タイの貨物輸送、「モーダルシフト」がカギ握る ~運輸総研AIRO物流シンポジウム(上)~

タイの貨物輸送、「モーダルシフト」がカギ握る ~運輸総研AIRO物流シンポジウム(上)~

公開日 2023.07.25

運輸・観光分野の政策シンクタンクとして1968年に設立された一般財団法人運輸総合研究所(JTTRI)のアセアン・インド地域事務所(AIRO)は6月15日、「タイにおける効率的な物流の構築を目指して」と題するシンポジウムを開催した。AIROはちょうど1年前の2022年6月15日、新型コロナウイルス流行が続く中で、AIRO開設(2021年4月)を記念するシンポジウム「ASEAN’s Logistics amid Turbulent Times」をオンラインで開催しており、今回は2回目。開設記念シンポジウムで提起されたタイの物流課題、特に内陸輸送の効率化や輸送モードの結節系の向上、ICTの活用などの研究成果の発表が行われた。今回の(上)では来賓などの挨拶とAIROの研究報告のパートを掲載する。

日タイで鉄道分野の協力覚書に署名

この日はまず、JTTRIの宿利正史会長が開会あいさつし、JTTRIでは昨年のシンポジウム後、「日タイ両国の有識者からなる検討委員会を設置し、課題の整理と対応策について1年をかけて、ハード・ソフト両面から検討を進めてきた。本日はその検討結果を、皆様にご報告したい」とシンポジウムの狙いを説明。新型コロナウイルス流行やロシアのウクライナ侵攻を受けてグローバルなサプライチェーンが大いに傷ついたことを背景に、「東南アジア諸国連合(ASEAN)の中心に位置するタイと日本の両国における効率的かつ強靭で、安定した物流の確保は経済安全保障の観点からもますます重要なものになってきている」と訴えた。

JTTRIの宿利正史会長
JTTRIの宿利正史会長

続いて、タイ運輸省パンヤー・シューパーニッチ交通政策計画局長が来賓あいさつし、「タイと日本は長年にわたりさまざまな面で強い関係を構築してきた。特に環境に配慮した輸送物流や鉄道システムと高速鉄道開発、都市開発などの全てのプロジェクトはタイだけでなく、ASEAN地域の交通能力の向上に貢献している」と強調。「タイ運輸省は『ASEAN Connectivity 2025』というマスタープランに従って、域内の持続可能な連結性を重視している」した上で、例えば、タイと近隣諸国の友好橋、タイ・ラオス・中国間の高速鉄道、レムチャバン港の拡大(フェーズ3)などの開発を推進。さらに、将来的にタイをASEANの航空ハブ化するために、スワンナプーム空港とドンムアン空港、ウタパオ空港を拡充しているなどとアピールした。

タイ運輸省のパンヤー・シューパーニッチ交通政策計画局長
タイ運輸省のパンヤー・シューパーニッチ交通政策計画局長

次に日本側来賓として在タイ日本国大使館の大場雄一次席公使が登壇。「タイでは慢性的な交通渋滞、頻発する交通事故、大気汚染、トラックドライバー等の人手不足など、物流に関連したさまざまな社会課題に直面している。原因の1つが、当地の物流の約9割がトラック輸送によって担われている一方で、鉄道輸送や水上輸送が占める割合が低いことだ」と指摘。その課題解決としてのハード面の日タイ両国の取り組みでは、「質の高いインフラ」の整備が重要なテーマとなっているとした上で、特に、「内陸部が広いタイでは鉄道輸送の強化が重要になる。昨年12月には日タイ両国の運輸担当大臣が、鉄道分野の協力覚書に署名した。今後、この覚書に基づき、両国間で物流に関わる諸問題の解決に向けた取り組みが進むことも期待している」と強調した。

在タイ日本国大使館の大場雄一次席公使
在タイ日本国大使館の大場雄一次席公使

貨物輸送のトラックから鉄道へのシフト

シンポジウムは続いてAIRO研究員による「タイで先進的ロジスティクスを目指して(Aiming for Advanced Logistics in Thailand)」と題する研究報告に移った。まず澤田孝秋AIRO主任研究員が「タイの物流を取り巻く社会状況と環境」について説明。「タイは77都県のうち、53県が海に面していない県であり、大量輸送手段である船舶の利用がタイ湾側に限られているため、輸送手段としてはトラック、または鉄道が必要だ」とした上で、現状は「トラックの比率が9割程度と高く、タイの物流効率化の観点からは、内陸輸送において鉄道などの大量輸送機関にシフトしていくことが重要だ」と強調した。そして過去1年間の研究活動では、①内陸輸送の効率化とモード間の結節性の向上 ②物流分野におけるICTの活用 ③物流関係者間の連携-の3つのテーマに絞り、解決策の議論を進めてきたと報告した。

「タイ物流の現状」出所:JTTRI

このうち、①の「内陸輸送の効率化とモード間の結節性の向上」については坂井啓一AIRO研究員がまず、「国内輸送の多くをトラックが担っているため、バンコクや工業地帯周辺の道路の混雑、それに伴うCO2やPM2.5などの環境問題が挙げられる。一方、タイは2030年頃から人口減少社会に入ることとなり、将来の人口動向を踏まえた物流政策の検討も必要になる」と指摘。こうした背景を踏まえた具体的な解決策としては、①都市部及び幹線輸送における大量輸送機関の活用 ②トラックから鉄道への貨物シフトによる輸送の低炭素化 ③貨物の引き取りに伴うコンテナ陸上輸送(ドレージ)におけるドライバーの働きやすさの向上-などが挙げられるとし、「今回、AIROの提案の方向性としては、鉄道輸送の促進、貨物の集貨システムの改善、インランドコンテナデポ(ICD)の機能向上と郊外や地方部におけるICDの整備などを提示する」と報告した。

坂井研究員は次に、日本とタイの両国のコンテナ輸送におけるトラックと鉄道の輸送費の比較を示し、日本では500kmを超えたあたりで鉄道輸送のコストが優位になり、中長距離でコストメリットが発揮されると説明。一方、タイの鉄道では、運賃では200km-300km程度でコストが優位になるものの、「現実の輸送においては列車の遅延等による保管費用等の追加コストが発生するため、こうした隠れたコストを考慮すると、約400km以上の区間で鉄道輸送の優位性が出てくることが分かった」と報告した。

トラックと鉄道のコスト比較
「トラックと鉄道のコスト比較」出所:JTTRI

さらに、タイ国鉄(SRT)が現在進めている複線化により列車交換や遅延リスクを抑えられるため、鉄道輸送ネットワークの輸送力の向上が期待され、2021年のラオス中国鉄道の開業で、今後鉄道による越境輸送の増加が期待され、そうした動きに対応したインフラ整備を着実に進めていく必要があると訴えた。

一方、従来トラックで運んでいた貨物を鉄道にシフトしていくという取り組みも重要だとし、日本では例えば、コメや野菜、食料品や飲料、紙やパルプなど、需要が年間を通して変動しにくい物品が鉄道で輸送されている面があり、タイでも「こうした貨物を切り口として『モーダルシフト』を推進していくことが考えられる」とした。

SRTとJRの貨物種別ごとの輸送量
「SRTとJRの貨物種別ごとの輸送量」出所:JTTRI

ICTプラットフォームの構築

続いてICTの活用について坂井研究員は、「物流分野のICT化は物流の各フェーズの効率化に向けて有効な手段であり、各関係者の間で自動荷役システムや機械の導入が進んでいる」とした上で、その先の取り組みとして、「複数組織間で情報を連携し、単独社では解決が難しかった物流課題を解決するためのICTプラットフォームの構築が考えられる」と述べた。そのICTプラットフォームの構築では、開発コストや初期投資が高いことや、情報連携と情報の秘匿のトレードオフの関係があることが課題だと指摘。国が投資をして管理するサービスであり、物流結節点となる倉庫や港湾、物流事業者などの中心的役割を担う者が関係者との集約情報を束ねるサービスであることの2つの観点が求められると強調した。

そして、こうした複数のプラットフォームを電子的に連携させることで一つのシステムでの入力情報を可能な範囲で関連する別のシステムとの間で自動的に共有し、利用者の利便性を図る取り組みも考えられると報告。さらに、ICT化により情報を集積するため、ビッグデータとして得られた情報を統計として利活用していく仕組みを作ることも重要だと訴えた。

輸配送と人材育成における関係者の連携

続いて、物流関係者間の協力の強化について澤田主任研究員が報告した。まず「輸配送における関係者間の連携」について、①物流事業者と荷主による混載輸送 ②物流事業者同士による共同輸配送 ③物流事業者と物流以外の事業者による貨物輸送-の3つのカテゴリーに分類。

その上で「①混載輸送と②共同輸配送については、ともに積載量の増加やトラックの輸送回数の削減を通じた輸送コストの削減ができる。ただし、物流事業者同士の連携については、タイの競争法に抵触する恐れがあるため、実施に際しては法規制との兼ね合いを注意する必要がある」と指摘。また、③については、地方部や過疎地など、輸送手段の維持が必要な地域において物流以外の事業者との連携により小ロットの貨物輸送を行う取り組みが考えられるとした。

輸配送における関係者間の連携
「輸配送における関係者間の連携」出所:JTTRI

続いて、もう一つの協力の方向性となる人材育成について澤田氏は、「まずは自社の企業努力で行うという、いわば『自助』が原則だが、必ずしも企業努力だけでは十分な育成をできないという課題もある。このため、複数の物流企業が会員となっている物流事業者団体が業界全体として人材育成をするといういわば『共助』と、そうした取組に対して国が支援をするという『公助』の3つのバランスが重要だ」と指摘。日本の公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会(Japan Institute of Logistics Systems : JILS)の研修スキームや日本のトラック協会の事例を紹介した。

7項目の提言

最後に、これまでの話を踏まえ、3つのテーマにかかわるタイの物流分野の課題に対するAIROからの7項目の提言案を次のようにまとめ、報告した。

<内陸輸送の効率化と輸送モード間の結節性向上>

①鉄道の複線化や適切なメンテナンス、鉄道駅や港湾における荷役機械の整備などインフラ整備の継続

②鉄道の幹線輸送における貨物の集荷方式の見直し

③バンコクや東部経済回廊(EEC)周辺部の既存のICDの拡張や機能向上に加えて、地方部におけるICDの整備

<物流分野へのICTの利活用>

④港湾や倉庫などの物流ハブにおける複数の物流関係者を結ぶ情報プラットフォームの構築と拡張

⑤それにより蓄積したビッグデータの統計への活用

<物流関係者間の連携強化>

⑥政府や物流関係団体の支援による混載や共同輸配送のシステムの構築と、それらについての荷主への理解促進

⑦政府の支援による物流事業者及び物流関係団体における人材育成の協力

TJRI編集部

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