連載: 在タイ日系企業経営者インタビュー
公開日 2023.02.21
今年、日本ASEAN友好協力50周年を迎える中で、日本の大手商社のタイ法人トップが新たなビジネス展開に向け、日本とタイ、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)との経済関係についてどう考えているのかを探る連続インタビューの第4回は、荻原勝一・泰国三菱商事*社長だ。
(インタビューは1月中旬、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
*インタビュー時点での役職
目次
荻原氏:三菱商事が最初にバンコクに駐在事務所を作ったのは1935年で、88年前になる。当時はコメや天然ゴムなどの戦略物資を取引、日本に輸出する拠点だった。当時のバンコクの地図が残っているが、バンコクは「盤谷」という漢字表記だった。ウィッタユ通りやサトーン通りに日本大使館、大使公邸や三菱商事の社宅があった。
第二次世界大戦後、三菱商事は財閥解体されたものの、1954年に新生三菱商事として復活し、同じ年にバンコクに駐在員事務所を設置した。現在の「泰国三菱商事」という現地法人になったのが1960年だった。
現在の「外国人事業法」(2000年改正)の前身となる「外国企業規制法」が1972年に制定されたが、この外資規制に対応して内資企業として、1973年に「泰MC商事」を設立した。泰国三菱商事では、1957年のいすゞ製トラックの輸入販売開始以降、いすゞ車販売事業を拡大してきたが、1974年に同事業を分離独立し、いすゞ車総販売代理店として設立されたのが、「トリペッチ・いすゞ」だ。1980~90年代には日系企業のタイ進出が本格化した。円高や日米貿易摩擦の環境下、海外に製造拠点を作ろうという日本側のニーズと、積極的に外資を取り込む姿勢となったタイ側のニーズがマッチングした。
荻原氏:私は1995年からタイに駐在したが、当時はドルの短期資金が大量に流入し、一種のバブル状態になり、1997年にアジア通貨危機が発生した。当時タイ企業はまだそれほど大きくなく破産処理する法律もなかったので、倒産はしなかったが資金がショートして事業が止まった。TPI、タイオイルなどの大企業が実質倒産に追い込まれたのを記憶している。
2000年から2019年初頭までは東京にいたが、日本のメーカーもタイに製造拠点をどんどん作っていって、タイ投資委員会(BOI)と東部経済回廊(EEC)の政策がうまくマッチングした。人件費もまだ安かったし、タイの国内マーケットで販売するのと同時に、プラスαの輸出基地として、この20年間でタイは大きく成長した。
一方、タイ企業も、国営タイ石油会社(PTT)などエネルギー企業、大手財閥のCPグループやセントラルグループなどの小売り業態もこの20年間で驚くほど巨大化し、キャッシュも膨らみ、ノウハウも蓄積されてきた。
2019年にタイに再赴任した時に「おや?」と思ったのは、新型コロナウイルス感染拡大の直前に輸出の伸びが止まったことだ。労働人口の減少が始まり、人口のピークアウトが2030年に来ると予想される一方、最低賃金は20年前の3倍になり、ベトナムや他の新興国と比べるとかなり割高になってきた。タイは日系企業としては揺るぎない製造拠点だが、国内マーケットは成熟化する中で、コロナ流行で隠れていた構造的な転換期が来ていると感じる。バンコクと地方の所得格差が大きく、国内マーケットが今以上伸びるのかというという壁に当たっている。タイ人単純労働者は不足し、食品加工工場や建設労働者、レストランの店員などいまやミャンマー人、カンボジア人など外国人労働者が増えてきている。「中進国の罠」が顕在化してきたのが、2019年だと考えている。
荻原氏:輸出・製造拠点として日系企業はタイにて足掛かりをつかみ、「ウィンウィン」の関係でアジア通貨危機後に大躍進することに成功した。コロナでいったん休む期間もあったが、日系企業とタイの構造的な関係は変わっていない。
問題は人口が増えない中で、次の成長をどうするかだ。製造業の拠点として進出してきたが、国内マーケットの伸びは減速し、輸出コストは上昇している。国内総生産(GDP)の伸び代はインドネシアのほうが大きい。タイ政府は次の成長を目指し、バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルと言い出した。タイはどこを伸ばすのかと。今後、タイが日系企業と付き合っていく中で、今までと違う「共創」ができないかという話をしている。労働人口の3割を占める農業は、GDPの1割しかない。タイの地方は住民の幸福度は高いがバンコクに比べて所得が極端に低い。こうした産業格差、地域格差の解消にヒントがあると考えている。
荻原氏:会社の長期戦略の1つは地域創生だ。地域の産業を振興し事業を拡大する中でわれわれが持っているものを提供して、一緒に伸ばしていきましょう。そこで生まれた価値を共に共有しようという考え方だ。
コンケンのように地方中核都市で農業が中心になるBCG経済モデルや脱炭素なりを含めて産業を振興させながら、われわれのグループ会社を含め日系企業の強さを発揮し、全体の事業構想をすることが出来ないかと考えている。
荻原氏:今はコンケン大学を中心に取り組んでいる。語学研修生の派遣やスカラーシップの提供のほか、CSR(企業の社会的責任)の一環として研究資金も提供している。コンケン大学のキャンパスの大きさは千代田区の7割くらいあり、生徒・教職員が5万人もいる。産学連携で日本政府や地元の自治体を巻き込んで「ネットゼロ」やエネルギーの供給だけではなく、モビリティ、デジタル化を取り入れていく実験を提案中だ。
コンケン大学などどこか1カ所でスマート・キャンパスを成功させたら、それを他大学や地方都市にも広げたい。人口の7割はまだこうした地方に住んでいる。全体のシステム構築、エネルギー問題の解決を消費者とも連携しながら進めていく。
コンケン大学ではCSR活動の一環で農学部に資金提供したほか、2020年からは工学部で研究支援を始めた。第一弾として学生たちが警備用の電動バイクと充電システムを作った。これが成功したので、次は電気自動車(EV)の製作で、カートを大きくした10人乗りサイズのEVに充電する設備を作った。その設備の屋上にソーラーパネルを置き、EVに充電する。日本規格のチャデモを取り入れ、発電側からEVに電気を送る一方、EVからも建屋に電気を戻せる双方向のモデルだ。
荻原氏:ペットボトルのリサイクルに取り組んでいる。数年前に海洋プラスチックごみ問題がタイでも話題となり、レジ袋の無料配布が禁止された。日本では小さいころから教育されているが、タイではごみの分別回収やプラスチックごみのリサイクルはできていない。業者が集めて分別する仕組みになっているからだ。SDGs教育の一環として日本人学校にドイツ製のペットボトル圧縮機を寄付した。プラスチックの分別とリサイクルをタイで普及させていくためで、生徒が持ってきたペットボトルがTシャツや再生ペットボトルになる体験をしてもらい、リサイクルの意義を生徒に実感してもらう。さらにこの取り組みをバンコクのインターナショナル・スクールにも広げていく予定だ。
荻原氏:現地化していく動きは加速していくと思うが、プロクター&ギャンブル(P&G)やロイヤル・ダッチ・シェルのようなグローバル企業になれるかというと簡単ではない。日本企業であることを大事にして、それがタイで受け入れられてここまで来た。そこを忘れてはいけない。三菱商事は創業以来、「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」という三綱領を社員の行動原則としている。三綱領のマインドを持っている人をタイに派遣し、お互いを尊重しながら付き合っていくことが必要だ。
日本には100年、200年と持続的に事業を続けている会社が多くある。「自分の利益だけではなく、社会や自分のバリューと地域のバリューを組み合わせてお互いに成長していこう」という理念が根本にあるから可能となっていると思う。欧米企業は基準や認定などの仕組みを作っていくのが上手なので、この点は見習わなくてはならないが。
荻原氏:コストとか、製造という部分だけで言うとタイ人とタイ企業だけでも出来てしまう。ただ、仕組みなどは足りないところがあるので、われわれも新しい技術や仕組みを提供していく。それをどこで伸ばすのかというと、タイや周辺国であり、日本人がうまく入れないところはタイにお願いする。
荻原氏:デジタル分野はわれわれも力を入れている。例えば位置情報だけではビジネスにならないので、何かを組み合わせる必要がある。この分野でタイの国内パートナーと国内や海外に展開していくのが一つの候補だ。具体的にはバンコクを中心とする消費者の高度化の動きを捉えてデジタル化の推進をタイ側パートナーと始めている。また、タイの主要産業である農業の外側の交通やインフラでは、われわれもお手伝いできると思う。サーキュラー(循環型)経済も日本は得意分野だろう。
荻原氏:タイで思うことは、相手を尊敬すること。日本人には「人類みな兄弟」というように対等の意識があって、お互いの立場を尊重するのが日本人の良さ、当社の良さでもあると常に思っている。何をするにもまず意見を聞くといった姿勢が一番大事だと思う。
TJRI編集部
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