開しています。

1つ目は、バイオ・グリーン産業です。これには、バイオベース産業や再生可能エネルギーが含まれます。タイの豊富な農業資源を活かし、バイオ燃料やバイオプラスチック、バイオケミカルの研究開発を推進しており、将来的には医療分野への展開も視野に入れています。

2つ目は、自動車産業で、特にxEV(電動車)産業です。xEVには、BEV(電気自動車)やHEV(ハイブリッド自動車)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド自動車)、FCEV(燃料電池自動車)を含みます。充電ステーションやバッテリー交換ステーションを含むエコシステム全体の推進も進めていきます。また、バッテリーはEVの重要なコンポーネントとなるため、特にバッテリーセルを製造する川上産業を積極的に誘致していきたいと考えています。このようなバッテリー製造業の発展は、将来的には太陽光発電など再生可能エネルギーの蓄電設備としても活用していくことができる可能性があります。

3つ目は、エレクトロニクス産業です。これには半導体や先端電子などが含まれます。半導体の設計や半導体の素材となるウエハの製造からプリント基板(PCB)生産まで、サプライチェーン全体の誘致を目指しています。

4つ目は、デジタル・創造産業です。データセンターや海底ケーブルなどのデジタルインフラへの投資を促進するとともに、ソフトウエア、デジタルサービス、デジタルコンテンツ、クラウドサービスの開発も推進していきます。さらに将来のタイの成長を担う可能性を秘めたソフトパワーを活用した新しい創造産業の支援も計画しています。

5つ目は、地域統括本部および国際ビジネスセンターの機能強化です。現在、約400件の地域統括本部の申請があり、そのうち約40%が日本企業です。タイには多くの外資系企業の製造拠点があるため、地域統括本部を置くことで生産管理が効率化されます。さらに、近隣国と比べてタイはコストが安く、駐在員が暮らしやすいインフラが整っていることも大きな利点です。今後もさらなる誘致を進めていく方針です。

Q. 重点産業を支援する上での具体的な取り組みはありますか。

ナリット長官:最近の重要な取り組みとして、「ナショナルボード(国家委員会)」を設置しました。これには、EV委員会や半導体委員会、ソフトパワー委員会などが含まれ、政府機関と民間セクターが協力して、より効果的な産業政策の推進を図ることで、タイの産業の競争力強化を目指しています。

Q. BOIの政策やタイへの投資環境についての考えをお聞かせください。

大鷹大使:EV政策については、環境面での利点を理解しつつも、慎重に検討すべき点があります。全ての自動車がEVに切り替わるわけではありませんし、EVに使用する電力が火力発電によるもので、完全にクリーンなものではない現状では、環境面でのメリットは限定的です。

CO2排出という観点からは、ハイブリッド車や燃料電池車、水素エンジン車など、他にも優れた選択肢はあります。航続距離の問題や充電インフラの整備状況、バッテリーの劣化時の対応などユーザーが困らないようにメーカーや製造企業が必要なものを生産していけるように、それぞれのメリット・デメリットを考慮しながら、バランスの取れた産業発展を支援していく必要があります。

投資環境面については、ナリット長官がご指摘した通り、投資先の環境はとても重要です。特に医療、治安、学校、食事の4つの条件が重要となりますが、タイはこれら4つの条件を全て満たしています。

企業が競争力をもって効率的に生産ができるように、これまで日本はJICAを通じて、橋や空港、鉄道、上下水道、電力などタイの基本インフラを整備し、一定の成果を上げてきました。現在、タイは経済発展により無償援助の対象ではありませんが、技術支援や知識移転、人的支援、円借款、大型インフラ案件などの分野では今後も協力していけると考えています。

さらに、タイは金融機関の体制が整っていることも魅力の一つです。日本のメガバンクは全てタイに進出しており、バンコク銀行も日本の地方銀行と提携するなど、日本各地からの投資を支援できる体制が整っています。

ナリット長官:大鷹大使のご指摘の通り、金融は投資環境において重要なポイントの一つです。BOIでも日本の金融機関との連携強化に取り組んでいます。例えば、今年6月には三菱UFJ銀行と共同で東京と大阪でセミナーを開催したほか、商工中金の担当者と協力し、在タイ日本企業の支援も行っています。

Q. 日本政府として、今後のタイの産業発展にどのように協力できると思いますか。

大鷹大使:タイ政府との緊密なコミュニケーションを取っていくことが最も重要だと考えています。ナリット長官がおっしゃる通り、これまではタイは自動車産業が大きな地位を占めていましたが、今後はそれに加えて、環境やエレクトロニクス、IT、AIなどの新分野での投資も注目されていることは間違いなく、これらの分野へ進出する日本企業に対しては、日本政府としても積極的に支援していきたいと考えています。

投資を超え、広がる日タイ協力

Q. 最後に、日タイのビジネス関係をさらに強化するためには、どのような協力や新しい取り組みが必要だと考えていますか。

ナリット長官:主に3つの分野で協力できると考えています。1つ目は、持続可能な発展です。日本政府が主導しているアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)などを通じて推進しているエネルギー政策対話は、非常に重要な取り組みです。

2つ目は、人材育成です。特に技術をベースとした産業発展には、高度人材が不可欠です。日本政府が支援しているタイ高専(KOSEN)の技術教育にも感謝しています。タイ高専は、今年初めての卒業生を送り出すなど、着実な成果を上げています。

3つ目は、サプライチェーンの育成です。これも日本が注力している分野で、BOIでも日タイ間の企業の商談会を支援しています。その結果、自動車産業においては、タイ国産の部品の比率は相対的に高くなっています。今後もタイのサプライチェーンを強化していくために、BOIは今年8月に自動車部品やコンポーネントを製造する外資系企業とタイ企業の合弁事業(JV)を支援する特別優遇措置を制定しました。

Q. 日本として、今後注力すべきタイとの協力分野について教えてください。

大鷹大使:協力分野は多岐に渡りますが、日本の経験を活かせる分野として、まず大型インフラが挙げられます。大型インフラには必ず維持管理が必要となりますが、日本の首都高速道路が今年6月にタイ子会社となる首都高インターナショナル・タイランドを設立しました。これにより、タイの高速道路をはじめとする大型インフラの維持管理に貢献できる体制を整えています。

また、都市開発の面でも、不動産開発と公共交通を連携させた「TOD(公共交通指向型開発)」は今後タイでも重要になると考えています。この分野で実績のある都市再生機構(UR)も今年7月にバンコクに駐在員事務所を開設しました。交通の便が悪い地域をどのように便利な場所に変えていくか、タイ政府をはじめ、関係機関と協力していけると期待しています。

さらに、高齢化や人口減少対策も重要な協力分野です。日本の介護保険制度は、世界でもユニークな取り組みで、約20年にわたる運用経験があります。この知見をタイに共有することができます。また、医療や介護・福祉施設での精神ケアのツールとして開発したアザラシ型ロボット「パロ」はセラピー効果があるとされ、長年取り組んできた技術の一つです。こうしたソフト面での技術もタイで応用できると考えています。

環境分野では、PM2.5対策として内閣府がNTTデータやソニーと連携し、準天頂衛星(QZSS)システム「みちびき」を活用した早期探知システムのパイロットプロジェクトをタイで実施中です。

このように、日本にはタイの社会課題に役立つノウハウや技術がたくさんあります。日本政府としても、タイの多様なニーズに対してきめ細やかに対応し、日タイの協力体制をさらに強化していきたいと考えています。

Q. 経済面以外で日タイの交流について、どのようにお考えですか。

大鷹大使:文化交流や人的交流、教育交流も今後積極的に支援をしていきたいと考えています。特に食文化の交流には、大きな可能性を感じています。和食は、バンコクのみならずタイの地方都市でも存在感を増しており、広く受け入れられています。同時にタイ料理も世界的に高い評価を得ています。両国の食文化には共通点も多く、コラボレーションの機会も豊富です。今後さらに双方の食文化の融合や新たな革新が生まれることを期待しています。

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THAIBIZ編集部

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