タイ総選挙2026、見るべきポイントは? – 勝者よりも重要な「連立」と「閣僚人事」

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中

タイ総選挙2026、見るべきポイントは? – 勝者よりも重要な「連立」と「閣僚人事」

公開日 2026.02.04

2月8日の下院総選挙を前に、タイ政治は再び大きな節目を迎えている。「首相交代が繰り返されてきた政治の不安定さに終止符が打たれるか」に注目が集まりがちだが、政策の継続性やビジネス環境を左右するのは、選挙後にどの政党が連立を組み、主要官庁を誰が担うかという「政権の組み方」である。本稿では、変化の激しいタイ特有の連立政権構造を整理しつつ、選挙後に注目すべきポイントを考える。

タイ政治の構造ーなぜ首相が頻繁に変わるのか

バンコクの街を歩くと、選挙の時期には色とりどりの候補者ポスターが並ぶ。大政党から聞き慣れない小さな政党まで、同じ通りにいくつもの名前と顔が貼り出されるが、この光景こそ、タイ政治を理解するうえでの重要な手がかりでもある。

そもそもタイでは、首相交代が繰り返されてきた。過去25年を見ても、4年間の任期を全うした政権は1回にとどまる。これには、各首相の資質だけでは説明しきれない構造的な要因がある。

一つ目が、国会の選挙制度だ。タイの下院は定数500議席のうち、400議席を小選挙区、100議席を比例代表で選ぶ二票制を採用しており、議席が一つの政党に集中しにくく、単独で過半数を確保するのが難しい。その結果、選挙後の政権は連立が前提となる。連立体制では政権維持のための調整が優先され、主要官庁を複数政党で分担することで、政権内の対立が生じやすく、運営が行き詰まりやすい。

もう一つは、憲法裁判所や選挙管理委員会といった独立機関が極めて強い権限を持つ点だ。首相の資格や閣僚人事、政策判断が司法判断によって無効とされる例が繰り返され、政権は成立後も不安定さを抱えやすい。こうした問題意識を背景に、今回の総選挙では、下院選挙と同時に憲法改正の是非を問う国民投票も実施される。

首相交代が頻発する背景には、選挙制度と連立を前提とした政権構造、そして憲法上の制度設計が重なって作用している。

主要3党の特徴とおもな政策

では、連立が前提となるこの政治構造のもとで、今回の総選挙をどう読むべきか。まずは主要3政党の立ち位置と経済政策を整理する(図表1)。タイ政治では、各党の政策だけでなく、どの層に支持されているかも、その後の連立の組み方を左右する。

国民党(プラチャーチョン党): バンコクなどの都市部や若年層を支持基盤とする改革志向の政党で、党首はナタポン氏。独占の是正や制度改革を掲げ、政治や経済の透明性を高めることを重視している。産業構造や規制の見直しを通じて、公平な競争環境を整えることを目指す。

タイ貢献党(プアタイ党):タクシン元首相派の政党で、筆頭首相候補はヨッチャナン氏。東北部や北部に根強い支持層を持つ。「退職宝くじ」や家計債務問題への対応、首都圏の電車運賃を上限一律20バーツにするなど、生活に直結する経済政策が支持につながっている。

タイ誇り党(プームジャイタイ党):現在の暫定政府で、党首はアヌティン氏。ブリーラム県や全国の有力政治家一族に強い基盤を持ち、それらのネットワークを背景に、既存の枠組みを活かした現実路線の政策運営を掲げる。大麻自由化政策で有名だが、現在は高齢者雇用の促進や飲食品・日用品の半額を政府が補助する「コン・ラ・クルン・プラス」などを掲げる。

図表1 タイ主要3政党の特徴と経済政策 出所:THAIBIZ編集部が作成
図表1 タイ主要3政党の特徴と経済政策 出所:THAIBIZ編集部が作成

想定される「連立」の組み合わせと政権の行方

しかし注意したいのは、タイの政治では、こうした政策がそのまま実行されるとは限らない点だ。選挙後には連立交渉が行われ、政策の優先順位や運用は変わりうる。例えば、選挙後に想定される連立の枠組みを以下に挙げる。

シナリオ① タイ誇り党を軸とする継続政権の連立

現在の暫定政権に近い枠組みで、中小政党が加わる形が想定される。政権運営の経験値は比較的高く、既存の経済政策や「ランドブリッジ」プロジェクトなど大型インフラ計画の継続性が重視されやすい。一方で、制度改革や構造改革は限定的にとどまる可能性がある。

シナリオ② タイ貢献党を軸とする旧政権連立

家計支援策や内需刺激策を重視する傾向が強く、短期的な景気下支えを優先する政権運営が想定される。生活に直結する政策が前面に出やすい反面、財政規律や中長期的な制度改革については慎重な姿勢が取られる可能性があり、政策の持続性が課題となる。

シナリオ③ 国民党が連立の一角を担うケース

国民党が政権に関与する場合、規制改革や制度見直しといった改革志向の政策が議題に上がりやすくなる。ただし、議席規模や既存勢力との関係性を踏まえると、連立に参加した場合でも、政権運営の主導権を握る立場になるとは限らない。その結果、意思決定のスピードが遅くなり、政権運営が不安定化するリスクも伴う。

なお、現実的な着地点として、タイ貢献党とタイ誇り党による旧政権連立が最も成立しやすいとの見方もある。両党は政策スタンスに違いはあるものの、政権運営の経験があり、議会内での調整を進めやすいことから、選挙後の不確実性を抑えやすいとされる。

投資リスクを左右する「閣僚人事」

次に、日本企業にとって重要なのは主要官庁をどの勢力が担うかである。タイでは、実際の政策運営は官庁を通じて行われるためだ。特に注目すべきポイントは以下の通り。

1. 首相府:タイ投資委員会(BOI)や東部経済回廊事務局(EECO)を所管し、投資優遇措置や重点産業の方向性を決定する。主導政党によって、投資の重点分野や審査の厳しさなど、外資誘致の方針が変動する可能性がある。

2. 工業省・商務省:工場設置規制や自由貿易協定(FTA)交渉を担い、企業のコスト構造やサプライチェーンに影響を与える。日タイ経済連携協定(JTEPA)を含む通商政策の動向も、これらの官庁の判断に委ねられる。

3. 財務省:財政規律、税制、家計債務対応を担う経済運営の要。税制や財政方針が安定して続くかどうかは、企業が中長期の事業計画を立てられるかを判断する材料になる。

想定される政策の振れ幅を分野別に整理

最後に、日本企業への影響が大きい分野について、政権構成によって想定される振れ幅を以下の通り整理する。

① 投資政策:電気自動車(EV)、半導体、人工知能(AI)など次世代産業への海外直接投資(FDI)を重視する方針自体は、政権が変わっても維持される可能性が高い。一方で、インフラ主導か、制度・規制改革重視かによって、投資優遇の運用や重点分野の考え方には違いが生じ得る。首相府や工業省の采配が重要となる。

② 労働市場:最低賃金の引き上げは各党共通の方針だが、実施のスピードや企業負担への配慮は政権構成によって異なる。雇用支援策や高齢者雇用を含め、運用面での変化に注意が必要だ。

③ エネルギー・脱炭素:脱炭素の方向性は共有されているものの、電力市場の自由化を進めるのか(国民党)、政府主導の投資を優先するのか(タイ誇り党・、タイ貢献党)によって、再生可能エネルギーの調達環境は変わり得る。エネルギー政策は、政権の色が比較的表れやすい分野といえる。

各分野で想定される違いを踏まえると、日本企業に求められるのは、政策の表明そのものではなく、選挙後にどのような体制で運用されていくのかを見極める視点だ。

(参考)
ロイター「数字で見るタイの選挙」2026年1月21日
タイラット紙オンライン版「政権発足における『連立方程式』と政治シナリオ」2026年1月8日
MGRオンライン「2026年タイ総選挙における各政党の経済政策に関する比較分析」2026年1月10日

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE