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連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2025.10.28
50年以上にわたりタイの潤滑油市場を支えてきた出光アポロタイランド。日本の技術と品質を背景に、製造業の厚みを持つタイにおいて直販モデルを展開し、今年には事業拡大のため「アポロタイランド」と「出光ルブリカンツタイランド」の統合を実現した。公荘雄一社長は「成長の根底にあるのは一対一の信頼関係」と語り、マネジメントの現地化を進めながら次の成長段階に挑んでいる。タイ市場で培った強みと、今後の展望を聞いた。
(インタビューは9月4日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)

公荘社長:親会社の出光興産は1911年に九州・門司で創業しました。タイに進出したのは1969年で、タイ資本100%による「アポロタイランド」は当初、日本から潤滑油製品を輸入し、国内で販売するディストリビューターとしてスタートしました。1989年には出光興産が49%を出資し、タイで工場を設立して現地生産を開始。その後、2014年には出光興産が100%出資する「出光ルブリカンツタイランド」が設立され、輸出を中心に事業を展開しました。
そして2025年4月に両社を統合し、現在の出資比率は出光興産79%、タイ側株主21%となっています。取締役会にもタイ側から複数のメンバーが参画しています。
公荘社長:潤滑油製品およびグリース製品の製造、輸入、および販売です。取り扱い製品は大きく、①自動車用(エンジンオイル、駆動系油、EV向けアクスルオイル等)、②工業用(設備油、加工油、グリース、原料油等)の2つに分かれます。
自動車用については、カーメーカー向けのOEM製品も製造・供給していますが、需要の中心はアフターマーケットで、新車向けは全体の1割にも満たない規模です。一方、工業用潤滑油は事業規模として全体売上の約半分となっています。

公荘社長:タイは自動車をはじめとする製造業に厚みがあり、部品から素材まで裾野が広いのが特徴です。金属加工・熱処理・機械駆動など工業用途の潤滑油需要が大きく、工場の大半がバンコクから日帰り圏に集積している点も世界的に稀です。直販・現場密着の当社モデルと親和性が高く、まだまだ成長余地は大きいと見ています。
公荘社長:当社の大きな特徴は直販体制です。自動車用潤滑油はカーメーカー、ディーラーや修理工場経由の販売もありますが、工業用潤滑油については基本すべて直販で、一社ごとに直接提案しています。潤滑油ビジネスの価値はラストワンマイルにあります。お客様の現場で困りごとを把握し、顧客自身も気づいていない課題を掘り起こし、新しいビジネスにつなげる。この積み重ねが、海外拠点の中でもタイが工業用潤滑油販売でグループトップクラスとなっている礎です。
公荘社長:従業員約470名のうち販売に携わる人員は110名と、製造業の中では大きな比率だと思います。日本人営業スタッフは2名のみで、日常的な顧客対応はタイ人の担当・マネジャーチームが担っています。大口案件やトラブル対応など重要な場面では日本人が関与しますが、基本はタイ人チームが主体です。
公荘社長:タイで成長するにはマネジメントの現地化が不可欠です。タイ市場ではお客様側でもマネジメントの現地化が進んでおり、相手は“入れ替わる駐在員”ではなく、長期に関係を築けるローカル同士の信頼を重視しています。大きなビジネスでは信用の積み重ねが最重要で、人が頻繁に入れ替わらないことが大切です。

また、当社は統合前からアポロタイランド側が49%:51%(出光興産:タイ側)出資の合弁で、現地経営を先進的に進めてきました。例えば、IT部門は自社でシステム・アプリを内製できる体制を早くから整え、1990年代末には企業資源計画(ERP)を導入しています。さらに統合後は、株主ではない生え抜きのタイ人スタッフを財務・企画担当の副社長に登用しています。
公荘社長:統合交渉において最も重要だったのは、契約よりも、タイ側株主との信頼関係の強化だったと考えています。まずは相手を尊重する。具体的には、徹底的に傾聴することから始め、2年ほどしてから統合について、交渉というよりも対話を深めることに繋がっていきました。その中で私自身、当たり前ですが「小さな約束を守る」「困りごとを隠さない」など、小さな積み重ねの大切さを感じました。
出光には「人間尊重」という創業者が提唱した経営の原点があります。自らを顧みて尊重される人間になることで他人も尊重できるという意味でもあります。1969年の販売特約店契約以来、タイ側株主と出光の創業家は長きにわたり親交があり、出光の創業の原点への強い共感が今回の統合の礎になっています。

公荘社長:まずは、統合した当社が飛躍できる土台をつくることが必要です。統合前から二社の企業文化の融合と社員同士の融和に取り組み、部門別による協業案件や合同社員旅行などを実施しています。組織体制は事業所別から部門別に再編しました。システムや人事の統合は3年以内に完了させる予定です。
今後は、部門を横断する課題へ向けてリーダーシップを発揮できる、いわゆる“ピッチャー”のようなタイ人スタッフの採用や育成を目指しています。また、エンゲージメントサーベイ等を通じてスタッフの声に丁寧に耳を傾け、安全安心でやりがいを感じられる職場づくりに努めていきたいと考えています。
公荘社長:潤滑油のタイ国内シェアは8%前後で5位。現在の顧客数は2,500件にのぼり、そのうち工業用のお客様が1,500件、自動車・バイクなどの車両関係が約1,000件です。なかでも空調用コンプレッサー油は世界的に強みのある分野で、自動車のエアコン用潤滑油では世界シェアの7割を占めています。タイは日系メーカーをはじめ中国メーカーも含め空調分野が強く、当社にとって戦略的に重要な市場です。
公荘社長:主に次の領域に可能性を見ています。
①e-Axleおよび電子機器・バッテリーシステムに対応する潤滑製品の販売強化:EVやHEVの拡大に伴い、関連部品や機器などへの需要が高まっています。従来はモーター冷却と減速機潤滑が中心でしたが、冷却対象をバッテリーやパワコントロールユニット(PCU)などへ広げ、オイルで直接冷却する新製品を開発。EVやHEVの冷却性能向上とシステム信頼性の確保に貢献します。
②データセンター向けの冷却油:AI半導体の普及に伴い、データセンターの冷却ソリューションが注目されています。AI半導体は発熱量が大きく、空冷では限界があるため、絶縁性を持つ潤滑油を冷媒として用いる技術が検討されています。潤滑油を活用した冷却方式では、電力消費を大幅に削減できるとの試算もあります。タイは電力供給が安定し、地震リスクも少ないことから今後もデータセンターの需要拡大が見込まれる中で、冷却油は新たな用途分野になる可能性を秘めています。
③カーボンニュートラルへの貢献:潤滑油は設備効率を高めることで電力や燃料を削減します。例えば最新の油圧作動油を導入するだけで、追加投資なしに省エネを実現できます。また、リサイクルの検討や生分解性原料の使用など循環型社会への対応を強化しています。

公荘社長:タイは食料やエネルギーを自給できる強みを持ち、政治も比較的安定しています。ASEANの中でも外国企業が活動しやすい環境が整っており、今後も投資先として高い魅力を持ち続けると見ています。
タイ市場は製造業が元気を失っている、飽和しているという声もありますが、当社としては変化過程にある今だからこそ多くのチャンスがあると考えています。既存事業の深耕に加え、環境対応や新分野にも積極的に挑戦していく方針です。
Idemitsu Apollo(Thailand)Co., Ltd.
公荘雄一 社長
1993年に出光興産入社。主に潤滑油事業の海外部門に長く携わり、米国やブラジル、ドイツでの駐在を経験。2021年よりアポロタイランド社長に就任、二回目となるタイ駐在。2025年4月の統合を機に現職となる。

THAIBIZ編集部
和島美緒

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