カテゴリー: バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.03.21
今号のFeatureで紹介したUACグローバルは筆者を含めタイ駐在の日本のビジネスマンにとってもほとんどなじみのなかったタイ企業かもしれない。しかしその事業内容は個人的には非常に興味深いものだった。もともとは化学品の輸入・販売から始まり、石油関連事業に手を広げ、さらに近年はトレンドに乗って再生可能エネルギー関連事業に参入してきたが、そこでは「Energy for All」と「ネピアグラス」がキーワードになっている。
UACグループのチャチャポン最高経営者(CEO)は今回のオープンイノベーショントークで、「エネルギー省のコミュニティー発電所プロジェクト(Energy for All)に参加するコンケンのバイオガス発電所は今年6月までには稼働する予定だ」と語っている。タイ地元紙によると、エネルギー省は2019年8月に当初「1コミュニティー・1発電所」と表現されていたコミュニティー発電所計画を公表したが、その直後の同年9月に、UACはいち早く同計画への関心を表明した。筆者はその後、英語では「Energy for All」と命名されたこの制度をウォッチしてきたが、日本語でどう表現すれば良いかを考えあぐね、結局、「すべての人のためのエネルギー」と訳語を付けたが、いまだにしっくりきていない。
TJRIニュースレターでも昨年8月2日号のコラムでこのEnergy for All制度について簡単に紹介したが、改めて、これまでの経緯を振り返っておこう。タイのエネルギー政策の根幹である長期電源開発計画(PDP)の2018~2037年の最新版(PDP2018)で、国のエネルギー基本方針の中で「住民がエネルギー生産に参加するメカニズムを作り、経済発展を推進し、草の根レベルの住民に仕事や収入を生む」のがEnergy for Allだとし、このコミュニティー発電制度は、「地域の電力需要に整合した再生可能エネルギーの発電所オーナーとしての住民参加を推進するものであり、住民が農業残さによる再生可能エネルギー燃料販売および、電力売却により対価として収入が得られるよう草の根経済を推進する」などと定義づけられている。
その後、地域コミュニティーと民間企業がバイオマス・バイオガス発電に共同投資するコミュニティー発電制度は2019年11月に正式決定したものの、新型コロナウイルス流行もあり、実際の開始は遅れに遅れ、参加企業を決める入札結果は2021年9月に、43社・プロジェクトが落札したと発表された。同年9月24日付バンコク・ポストによると、参加資格を取得したプロジェクトはバイオマスが16件、バイオガスが27件で、地域別では東北部13カ所、北部11カ所、南部9カ所、中部7カ所、西部3カ所という。参加するエネルギー関連民間企業はUACグローバルのほか、クローバーパワー、アブソルート・クリーン・エナジー(ACE)などだ。
今年1月7日付バンコク・ポスト紙によると、参加企業は当初、昨年12月29日までに地方配電公社(PEA)と電力購入契約を結ぶ計画だったが、一部の投資家が2021年の入札手続きに苦情を申し立てたことから、契約期限は2月28日に延期された。その後、苦情申し立てが取り下げられたことで、Energy for Allはようやく事業化の段階に入ったようだ。このプロジェクトに参加する地域の住民は、トウモロコシ、コメ、サトウキビ、アブラヤシ、キャッサバなどの農業残さや、生育の早い竹やアカシア、そしてネピアグラスなどを発電原料として販売し、収入を得ることができる。ちなみにこの制度に関心を持っていたある日系企業関係者は、「タイの地方コミュニティーの住民との緊密な連携が必要なため、日本企業にはハードルが高い」と語っている。
今回のUACグローバルのプレゼンテーションでのもう一つのキーワードは「ネピアグラス」だ。これも大半の日本人が知らない植物名だろう。しかし、UACだけでなく、この背丈が高いイネ科の多年草を発電原料などに利用する取り組みを始めているタイ企業は他にもあるようだ。2019年8月13日付のバンコク・ポストによると、当時のソンティラット・エネルギー相は、ネピアグラスを原料としたバイオガス発電プロジェクトを推進していく方針を表明した。この政府方針をまさに実践しつつあるのがUACということだろう。
筆者が米国シカゴに駐在していた2005~2009年の最大の経済ニュースは、いわゆるリーマンショックに象徴される世界金融危機と、その原因となった米国の不動産・金融バブル、石油と穀物の価格高騰、そして世界食糧危機論だ。この当時、米国ではトウモロコシを原料とする燃料用エタノール生産が急増していた時期でもあり、本来、動物飼料用のエタノールを自動車燃料に振り向けたことが食糧危機の最大の原因だとの批判が高まった。しかし、米国のトウモロコシ生産現場を見ていた筆者としては、こうした論調がいかに現場の実態を知らないかを実感した。
ただ、米国でも飼料用トウモロコシではなく他の非可食用作物をバイオ燃料の原料にすべきだとの認識が高まり、トウモロコシの穂や茎などの農業残渣利用、あるいは航空機のジェット燃料向けに「藻」の利用、そして新しいエネルギー作物、セルロース系などの次世代エタノール開発の研究開発が一斉に始まった。そのうち新しいエネルギー作物の候補となったのが北米では生育が早く背丈の高いイネ科の多年草であるスイッチグラスだった。そして東南アジアではネピアグラスであり、タイで新たなエネルギー作物としてネピアグラスの資源化の事業が実際に始まっていることに感慨は深い。
このコラムで何度も指摘しているが、タイの真の強みは豊かな植物などの生物資源だ。次号で改めて報告するが、トヨタ自動車とCPグループが昨年12月に発表したCPの養鶏農場の鶏糞から出るバイオガスから水素を生産する試みは着実に進んでいるようだ。一般の日本人にとってバイオガスにはなかなか実感は沸かないが、タイではさまざまなバイオマス資源をカーボンニュートラルにつなげるさまざまな取り組みが始まっている。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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