カテゴリー: カーボンニュートラル
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.10.10
東南アジア諸国連合(ASEAN)最大規模のサステナビリティーイベントを謳う「Sustainability Expo(SX)」が今年も9月29日から10月8日にバンコクのクイーンシリキット国際会議場(QSNCC)で開催された。新型コロナウイルス流行明けで2年ぶりのオフライン開催だった昨年と比べても、その規模、賑わいは相当パワーアップした印象だ。主催の複合企業大手TCCグループ傘下の飲料大手タイ・ビバレッジ(タイビバ)のほか、TCC傘下の不動産大手フレーザーズ・プロパティー、化学大手PTTグローバルケミカル(PTTGC)、素材大手サイアム・セメント・グループ(SCG)、タイユニオングループなどタイの大手財閥企業がブースを出展するとともに、パネルディスカッションなど多数のイベントが開催され、タイが気候変動対策、持続可能社会の推進で東南アジアをリードしていくとの意気込みを強くアピールした形だ。今回は10月5日にSX2023と同じ会場で、SCG主催で行われた「ESGシンポジウム2023」の一部を紹介する。
「昨晩、寝る前に私は1つのことを考えていた。それは『1.5』だ。2015年の(温暖化対策の国際的枠組み)パリ協定で世界は産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑制することで合意した。しかし、今年末には産業革命前から1.6度上昇すると予想されている。・・・あなたの平熱が35~36度とした場合、そこから1.5度上昇したらどう感じるだろうか。実際には世界の平均気温は15度で、1.5度上昇ということは平均気温が10%高になるということだ。これは大きい。だから国連(グテレス事務総長)は、『(地球温暖化の時代は終わり、)地球沸騰の時代が来た』と警告した」
「ESGシンポジウム2023」を主催したサイアム・セメント・グループ(SCG)のルンロート社長は開会あいさつで、気候変動の現状をこう表現した。同社長のあいさつの後、シンポジウムでは、「低炭素社会に向けたタイとスイスの連携」「グリーン・ロジスティクス」「グリーン・エナジー」「バイオプラスチックス」などの分野別セッションや、中国とインドネシア、そしてバンコク都(チャチャート知事が講演)という世界各地でのESG(環境・社会・企業統治)の取り組み報告も行われた。
そしてタイ国内での取り組みに関するセッションに移った後、セター首相が登壇し、「タイのESGに関するビジョンと政策」と題して講演した。同首相は改めて「地球沸騰」がもたらす課題に言及した上で、「政府はグリーン経済への投資を促進するために4500億バーツ以上の財政措置を講じ、持続可能性の実現に向けた投資を促進する『Thailand Green Taxonomy』を策定した」と強調。さらに、持続可能な事業活動を支援するため、全国100社以上の企業が参加する「The Global Compact Network Thailand」を通じ、2030年までにSDGs関連事業に1.6兆バーツを投資する方針を表明した。
セター首相はさらに、タイにおける持続可能な経済発展の指針として、①誰も置き去りにせず、持続可能な発展を目指す②人権とGender Equalityを推進し、健康になる権利を重視③気候変動に対応するためのすべてのレベルでの協力と、2030年までにクリーンエネルギーへのアクセスを促進―の3点を挙げた。
「ESGシンポジウム2023」の分野別セッションの「グリーン・ロジスティクス」では、トヨタ自動車の中嶋裕樹副社長が登壇した。中嶋氏はトヨタなどが出資し、商用車の脱炭素化に取り組む「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ」(CJPT)の社長でもある。同氏はまず、「トヨタの『ハイラックス』といすゞの『D-MAX』はタイで誕生した。・・・これらはタイのナショナルカーになった。そしてタイはグローバルな生産拠点、アジアのデトロイトと呼ばれるようになった」とタイの自動車産業の歴史を概観する。
その上で、カーボンニュートラルの時代を迎え、世界はすべての車をバッテリー電気自動車(BEV)に転換する動きになっており、タイ政府のBEVのシェアを30%に引き上げる取り組みを受けて、日系メーカーもこの30%目標に貢献する努力をしていると強調。一方で、「カーボンニュートラルを達成するためには残り70%にも対処していく必要がある」とし、商用車業界が連携してCJPTを結成し、労働環境の改善や労働力不足など「運輸業界が直面しているさまざまな課題に対処していく」と訴えるとともに、トヨタ自動車が提唱する「マルチパスウェー」戦略を改めて説明した。
そして中嶋副社長は、同戦略では既に燃料電池車(FCEV)や水素エンジン車の原料となる水素活用の取り組みを日本で進めているが、これをタイに拡大していくためにCJPTは今年4月にSCGとタイの財閥チャロン・ポカパン(CP)グループとの協業で基本合意し、今月2日には、タイ現地法人の「CJPTアジア」の設立を発表したと報告した。タイでのモビリティーソリューション分野の取り組みでは、9月から約80台のカーボンニュートラル車の社会実践や、燃料電池大型トラックのSCG配送拠点での実証を始めたと説明。そしてエネルギーソリューション分野ではCPグループと進めているバイオガスからの水素生産プロジェクトについて養鶏農家の廃棄物由来のバイオガスからの直接生産に着手し、生産施設を開設後、バイオ由来の水素をFCEVトラックに供給する計画だと明らかにした。
今回の「SX2023」イベントでは、トヨタ自動車の部分的参加はあったものの、昨年同様、日本勢はタイ経済における存在感に比べ、その影は薄かった。さらに、カーボンニュートラル社会の実現に向けた有力手段の1つとされる電気自動車(EV)でタイ市場に攻勢をかける中国企業の姿はほとんど見られなかったようだ。サステナビリティーや脱炭素化、そしてESGといったテーマはどうしても抽象的な議論、理念的なアピールが多くなるのは仕方がないが、ESGシンポジウムでのトヨタ自動車の具体的な取り組み報告は印象深かった。
一方、今回のEVENT記事で紹介した、在タイ日本大使館と日本貿易振興機構(ジェトロ)共催の「CNセミナー」で取り上げられた欧州連合(EU)が導入する「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」は、脱炭素化に向けた企業の本格的な取り組み姿勢を示す試金石になるのかもしれない。それはEUのEV完全シフト方針の背景にあるとされる思惑的な動機とは違ったものなのかどうかも見極める必要があるだろう。
アユタヤ銀行の調査会社クルンシィ・リサーチは今年8月に「Countdown to the CBAM」と題するリポートを公表している。CBAMの基本的な仕組みや工程表は「CNセミナー」の内容と重複するので割愛し、今回はその結論部分のみ簡単に紹介する。まずクルンシィの「view」として、「EUのCBAM導入の発表は、気候変動に真剣に対処し、低炭素社会への移行を始めるという国際社会の意志の高まりの新たな証拠だ」とその意義を評価。「タイのネットゼロ目標はEUより15年遅れているが、タイもリアリティーの変化に合わせ、二酸化炭素排出に伴う問題対処の最前線にいる国々が設定する取り組みに追随する必要がある」とタイが置かれた状況を説明する。
そして今年10月から始まる移行期間と2026年からの完全導入における課題を整理した上で、民間企業部門への影響として、「CBAMの導入は、民間部門全体に対する環境問題の重要性認知の促進に役立ち、将来の低炭素社会へのタイ企業のシフトと、タイのネットゼロ達成を支援するだろう」と強調。そして公的部門や金融部門への影響も指摘した上で、「CBAMは製造会社や輸出業者に問題と困難さをもたらすが、これらの問題を深掘りすれば、これらの対策がグリーン経済への明確なシフトを後押しする本気での取り組みを象徴するものになるだろう。それは簡単なことではなく、課題とチャンスの両方をもたらすが、企業と金融機関は知力と努力によって後者を最大化し、前者を最小化することができるだろう」と結論付けている。
温室効果ガス排出量の算定サービスを手掛けるゼロボード・タイランドの鈴木慎太郎代表はCBAMについて、「認知度はまだ低いものの、セメント系や鉄鋼系、化学系などの在タイ企業や在ベトナム企業などから弊社のシステム導入の問い合わせが増えている。また、10月1日から移行期間がスタートしたこともあり、日本にいる対象製品の生産者、および欧州側の輸入業者では制度の理解、取り組みは進んできているようだ」と指摘。さらに、「対象製品が限られているので市場規模としては限定的だが、来年1月末までに第1回目のCBAM報告義務が課されているため、輸入業者から在タイ企業への輸入製品ごとの排出量算定依頼が始まり、企業への算定支援ニーズは高まると考えられる」との見通しを示した。こうした脱炭素化ビジネスのリアルを注意深く見守る必要がありそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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