
連載: 国際機関と企業が創る新たな価値
公開日 2026.08.10
2024年5月、バーリ・ユッカー(BJC)グループのタイ大型小売店ビッグCスーパーセンター(BJC Big C)は、UNICEF Thailand(ユニセフ・タイ)と提携し、タイ全国206店舗で、子どもの栄養改善を目指すプロジェクト「ヘルシー・チェックアウト・レーン」(以下、ヘルシーレーン)を開始した。消費者が「つい手に取ってしまう」レジ前から、砂糖を多く含む商品などの陳列を減らし、子どもや家族が健康的な食品を選びやすい環境をつくる取り組みだ。
同プロジェクトの背景や成果、そしてBJC Big Cにとっての企業価値向上の可能性について、BJC Big Cのターパニー・テシャチャロンウィクン氏およびユニセフ・タイのケン・レギンス氏に話を聞いた。

ターパニー・テシャチャロンウィクン 氏
BJC Big C グループ上級執行副社長
BJC Big C 財団 委員会書記兼財務担当

ケン・レギンス 氏
UNICEF Thailand 代表
ターパニー氏:レジ前は、会計直前の衝動買いを促す「プライムエリア」と呼ばれています。子どもの目線の高さに商品棚があることも多く、スナック菓子などが陳列されるのが一般的です。会計を待つ間に、子どもが親に「これ買って」とねだる光景を目にしたことがある方も多いでしょう。
ヘルシーレーンは、複数あるレジレーンのうち1レーンを対象に、レジ前の商品を健康的な食品へと入れ替える取り組みです。ユニセフ・タイから提案を受け、わずか1〜2ヶ月という異例のスピードで導入を決定しました。その後、エカマイ旗艦店は、全てのレジレーンにヘルシーレーンを導入した初の店舗となりました。
ケン氏:タイで2025年に実施された第7回国民健康診査のデータによると、1〜5歳の11%、6〜14歳の27%が過体重または肥満です。対策を講じなければ、10年後には子どもの60%が肥満になると予測されています。肥満は将来的な医療費の増加にもつながるため、ユニセフ・タイは子どもの栄養改善を重要な課題の一つとして取り組んでいます。
BJC Big Cとは数年前から連携しており、子どもの健全な成長を支援するという考えを共有してきました。そのため、自然と今回のパートナーシップへとつながりました。
ターパニー氏:幼少期は、脳が急速に発達する非常に重要な時期です。ユニセフのデータでは、0〜3歳の子どもの発育に1米ドルを投資すると、将来的に約17米ドルの社会的リターンが得られるとされています。「将来のタイ社会のために、企業として子どもに投資すべき」という考えが、ユニセフ・タイとのパートナーシップの根底にあるのです。
2024年にBJC Big Cが社会貢献を推進するために設立した「BJC Big C財団」の活動の一環として、タイで初めてヘルシーレーンのコンセプトを導入できたことを嬉しく思います。
ケン氏:「子どもの栄養改善につながるプロジェクトに取り組みたい」という構想はあっても、最大の課題は「どのような方法があるか」を考えることでした。海外のさまざまな事例を調査しましたが、国によって法規制や栄養ガイドライン、食習慣は異なります。そのため、それらをそのまま導入するのではなく、タイの消費者や市場環境に合った「タイ独自のモデル」をつくり上げる必要がありました。
ターパニー氏:構想を具体化する段階では、確かに多くの苦労がありました。一方で、その過程で行ったリサーチや議論は、東南アジアを中心に海外でも事業を展開するBJC Big Cにとって、ヨーロッパをはじめとする各国の栄養基準や食品表示制度を学ぶ貴重な機会にもなりました。
ケン氏:ユニセフ・タイは、糖分、塩分、脂肪に関する世界保健機関(WHO)の基準にもとづき、健康的な食品に関する栄養ガイドラインを提供するとともに、ヘルシーレーンに陳列する商品の選定を支援しました。
その後BJC Big Cは、レジ係や売り場担当者、店舗マネジャーへの研修を実施するなど、プロジェクトを着実に形にしていきました。
意思決定の速さと実行力は、BJC Big Cの強いコミットメントの表れです。このプロジェクトが成功した要因は、両者の信頼関係に加え、CSR(企業の社会的責任)部門だけに任せるのではなく、経営トップ自らが強いコミットメントを持ってプロジェクトを牽引したことにあると考えています。
ターパニー氏:エカマイの旗艦店では、高糖分・高塩分・高脂肪の商品をレジ前から完全に排除し、約12台あるすべてのレジにヘルシーレーンを導入しました。導入前は売上への悪影響を懸念する声もありましたが、そのような影響は見られず、健康関連商品の主要カテゴリーの一つであるオーガニック商品の売上は、本取り組みの導入前と比較して7倍に拡大しました。
ケン氏:このプロジェクトの最終的な目標は、健康的な食品を選ぶ行動変容を促し、子どもの栄養状況を改善することです。一方で、健康関連商品の売上が伸びるというビジネス面での成果も得られたことは、私たちにとっても非常に喜ばしい結果でした。
ターパニー氏:BJC Big Cでは、ユニセフ・タイが選定を支援した約70品目の健康関連商品について販売データを収集しています。さらに、外部の調査会社に委託し、プロジェクト実施前・実施後の各段階で顧客アンケートも実施。今後は、これらのデータを分析し、ケーススタディとして取りまとめ、プロジェクトのさらなる拡大に役立てていく予定です。
今後は旗艦店のような「全レーン健康仕様」をさらに10店舗に導入し、将来的には全店舗へと拡大していく方針です。

ターパニー氏:ヘルシーレーン以外にも、 BJC Big Cはユニセフ・タイからファミリーフレンドリーな職場づくりに関する助言を受け、福利厚生制度を大きく見直しました。その結果、約6万1,000人の従業員を対象としたエンゲージメントサーベイではスコアが向上し、離職率も低下。「Best Place to Work(QGEN Consultant調べ)」で1位を獲得したほか、人事コンサルティング会社WorkVentureの「タイで働きたい企業トップ50」でも現在7位にランクインしています。
さらに、Big Cが持つ約2,230万人の会員顧客基盤を生かし、世界各地で災害などの緊急事態が発生した際には、ユニセフの募金活動にも協力しています。こうした継続的な社会貢献活動を通じて、企業としての対外的な評価も大きく向上したと感じています。
ケン氏:タイにおけるユニセフのブランド認知度は、グローバルマーケティング会社の調査でも非常に高いことが示されており、企業にとっては社会的なブランド価値の向上につながるメリットがあります。
日本企業は、技術力や現場で培った実践知という大きな強みを持っています。そこにユニセフの知見やブランド、ネットワークを掛け合わせることで、地域社会への貢献とビジネスの成長を両立するWin-Winのパートナーシップを築くことができるでしょう。今後は、こうした協業をタイの民間企業とさらに広げていきたいと考えています。

THAIBIZ編集部
白井恵里子
