カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業
連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2023.01.17
2022年は日タイ修好135周年で「日タイ共創」をキーワードにさまざまなイベントが開催された。そして新型コロナウイルスが徐々に収束する中で、在タイ日系企業も事業活動の本格再開に動き始めた1年だった。一方、今年は日本ASEAN友好協力50周年を迎える。これまで日タイ蜜月関係の中心にいた日本の大手商社が日本とタイ、そしてASEANとの経済関係、ビジネスの新たな発展に向け、今何を考えているのかを探るためTJRIでは各社トップの連続インタビューを企画した。第1回はバンコク日本人商工会議所(JCC)の会頭でもある加藤丈雄・泰国三井物産社長に登場いただいた。
(インタビューは12月23日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
加藤氏:50年前に何があったかと調べたら、タイはちょうど外国企業規制法を制定した年だった。1972年11月のことで、タイはそれまでの外資積極優遇からやはり「内資」が重要だという考えに基づいて外資規制を導入し、今の外国人事業法へとつながっているのだと思う。
旧三井物産*注が1906年にバンコク出張員配置以来、貿易を中心に事業を行なってきたように、当社はバンコクを拠点に貿易事業を拡大すると同時に、周辺の拡大メコン地域を管轄、1950年代からは貿易につながるさまざまな製造や加工サービスに関わる事業会社を積極的に設立していった。
さらに、1970年には三井石油開発(MOECO)がタイ沖鉱区の権益を取得し、タイ初かつ最大の天然ガス田となったエラワン鉱区を開発(1981年)、さらにその他鉱区からも石油・天然ガスを生産しタイの発展に貢献してきた。
これら過去50年を振り返った時に最もインパクトがあった変化といえば、短期間での通貨変動となった金融ショックだろう。1997年のアジア通貨危機がそうだが、日本円が影響を受けた1985年のプラザ合意も同じ意味合いを持っている。
産業構造を見た時に、付加価値が「モノ」から「カネ」、それから「カチ(価値)」に変わってきている。モノというのはすなわち製造および消費が中心の世界。一所懸命にモノを作って豊かになったが、やがてモノから金融工学を含めたおカネで世の中が大きく動くようになった。金融が膨張していく中で情報通信技術やシステムの発展、デジタルトランスフォーメーション(DX)によりデータやデジタルといった新たなカチが加わった。また、実際に人が体験するとか、感動するとか、数量が限定的であるとか、利便性が高いといったそうしたカチに付帯するサービスに付加価値の源がどんどん移行した。直近では持続可能性によって存在価値そのものが問われるようになってきているが、この50年間は、モノからカネ、カチを追求していく中で、産業の力点が製造から金融、デジタル、サービスにシフトしてきたといえるのではないか。
そしてこの50年間で、経済の主流がモノからカネ(金融)に変わっていく中で、金融の歪みを軌道修正する際に起こったショックがプラザ合意であり、アジア通貨危機だったと思う。タイと日本との関係でいえば、プラザ合意による円高シフトで製造業の日本からタイへの進出が一層進み、アジア通貨危機の困難に見舞われながらも定着したといえるだろう。一方で外資制限を受ける金融やサービスではよりハードルは高く、タイの人からすれば、「この先、日本から何か新しいものを学べるのか」、「もっと期待しているのに日本が今一つ輝いてみえない」というところに差し掛かっている、というのが乱暴ではあるがこの50年間の振り返りだと思う。
加藤氏:泰国三井物産ではタイ人のエグゼクティブディレクターがいたこともある。彼は交換留学で日本に行って日本語を学び、三井物産の中でも活躍してくれた人だ。従来の日本中心の会社文化の中で日本語にも堪能な有能タイ人スタッフという位置づけだった。
日本企業の現地化は会社によって必要性も違うし、それが必然なのかも議論の余地があると思う。ただ、三井物産の場合は新しい事業を創る、地球的な課題に対して解決策を求めていくソリューションプロバイダーが業だと考えた時に、やはり現地のニーズを理解し、現地に合った工夫をしていくという視点を持たざるを得ないので、現地化は必然だと思う。泰国三井物産の部のゼネラルマネジャー(GM)もしくはそれ以上の(社長を含む)役職、または合弁事業会社の経営メンバーにタイ人スタッフがごく当たり前のこととして就いて初めて現地化だと思うので、まだ道半ばだ。単にタイトルを与えても真の現地化は進まない。組織の中に権限移譲の仕組みが先にあって、国籍・採用地を問わず適任者にその組織の経営を任せるが、その人がタイ人だったに過ぎないという意味だ。
加藤氏:日本が重要なパートナーであり続けるためには、まずは日本人自身が外に出ていかないといけない。世界と交わって、世界を感じることができないと世界の役に立たないし、重要なパートナーと認めてもらえない。日本人自身が内向的な考え方になり過ぎているし、それを楽だと思っている若者が多いのではないかという危機感があり、もっと外に出ろと言いたい。より感性豊かな20~30代の若いうちに海外で現地の人と一緒になって苦労をする、現地の文化を理解するというのがまず仕事をする際の礼儀として必要ではないか。
当社の場合は、海外修業生という制度があり、毎年数十人を海外に出している。1年間勉強した後に現地の拠点で実業を通じてビジネスの様式を知るという制度で長年続けている。これで語学を身に着けた人は、修業期間が終わったあと、将来再度派遣する。タイにもほぼ毎年海外修業生の派遣があり、今年は2名がコンケン大学とチェンマイ大学で勉強しており、その後、タイの三井物産グループの中で働いて日本に戻る。また将来タイに戻ってきてビジネスするための人材のプールになることが期待されている。
一方で、タイ人の現地採用職員がタイにずっと留まるのではなく、外に出てタイが世界と比べてどうなのかを知ることも必要だ。タイ人の管理職も、日本やその他に出向してもらって、タイの外で仕事をして再びタイに戻って経営を支えてもらうという人材育成方法もあって良いのではないかと思う。
加藤氏:日本は1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされバブルに沸いた時期があり、「日本は先進国で凄い力のある国だ」と錯覚した。自らがまずその錯覚を認識することが必要だ。その上でお互いが強いところを持ちながら、自分の弱いところを補完してもらえる関係を築くことが重要だ。文化的な背景はやはりアジアが一番近い。
「日本がASEANのためにしてあげる」という視点ではなくて、日本もアジアの一員として自分の強いところを出して協力するし、弱いところを補っていただく。例えば、食料やエネルギー分野など。お互いに知恵を出し合って、お互いがお互いの暮らしを良くしあっていくために何ができ、どのように協力し合う関係を築けるかという視点が必須だと思う。
「タイやASEANでのあるべき事業の姿は」との質問だが、皆が生きる時代をより良い時代にして次世代にバトンタッチしていくのが基本だと思う。また、日本企業の一員として「オールジャパン」で機能を発揮して、タイの皆さんが喜んで受け入れてくれて、仕事を作れたらと思う。そのためには会社や国籍を問わずその社会に迎え入れられ活躍できる人材を、事業を通して生み出していかないといけない。課題解決型でいろいろな事業を作っていきたいと思っているわれわれのような会社にとっては、現地の方が喜んで働き、家族に誇れる会社にするのがますます重要になってくる。
加藤社長:価値創造はボーダレスで、世界中での戦いだと思う。タイだからどうとかではなくて、しかも企業が大きいか小さいかは関係ない。重要なのはビジネスのアイディアを持ち、色々な企業との協業を通じてファイナンスを含めどうやって大きく育てていくか。アメリカはベンチャーキャピタルも含めて支える仕組みが分厚い。タイもスタートアップ企業、若手実業家を支援しようとする動きがあるが、昔からある財閥や企業とどう協力しあうのか、新たな力関係に変化が起こるのか、まだ良く分からない。
いずれにせよ、タイにおいてはタイの強みを活かしていくべきで、それは個人的には「バイオマス資源」と「農業」だと思っている。植物は成長していく過程で二酸化炭素を取り込み、炭素を固定化し有機物を生成するが、これがバイオマス資源。そのうち、農業は作物を育て食用部分を得る活動だ。農業残渣や食用としない植物も活用可能なバイオマス資源であり、それらから化学品原料や燃料を得ることに挑戦できたらと思う。タイは温暖かつ水も豊富で植物の生長が速いし、平坦な耕作可能地も広大なので、この分野で世界をリードし、持続可能社会を先導できるのではないだろうか。
自分自身、昔はビジネスのアイディアをあまり他人には言わないで、自分が極力利益を取り込むという狭小な考え方だった。でもこれからは世界を変えるとか、皆で良くしていこうという時には競争もしなければいけないが、より協業が必要だと思う。
先日トヨタ自動車がCPグループとの提携を発表された時に、トヨタだけではなく、中国系や韓国系OEMも含めていろいろな方が入ってくることによって、広がりができると仰っておられたのが好例だ。課題が大きくなると、ただ単に自分のアイディアだけで大きな利益を取っていこうという時代ではない。課題が大きくて広がりが大きいほど、世の中全体で取り組んでいく仕組み作りや行動が必要になってくる。
これからは「われわれはこの地域がどういうところか分かったし、われわれも何かできそうな気がするから是非ここで一緒に頑張らせてくれ」という姿勢で地域社会に受け入れてもらえないと良いパートナーになれないのではないか。1日、2日で出来るものではないので、既に進出しているわれわれもしっかりと発信し続けないといけない。また、短期的な利益を追うよりも長期的な視点で運営していかないといけないと思っている。
TJRI編集部
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