
公開日 2026.09.10
タイで産業廃棄物を巡る摘発が相次いでいる。近年は不適正処理を行った業者だけでなく、処理を委託した排出企業にも責任が及ぶため、「委託したから終わり」という従来の常識が通用しなくなった。なぜタイは、ここまで産業廃棄物管理を厳格化したのか。その背景をたどると、製造業大国として発展してきたタイならではの事情が見えてくる。中央大学の佐々木創教授への取材を軸に、その構造と変化の先にある企業経営への影響を考える。

佐々木 創教授
中央大学経済学部
博士(経済学)。約25年にわたり、タイを中心にアジアの廃棄物・リサイクル政策を研究。三菱UFJリサー&コンサルティングを経て、2012年より中央大学で教鞭を執る。現在はJICA 短期専門家も兼務し、タイを年5~6回訪問。循環経済や国際資源循環、環境ビジネスなどを研究している。
2025年3月、チョンブリー県のキャッサバ畑などで産業廃棄物の不法投棄が発覚した。タイ工業省によると、廃棄物は大手日系飲料メーカーの工場から排出されたもので、同社が委託した運搬業者が不法投棄していた※1。不法投棄を行ったのは委託先の業者だったが、工業省は廃棄物の流れを排出元までさかのぼって調査。企業排出についても、必要な許可を得ずに廃棄物を工場外へ搬出したとして法的措置を進めるとともに、不法投棄された廃棄物を適正に処理するよう命じた。
このニュースは非常にショッキングだった。問題を起こしたのは委託先でありながら、排出元である大手日系企業も法的措置の対象となったからだ。産業廃棄物を扱う在タイ企業にとって、決して他人事とは言えない事例であり、編集部で取材を始めるきっかけとなった。
そして今年7月には、中国の大手家電メーカー、美的集団(Midea)でも同様の事例があった※2。発端は、同社が委託していた処理業者による廃棄物の不適正な保管・処理だった。工業省工場局(DIW)が排出元まで調べたところ、Mideaが木くずや紙くず、金属くず、発泡材などを必要な許可を得ずに工場外へ搬出していたことが判明。その回数は654回以上にのぼり、当局は行政命令を出し、法的措置を進めている。
DIWによると、Mideaの違反には1回につき最大20万バーツの罰金が科される可能性がある。仮に654回すべてに最大額が適用されれば、単純計算で約1億3,000万バーツとなる。タイの産業廃棄物政策を長年研究してきた中央大学経済学部の佐々木創教授は、廃棄物管理の責任者に加え、問題が刑事事件に発展した場合には、現地法人の代表者自身が刑事責任を問われる可能性もあると指摘する。
前出2件の事例からも、「処理業者に引き渡せば、その先は業者の責任」ではなくなっていることがわかる。自社では適切に処理を委託したつもりでも、その先で問題が起きれば排出企業まで調査が及ぶ。
ではなぜタイは、排出企業にまで重い責任を求めるようになったのか。その背景には、製造業の発展とともに拡大してきたリサイクル産業と、長年積み重なってきた廃棄物問題がある。
産業廃棄物管理を厳格化した背景を知るには、タイが製造業大国へと成長してきた歴史を振り返る必要がある(図表1)。

自動車や電機・電子などの製造業が発展した1990年代、タイでは再生原料へのニーズも高まり、海外から廃棄物を輸入して製造業の原料として利用していた。少なくとも1996年には廃プラスチックの輸入制度が設けられ、その後も一定の基準のもとで輸入が認められてきた※3。タイにとって廃棄物は、処分すべき「ゴミ」であると同時に、製造業を支える「資源」でもあった。
この流れを大きく変えたのが、中国の政策転換だった。中国は2017年末、主に生活由来の廃プラスチックの輸入を禁止。それまで世界最大の受け入れ先だった中国市場が閉じたことで、行き場を失った廃プラスチックが東南アジアへ向かった。2018年上半期、タイの廃プラスチック輸入量は前年同期比542.4%増の約34万トンに急増している※4。
一方、廃棄物とともに、リサイクル業者も中国からタイへ流れてきた。佐々木教授は「中国国内のリサイクル業者は、それまで海外から廃プラスチックなどを輸入し、再生原料に戻して製品を作っていた。しかし輸入ができなくなりタイなど東南アジアへ一気に進出してきた」と説明する。同教授がDIWとタイ商務省事業開発局(DBD)のデータを分析した調査でも、日本の循環産業は2000年代前半、中国系は2010年代後半の進出が多く、特に2017年は中国系の進出が11工場と最も多かった※5(図表2)。同教授は、中国による廃棄物輸入規制への対応として、タイへ進出する中国系企業が増えたとみている。

問題は、流れ込んだ廃棄物がすべて適正にリサイクルされていないことだ。同教授は、「使える資源だけを回収し、残った汚泥や廃液などを不法投棄するケースも発生した」と指摘する。タイは製造業の原料として廃棄物を受け入れてきたが、中国の政策転換を境に、その負の側面にも直面することになった。
最近になって産業廃棄物の摘発が増えている背景には、もう一つの変化がある。廃棄物の流れが以前より「見える」ようになったことだ。タイでは電子マニフェストによる管理が進み、2021年12月には、GPSや写真なども活用する「E-完全マニフェスト」が導入された※6。工場からどれだけ廃棄物が出て、どこへ運ばれ、どれだけ処理されたのか。排出側と処理側のデータを照合することで、不自然な動きを把握しやすくなった(この状況については、THAIBIZ 2024年4月8日の記事「タイの産廃リサイクルの現状と課題 ~サンアップの挑戦とEVバッテリーの将来~」でも触れている)。「不法投棄が突然増えたというより、これまで隠れていた不適正処理が見つかりやすくなったと言える。今のタイは、廃棄物処理が適正化されていく過渡期にある」と佐々木教授は話す。
しかも、不法投棄が見つかっても問題はそこで終わりではない。汚染された土地を誰が元に戻すのかという、もう一つの問題が残る。タイの廃棄物処理業者には中小企業が多い。環境汚染を起こして原状回復を命じられても、費用を負担できず、会社を倒産させたり、事業者が姿を消したりするケースも少なくない。その結果、汚染された土地だけが残り、政府が税金を使って後始末せざるを得ない。実際、1万トンを超える廃棄物の不適正処理が発覚した事例では、処理に5,900万バーツの政府予算が必要になったという※7。
こうした問題を繰り返さないため、タイでは廃棄物を出した企業にも、その後の処理まで責任を求める方向へ制度が変わっていった。その大きな転換点となったのが、2023年の制度改正である。
2023年11月、タイで産業廃棄物を巡るルールが大きく変わった。同年5月に新たな工業省告示が公布され、11月から施行。製造業者の「排出者責任」が厳格化された。それまでの制度では、排出企業が許認可業者と適法な契約を結び廃棄物を引き渡していれば、その後に委託先が不法投棄などを行っても、基本的には排出企業の責任とならなかった。しかし新制度では、産業廃棄物の保管・処理の全プロセスが完了するまで排出企業が責任を負い、その途中で発生した損害や事故、不法投棄についても責任を問われることが明記された。これにより、排出企業の責任は「適切な処理業者に引き渡すこと」から、「最終的に適正処理されたことを確認すること」まで広がった。
加えて、新制度では廃棄物を保管する容器への製造業者名や廃棄物名、種類コードなどの表示、保管場所のレイアウト作成、年間の保管・処理データの電子システム「iSingle Form」を通じた報告なども求められている※7。では、排出企業は具体的に何を確認すればよいのか。バンコク日本人商工会議所(JCC)所報に掲載された論考を基に、主なポイントを整理したものが図表3である。

また、日系企業が注意すべきは、日本とタイの「廃棄物」の考え方の違いだ。佐々木教授によると、日本では、工場から出たものでも買い取り手がつく「有価物」であれば、廃棄物に該当しない。一方、タイでは、売却できるものであっても、製造工程から発生した残渣や副産物であれば、産業廃棄物としてマニフェストで管理する必要がある。
さらに、有価物は売却によって現金が動くため、不正や癒着の温床にもなりやすいという。 佐々木教授が過去に調査した日系自動車部品メーカーでは、環境・安全担当者と購買担当者がリサイクル業者と結託し、本来社内でリサイクルするはずだった廃溶剤を業者へ売却。キックバックとして総額数百万バーツ相当を受け取っていた事例もあったという。
同教授によると、在タイ日系企業では、廃棄物管理を現地担当者に任せているケースも多い。問題は、担当者に任せることで、処理業者の選定や廃棄物の行き先が経営者から見えにくくなることだ。
こうした排出企業側の課題を背景に、最近では日系の処理業者への引き合いが増えているという。「処理業者の選定を現地スタッフに任せた結果、処理コストが安いという理由だけで委託先を決め、その後に不適正処理が発覚するケースがある」。そう話すのは、タイで産業廃棄物処理を手掛けるウェイストマネジメント・サイアム(WMS)の岡田美洋社長だ。排出事業者としての責任を果たすには、契約だけで安心せず、実際に処理施設を訪れ、許認可や設備、処理工程などを確認することが重要だと指摘する。

その一方で、排出企業側の意識も変わり始めている。WMSには危険性の高い有害廃棄物に関する問い合わせや、「本当に適正処理されているのか確認したい」という相談が増えている。委託先の管理体制や許認可、トレーサビリティを確認する企業も増えているという。岡田社長は「まだ一部だが、『処理コストの安さ』だけでなく、『法令遵守を徹底しており、安心して任せられる処理業者かどうか』を重視する排出企業が増えてきた印象だ」と話す。
WMSでは、GPS搭載車両による輸送管理や監視カメラによる24時間管理などを導入し、収集運搬から中間処理、最終処分まで一貫したトレーサビリティを確保している。また、従来の廃棄物処理だけでなく、リサイクルや資源循環を前提とした処理方法についての相談も増えているという。同社長は今後について、「違法業者への取り締まりとともに、処理業者を選定する排出企業側の責任もさらに厳格化されていくだろう」と警鐘を鳴らす。
製造業大国として発展してきたタイでは、廃棄物は長く産業を支える資源でもあった。しかし、不法投棄や環境汚染が相次ぎ、処理業者だけでは原状回復できない問題も表面化した。そして今、廃棄物を出す企業にも最終処理まで責任が及ぶ時代になった。自社の廃棄物が最終的にどこへ行くのか。それを経営者自身が把握できているかが、これからのタイで問われることになる。
(参考)

THAIBIZ編集部
和島美緒
