新興国事業のトランスフォーメーション戦略(前編)〜競争は「商品」から「システム」へ

THAIBIZ No.177 2026年9月発行

THAIBIZ No.177 2026年9月発行タイ宇宙産業に商機はあるか いま、民間企業が動くべき理由

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新興国事業のトランスフォーメーション戦略(前編)〜競争は「商品」から「システム」へ

公開日 2026.09.10

人口増加や所得向上を背景に、成長市場として期待されてきた新興国。しかし、市場が拡大しても、日本企業がその波に乗れるとは限らない。中国・韓国・現地企業の台頭、デジタル化、流通構造の変化によって、競争の前提は大きく変わりつつある。本稿では、東南アジアを中心に、新興国市場で起きている競争ルールの変化と、日本企業に求められる事業変革の方向性を考察する。

市場が伸びても、自社が伸びるとは限らない

東南アジアを含めた新興国市場で勝敗を分けるものは、もはや計画の精度だけではない。市場の変化をどれだけ早く捉え、小さく試し、確信が見えた段階で資源を大きく動かせるかである。これまで多くの日本企業は、新興国を「人口が増え、先進国で実績のある商品を展開すれば成長できる市場」と捉えてきた。しかし今日では、市場が伸びることと、自社が伸びることは同義ではなくなっている。

特に東南アジアでは、Eコマース、デジタル決済、ソーシャルメディア、現地財閥の流通網が消費者との接点を握り、中国・韓国・現地企業が、商品、価格、販売、データを一体の仕組みとして動かしている。良い商品を代理店経由で売るだけでは、その価値が消費者や顧客に伝わるとは限らない。

従来の日本企業の強みは、品質、安全性、ブランド、長期的な取引関係にあった。これらは今なお重要な資産である。しかし、新興国市場では、消費者や顧客が評価する価値の軸が広がっている。製品単体の性能だけでなく、購入しやすい価格、支払い条件、納期、保守、保証、アフターサービス、さらには購入後の使いやすさまで含めて、総合的に判断されるようになっている。

つまり、競争の軸は「商品」から「顧客が買い、使い続けられる仕組み」へ移っている。日本企業が品質差を丁寧に説明している間に、競合は顧客が実際に買える条件そのものを設計している。ここに、新興国市場におけるゲームルールの大きな変化がある(図表1)。

価格・品質・チャネルなどの境界が崩壊

第一の変化は、価格と品質の関係である。かつて日本企業は、「高品質だから高価格」という前提で競争優位を築いてきた。しかし、中国企業や現地企業の品質は着実に向上し、デジタル技術や大規模な供給網を活用しながら、必要十分な品質を手頃な価格で提供できるようになっている。

例えばBYDは、タイのラヨーン県に年産15万台規模の工場を開設し、完成車輸入から地域生産へ踏み込んだ。またGrabとの提携では、ドライバーへのEV導入を促すほか、配車やナビなどの機能をBYDの車載画面で使えるようにする取り組みも進めている。これは単に安い車を売る競争ではなく、調達から利用、稼働を成立させる仕組みを設計する競争である。

第二の変化は、国・業界・チャネルの境界である。消費者は実店舗で商品を知り、SNSで評判を確かめ、Eコマースで購入し、デジタルウォレットで支払う。企業側から見れば別々の業界でも、生活者にとっては一続きの購買体験である。こうした顧客接点を束ねた企業は、販売量だけでなく、需要の変化を捉える速度でも優位に立つ。

「Alipay+」は、各国のウォレットを一つに置き換えるのではなく、ウォレット、銀行アプリ、加盟店、決済事業者をつなぐ越境決済の接続層を形成している。価値の源泉は、単一国で圧倒的なシェアを取ることだけではなく、国境をまたぐ取引接点を押さえることにも広がっている。

また、「POP MART」は、アーティストの発掘、知的財産(IP)育成、商品設計、実店舗、無人販売機、デジタル販売を組み合わせ、店舗を販売場所であると同時に、顧客反応を捉え、話題を生む場として機能させている。

現地財閥の存在も見逃せない。タイのチャロン・ポカパン(CP)グループは、飼料、畜産、食品加工から卸売、小売、外食まで幅広い事業を展開し、生活者との多様な接点を持つ。商品単体ではなく、調達、生産、物流、販売接点を組み合わせて価値を設計できることが、同グループの大きな強みになっている。

このように競争が国や業界、チャネルをまたぐようになると、従来の業界別分析だけでは、顧客接点を横断する競合の強さを見誤りかねない。

成長戦略とリスク対応も一体化している

第三の変化は、成長戦略とリスク対応の境界が薄れていることである。地政学、関税、データ規制、脱炭素、サプライチェーン再編は、もはや守りの論点ではない。どこで生産し、誰と組み、どのデータを持ち、どの市場へ供給するかという成長モデルを左右する要素になっている。

インドネシアでは、2023年の規制変更により、TikTok上で商品の発見から購入・決済までを完結させる従来の事業モデルが制約された。これに対しTikTokは、現地大手電子商取引(EC)のTokopediaと提携し、TikTokの商品発見力とTokopediaのEC基盤を組み合わせる形へ事業を再編。規制を単なる障害として捉えるのではなく、現地企業との提携によって事業モデルを組み替え、新たな成長の経路をつくったのである。

ハイネケンによるベトナムのブンタウ工場への継続投資も示唆的である。同社は買収後の拡張を通じて供給能力を高め、自動化とエネルギー効率の改善を同時に進めた。工場は単なる低コスト生産拠点ではなく、安定供給、新商品、生産性、環境対応を支える成長基盤となっている。

このように新興国市場では、規制や環境対応といったリスクへの対応が、事業構造や供給体制を見直し、新たな競争力をつくる契機にもなりうる。

価格と品質、国と業界とチャネル、成長とリスクという三つの境界が変化するなかで、企業は個別商品ではなく、顧客接点と供給基盤を含むシステム全体で競う必要がある。新興国市場の成長を取り込むには、「良い商品を現地で売る」発想から、「システムで市場をつくる」発想への転換が求められる。問われているのは、日本企業が持つ品質や技術を、現地の利用場面、支払意思、チャネル、パートナー構造に合わせて再編集できるかである。市場の成長を待つのではなく、自ら市場の成立条件を設計することが、新興国事業の新しい競争条件になっている。

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Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk

下村 健一 氏

一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com

Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk

橋本 修平 氏

京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。

Roland Berger Co., Ltd.

ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
□ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート

140 Wireless Building, 20th Floor, Unit C, 140 Wireless Road, Lumpini Subdistrict, Pathumwan District | Bangkok 10330 | Thailand

Website : https://www.rolandberger.com/

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