公開日 2023.08.02
TJRIニュースレターの前号(7月25日号)で一般財団法人運輸総合研究所(JTTRI)のアセアン・インド地域事務所(AIRO)が6月15日に開催した「タイにおける効率的な物流の構築を目指して」と題するシンポジウムの前半部分を紹介した。今号では、タイと日本の研究者による基調講演と日タイ民間部門の専門家も参加したパネルディスカッションのパートを掲載する。
目次
基調講演ではタイ側から、マヒドン大学工学部物流・鉄道工学科(CLARE)のシラドン・シリタラ准教授とソムシリ・シェウワッタナグン講師が「タイの鉄道輸送の現状と今後の内陸輸送における役割」について報告した。
ソムシリ講師はタイの鉄道輸送システムに関する政策の方向性について次の2つの国の主要政策によって決定されると指摘。1つ目は「第13次国家経済社会開発計画」であり、「この計画の目標の1つは、地理的な優位性を持つタイを東南アジアの貿易・投資・物流のゲートウェイとし、地域の重要な物流戦略拠点とするために、鉄道輸送の比率を高めていくことを目指している。このためタイ政府は鉄道路線を拡大し、国内地域や国と国を結ぶ方針だ」と説明。特に重要な戦略プロジェクトはノンカイ県とラオスを経由した中国との接続だという。
さらに、コンテナヤードやドライポート、インランドコンテナデポ(ICD)など、物流活動に役立つさまざまな施設への投資・開発も必要で、国家計画にも含まれており、次の段階ではタイ運輸省は、開発中の複線鉄道路線や近隣諸国と接する地域にコンテナヤードの整備を進めていると報告した。
もう1つの政策は、「20年タイ輸送インフラ開発戦略 2018-2037」で、①内陸輸送と国境を越えた活動を増やし、鉄道輸送の割合を現在の約1.4%から10%に引き上げる ②新しい鉄道路線や複線鉄道などを開発し、より包括的なネットワークを推進する ③運輸部門のエネルギー排出量を削減する―という3つの柱がある。政府は現時点でシステム試験中のEV(電動列車)など輸送分野におけるエネルギー消費の削減技術を推進しているほか、ローカルコンテンツも重視し、鉄道システムの部品の国内生産を支援し、近隣諸国にも市場を拡大する機会を見出しているとの見方を示した。
ただ、課題は道路輸送、河川・海上輸送に比べ鉄道輸送の比率が極めて低いことのほか、タイの物流コストの国内総生産(GDP)比が13~14%と日本やドイツの約10%に比べて高いことで、政府は同比率を11~12%に引き下げることが目標だと述べた。
続いて、CLAREのシラドン准教授が登壇し、鉄道輸送開発プロジェクトの進捗状況について、「複線鉄道は3つのフェーズに分かれている。進捗状況は、第1フェーズの7路線のうち、3路線が完成し、4路線が建設中だ。第2フェーズはバンコクから放射状に広がっていく予定で、第3フェーズは東側への鉄道と南側への鉄道だ。建設中の新しい複線は『デンチャイ・チェンライ・チェンコーン線』と、まもなく着工する『バンパイ・ムクダハーン・ナコンパノム線』の2路線がある。ちなみに、タイの鉄道の路線網は77県のうち49県しかカバーしていないが、全線が完成すれば61県をカバーすることになる」と報告した。
また、「旅客輸送の高速鉄道では『バンコク・ナコンラチャシマ線』が建設中だ。最近、地下鉄路線のMRTブルーラインやSRTレッドラインなどの路線が乗り入れている『クルンテープ・アピワット中央駅』が開業し、将来的には高速鉄道も接続する予定だ。貨物輸送では今年、中国・ラオス・タイの貨物列車の運行を開始した。しかし、タイとラオスの鉄道ゲージが異なるため、現状、一部区間をトラックで輸送しなければならず、タイとラオスの間をよりスムーズに接続できるようにするかが今後の課題だ」と述べた。
さらに、バンコク都内の旅客輸送では、今年イエローラインとピンクラインが運行開始予定で、バンコクの都市鉄道の全線が完成すれば、総延長は約500キロメートルになると説明。このほか列車の運行状況や貨物管理システムなどのテクノロジーの開発、東部の高速鉄道、公共交通機関駅周辺開発などのさまざまな計画があるとした上で、将来的には、都市公共交通ネットワークやドライポート、コンテナヤードなどの開発も計画しているとアピールした。
続いて基調講演に登壇した流通科学大学の森隆行名誉教授はまず、AIROの報告にもあったようにタイの物流の特徴としてGDPに対する物流コストが13.8%と、日本やアメリカ、ヨーロッパなどと比べてまだ高いため、これをどうやって削減していくかが課題だと指摘。さらに、物流コストの中でも「保管費」が非常に高いことや、国内輸送におけるトラックへの依存度が90%近くあることも問題だと改めて強調した。
そして森氏は特にトラック輸送に集中しすぎている問題について「輸送モードをシフトする『モーダルシフト』が必要で、その受け皿としてはやはり鉄道しかないだろう。これからタイも人口が減少していく中で、将来のトラックドライバーの不足が予想され、さらにCO2排出、環境対応からもトラックから鉄道へのシフトが重要になってくるだろう」と指摘。その上で、鉄道インフラ整備もハード面だけでなく、ソフト面も重要であり、例えばICT活用では、各社が別々に異なった方式を採用しているのは非効率であり、「例えば同じ業界で1つのプラットフォーム、1つの標準化されたシステムを利用する」ことや、電子商取引が増える中で「ジョイントロジスティクス(共同物流)の必要性がある」と強調した。
そして共同物流は日本でも40%を割り込んでいる積載効率の向上につながるだけでなく、将来のドライバー不足にも対応できるとの認識を示す一方、共同物流の実現には「独占禁止法」の問題を解決する必要があり、法整備など政府の後押しが必要だと訴えた。
森氏はまた、タイの物流の半分以上がバンコクに集中している問題について、例えば小売業では、セブンイレブンはバンコクだけでなく、ノンタブリや北部コンケンにもロジスティクスセンターを持っている一方、ロータスズやトップスは店舗は全国に広がっているものの、物流は依然、バンコク周辺にあると指摘。こうした物流の集中化ではリードタイムが非常に長くなるほか、地方都市でもバンコクから品物を届けなけるため、地方都市で在庫を多く持たなければならず、「保管費が高い」理由になっているのではと指摘。物流拠点の主要都市への分散化ができれば保管費の高さを一部解消できるのではないかとの見方を示した。
シンポジウムの第2部は、チュラロンコン大学ビジネススクールのチャクリット・デゥアンパットラー准教授がモデレーターを務めるパネルディスカッションが行われた。同氏は1つ目のトピックとして、「ロジスティクス管理における最優先課題」を提起。まずタイ運輸省のパンヤー・シューパーニッチ交通政策計画局長が「現在推進しているのは鉄道の複線化だ。これは、納期を守る必要がある事業者や物流業者が最も求めていることだ」と強調。シフトモードでは、「道路から鉄道に製品を転送するためのドライポート、またはコンテナヤードが必要であり、運輸省はすでに計画している。さらに、物流業者が列車を予約できるアプリケーションなど、IT導入も加速させている。また、列車の運行本数については、線路にはまだ十分な容量があるため本数を増やす計画で、将来的には民間企業が列車サービスを提供できるようにすることを検討している」ことを明らかにした。
また、東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センターの柴崎隆一准教授は、「世界の中でもタイは南北に細長く、その北半分には海がない内陸地域で、鉄道がないと物流上のハンディキャップが大きい」と指摘。一方で、トラック輸送が先に発達して、これから鉄道を使っていかなければいけない地域が非常に多いという国はあまりなく、見本がないので、「この国の特徴を踏まえて政策を立てていく必要がある」と指摘。日本は、民間の人材育成システムやデータや統計の整備、調査研究分野で協力できるのではとの認識を示した。
続いて日タイの民間部門の専門家が登壇。タイ商工会議所(TCC)物流サプライチェーン委員会のバーヌマ・シ―シュッ顧問は、「タイの道路は東南アジア諸国連合(ASEAN)の中で最も長く、輸送においてはタイの道路が安全かつネットワークも広い」とした上で、さらに近隣諸国へのゲートウェイを持っているとし、具体的にカンボジア・ポイペト、ノンカイからラオス、メーソットからミャンマーへのゲートウェイなどがあり、これらのゲートウェイの効率を高めれば、輸送時間を短縮でき、コストも低下すると訴えた。
一方、バンコク日本商工会議所(JCC)運輸部会の床並喜代志部会長(泰国川崎汽船)は、物流事業の競合が激しくなる中で、利益を増やすためには鉄道輸送を現在の25%から50%まで増やしたいものの、「ある程度(荷物が)まとまらないと鉄道輸送ができないので、トラック輸送が増えてしまう」という実態があるとした上で、船舶とフォワーダー(Forwarder)との連携を強めることで鉄道輸送が伸びていく可能性があるとの見方を示した。
さらに、JR貨物の和氣総一朗執行役員は日本で鉄道貨物輸送を増やす取り組みを担当しているとした上で、「鉄道輸送の二酸化炭素(CO2)排出量がトラック輸送の11分の1」などの環境にやさしいなどのメリットを強調することが有効だと指摘。さらに大都市間の鉄道輸送では26両連結の貨物輸送できるが、これはトラック65台分を機関車1両で運べるというメリットもあるとアピールした。
パネルディスカッションの2つ目のトピックスは「タイの物流システムの強みと弱み」で、パンヤ―氏は、「強みはASEANの幾つかの国とつながっていることだ。一方、規制問題が弱みであり、事業者が公的機関に容易に連絡できるよう、単一の窓口設置に着手しているほか、国境越えの輸送に関する法律改正も進めている」と報告した。
一方、床並氏はアジアの潜在成長力が大きい中でタイは人口減が予想されているため、「近隣のカンボジアやラオス、ベトナム、そして中国を陸でつなぐ物流網ができれば、タイの存在価値は大きい。その中でトラックではなく鉄道を伸ばしていくポテンシャルはある」と強調。そのためにも民間企業による自由競争が必要だとの認識を示した。同氏はさらに、日本の事例として、ビール会社4社の鉄道による共同輸送を紹介。例えば、北海道の札幌から釧路に輸送する場合には、各社が別々にトラック輸送をしているが、JR貨物のコンテナに混載して運ぶことで、CO2削減が可能になったと報告した。
TJRI編集部
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