タイ宇宙産業に商機はあるか いま、民間企業が動くべき理由

THAIBIZ No.177 2026年9月発行

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タイ宇宙産業に商機はあるか いま、民間企業が動くべき理由

公開日 2026.09.10

かつて宇宙は、一部の国家や限られた企業だけが関わる「遠い産業」だった。しかし今、その前提は大きく変わりつつある。

長年にわたる宇宙協力の歴史を持つ日タイ両国の連携が日々深化するなか、さらなる発展の鍵を握る存在の一つが、日本企業を含む「民間企業」だ。しかも、宇宙関連企業に限らない。これまで宇宙とは縁のなかった「非宇宙関連企業」にも、タイの宇宙産業を支える担い手としての期待が高まっている。

本特集では、タイ地理情報・宇宙技術開発機関(GISTDA)のパコーン・アーパーパン長官と、宇宙航空研究開発機構(JAXA)バンコク駐在員事務所の中村全宏所長との対談を通じて、タイ宇宙産業における日本企業の商機を探る。

40年にわたる日タイの宇宙協力

Q. これまでのGISTDAとJAXAの協力を振り返り、最も重要な成果は何だとお考えですか

パコーン長官:GISTDAとJAXAの宇宙分野における協力関係は今年で40周年を迎え(図表1)、現在も非常に良好な関係を築いています。これまでの成果は、大きく四つあります。

第一に、センチネル・アジアなどを通じて日本の衛星データを活用し、災害対応や農業分野などでタイの社会課題の解決に役立ててきたことです。

センチネル・アジアとは?

JAXAが主導して2006年に設立した地域防災枠組み。アジア太平洋地域で自然災害が発生した際、各国の衛星データを共有し、自然災害による被害状況の把握・軽減を図ることを目指す。GISTDAも主要メンバーの一つで、タイ国内で洪水や森林火災などの自然災害が発生した際には、自国の衛星に加え、日本を含む各国から提供された衛星データを活用し、防災に役立ててきた。

第二に、長年にわたる技術研修を通じて、タイの技術者や研究者の育成が進んだこと。 第三に、「きぼう」(国際宇宙ステーション「ISS」の日本実験棟)を活用した共同研究などを通じて、タイの研究者が宇宙環境で研究を行う機会を得られたことです。

第四に、日本の支援によりタイが国際的な宇宙関連の枠組みに参加し、各国との知識・経験の共有や連携を深めることができたことです。 日本の協力がなければ、タイの宇宙分野の取り組みを世界へ広げ、その水準を高めていくことはできなかったと考えています。

こうした40年にわたる協力の積み重ねを背景に、近年では日本企業も測位システムや衛星データ活用などの分野でタイへ進出し、宇宙技術を活用した関連産業の裾野が広がっています。

Q. 日本にとって、タイが宇宙分野の重要なパートナーである理由は何でしょうか

中村所長:タイはASEANの中心国であり、地域の発展を牽引する重要な存在です。防災や農業などの分野で宇宙技術を社会課題の解決に活用し、新たな宇宙経済の創出を目指している点も、日本と方向性が一致しています。

こうした共通のビジョンに加え、両国が長年にわたり築いてきた信頼関係が、新たな宇宙協力を生み出す基盤となっています。このような理由から、タイは日本にとって極めて重要なパートナーといえます。

パコーン長官:宇宙分野の研究開発や事業化を「何のために行うのか」。私は、それが最も重要だと考えています。すべては社会課題を解決するためであり、そのための実証フィールドとして、日本企業にはタイを積極的に活用していただきたいと思います。

そもそも宇宙分野は非常にスケールが大きく、一国だけで取り組めるものではありません。その意味でも、アジアを牽引する日本には、タイを含めたASEANにおいて、人材育成を含めた研究基盤や協力体制をさらに強化し、存在感を高めていくことを期待しています。

「何を研究すべきか」ではなく「国民が何を求めているか」

Q. 「国家宇宙マスタープラン」の実現に向けた進捗状況をどのように見ていますか

パコーン長官:同マスタープランの基本方針こそ内閣承認されたものの、それを実現するための法制度や産業政策は現在も整備段階にあります。時間がかかっている理由は、宇宙技術の進展や民間企業の参入など、ビジネス環境の変化が非常に急速であり、それに政府の手続きや検討が追いついていないためです。外部環境が変わるたびに計画を見直し、ブラッシュアップする作業を繰り返しています。

また、頻繁な政権交代も大きな課題です。トップが変わるごとに政策の推進が停滞し、新たな政権に一から説明して理解を得る必要があります。

中村所長:加えて、政府がいまだに宇宙活動を「一部の研究者による研究・技術開発の領域」と捉えており、経済成長を牽引する産業になりうるという認識が十分に浸透していないことも大きな課題だと思います。

タイ政府が「宇宙は経済を生み出す産業である」という明確な認識を持つことができれば、マスタープランの実現に向けた動きもさらに加速するのではないでしょうか。JAXAとしても、民間企業との連携や企業間のパートナーシップを促進することで、結果としてタイの宇宙政策の前進につながるような支援を行いたいと考えています。

パコーン長官:JAXAはすでにそのような支援を力強く進めてくれており、大変感謝しています。

重要なのは、「何を研究すべきか」ではなく、「国民が何を求めているのか」という視点です。GISTDAとしても、防災や農業分野での実績をデータとして政府に示しながら、「アウトカムベース」「ユーザーベース」の考え方を発信し続け、政策決定者の理解を深めようとしています。

国家宇宙マスタープランとは?

タイ政府が策定を進める15年間(2023~2037年)の宇宙政策の基本方針。2022年に内閣承認された。宇宙技術を国家の成長戦略の一つと位置づけ、18基の低軌道衛星コンステレーション(衛星群)の構築やスペースポート(宇宙港)の整備、宇宙関連法制の整備、人材育成、宇宙産業の振興などを柱としている。

マスタープランの実現により期待できる経済効果

Q. マスタープランには、低軌道衛星コンステレーションの構築やスペースポート開発などの大型プロジェクトが盛り込まれています。これらの取り組みは、タイ経済にどのようなインパクトをもたらすとお考えですか

パコーン長官:タイはこれまで日本をはじめとする各国の衛星データを活用し、多くの成果を上げてきました。その一方で、タイ政府や関係機関では、「国家課題を解決し、国民が安全で豊かな生活を送るためには、自国が求めるデータを安定的に取得できる体制が不可欠だ」という認識が高まっています。そのために必要なデータ量などを検討した結果、18基の低軌道衛星によるコンステレーションが必要との結論に至りました。

これが実現すれば、国民生活の安全・豊かさの向上に加え、衛星データの解析や人工知能(AI)の活用などを担う下流産業が生まれ、雇用創出や経済成長、さらには海外からの投資促進にもつながると確信しています。

スペースポートについては、現在も事業性を調査している段階ですが、実現すれば周辺地域に新たな産業やコミュニティが形成され、大きな経済効果と雇用を生み出す可能性があります。

中村所長:日本もかつては「宇宙をつくる産業」の育成に注力してきましたが、さらに市場を広げるためには、マーケットインの発想にもとづく「宇宙を使う産業」の創出も必要だと実感しています。衛星データを活用した農業、防災、物流、インフラ管理などの市場が拡大したことで、宇宙産業全体が成長してきました。

マスタープラン実現による経済効果を考えるうえでは、宇宙産業を育てること自体を目的とするのではなく、宇宙技術を活用して社会や産業の課題を解決するという視点がより一層重要になると思います。

宇宙産業において民間企業が必要な理由

Q. なぜ宇宙産業において、民間企業の役割が重要なのでしょうか

パコーン長官:国の経済成長を支え、その原動力となるのは民間企業だからです。宇宙産業は莫大な投資とインフラ整備を必要とするため、政府だけでは限界があります。国内外の民間企業との官民連携を進めることで、最新の技術や知見を取り入れ、新たなビジネスや雇用を創出することができるでしょう。

そのため、マスタープランの中核に据える衛星コンステレーションの構築やスペースポート開発においても、民間企業がより参入しやすい仕組みを整備したいと考えています。

中村所長:日本も世界的に見れば宇宙分野の産業化や市場化はまだ発展途上ですが、日本の経験からお伝えしたいのは、「宇宙産業は一部の宇宙関連企業だけで発展するものではない」ということです。

日本では、政府が方向性を示し、大学や研究機関が技術を生み出し、民間企業が事業化を進めるーという形でエコシステムを構築してきました。その結果、ロケットや衛星を手がける企業だけでなく、多様な事業領域の企業が宇宙ビジネスに参入しています。

宇宙を活用する企業が増えることで、新市場は広がっていく

Q. 日系企業はタイの宇宙産業の発展にどのような形で貢献できるとお考えですか

中村所長:ここ10年間で、タイの官民双方のプレイヤーが宇宙分野への関心を急速に高めています。例えば、農業分野では衛星データによる作物管理や収量予測、防災分野では洪水や森林火災の監視、物流分野では位置情報や通信サービスの活用が進んでいます。

さらに近年は、AIやクラウド技術の発展によって、宇宙から得られる大量のデータを分析し、新たなサービスを生み出すことが可能になっています。そのため、ソフトウェア企業、データ分析企業、通信事業者、金融機関、保険会社なども宇宙産業の重要なプレーヤーになりえます。

私は、「宇宙企業になる必要はないが、自社の事業や社会課題の解決に宇宙を活用する企業は今後ますます増えていく」と考えています。そうした企業が増えることこそが宇宙経済を発展させ、新たな市場を創出する原動力になるのです。

パコーン長官:私も同様の考えです。宇宙技術は、それ単体では十分な価値を生み出せません。Googleマップのように、衛星データを通信やAI、機械学習などの技術と組み合わせることで、初めて新たなサービスやビジネスが生まれます。

そのため、自動化、AI、データ処理、クラウドなどの分野で強みを持つ日系企業が、タイのデータセンター事業者やアプリケーション開発会社などと連携することには大きな可能性があります。土地管理や災害対応、セキュリティなど、衛星データを活用できる分野は数多くあります。

タイでは高度人材が不足しており、こうした協業は人材育成にもつながります。日系企業には、自社の技術と宇宙技術を融合させることで、タイだけでなく世界市場に向けた高付加価値のサービスや製品を、ともに創出していくことを期待しています。

中村所長:多くの非宇宙関連企業は、既存の技術やサービスを宇宙分野にどう応用できるかを考えるところから始めています。タイに数多く進出している製造業であれば、次世代自動車やエレクトロニクス分野で培ってきた部品・コンポーネント技術、加工技術、環境技術、生産技術などを生かし、小型衛星や地上設備などの宇宙関連製品のサプライチェーンに参入することが可能です。

その際、単独で取り組む必要はありません。政府機関や大学、研究機関、既存の宇宙企業と積極的に連携することで、より可能性が広がっていくでしょう。

官民協創で挑む、タイ宇宙産業の次なるステージ

Q. 最後に、今後10年間の日タイの協力関係、および日系企業に期待する役割についてお聞かせください

中村所長:これまでの日タイ宇宙協力は、政府や宇宙機関が主導するものでしたが、今後は民間企業が大きな役割を担う新たなステージに入ります。私が期待しているのは、従来の「日本が発注し、タイが生産する」という上下関係ではなく、ともに新たな価値を創造していく「対等なパートナー」となることです。

日タイが長年培ってきた製造業やデジタル産業などの強みを活かし、多様なプレーヤーが宇宙分野に参入することで、官民が一体となって新たな宇宙ビジネスと社会価値を協創する10年になると確信しています。

パコーン長官:宇宙分野において、政府が整備したインフラやデータを活用し、官民が連携してエンドユーザーの課題を解決していく機会は数多くあります。日本はテクノロジー先進国です。5年後、10年後の市場ニーズを見据え、日本が持つ技術とタイが持つリソースをどのように組み合わせるかを、ともに考え、実行していきたいと思います。

現在、GISTDAでは「GISTDA X」を通じて、民間企業とのオープンな協業を推進しています。民間企業の皆さまには、課題をともに解決するパートナーとして、ぜひ積極的に参加していただきたいと考えています。

GISTDA Xとは?

GISTDAが運営するオープンイノベーション・プラットフォーム。衛星データや地理空間情報、AIなどを活用し、民間企業や大学、スタートアップと共同で新たなサービスやビジネスの創出を目指す。データ提供にとどまらず、実証実験や共同開発を通じて社会課題の解決と宇宙産業の育成を推進している。

なお、JAXAでは2018年から「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」を開始。事業化を目指す日本の民間企業とJAXAがパートナーシップを結び、新たな宇宙関連事業の創出に取り組んでいる。

宇宙イベント「THAILAND SPACE EXPO 2026」「APRSAF-32」開催!

タイ・東南アジア最大級の宇宙イベント「THAILAND SPACE EXPO 2026」と、アジア太平洋地域の宇宙機関・政府機関・企業・大学が集う国際会議「APRSAF-32」が、10月にバンコクで同時開催。宇宙ビジネスへの参入や新たな事業機会を探るきっかけとして、ぜひご活用ください。

THAILAND SPACE EXPO 2026
日時:10月28-31日

第32回 Asia-Pacific Regional Space Agency Forum(APRSAF-32)
日時:10月27-30日

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子

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