連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.05.30
今号で紹介した「フューチャー・エナジー・アジア(FEA)」と「フューチャー・モビリティー・アジア(FMM)」の共同開催イベントではタイを中心とする東南アジアの電気自動車(EV)産業とエネルギー産業の最前線を知ることができる。筆者は残念ながら今回は現場取材をすることができなかったが、昨年初めてこの2つのイベントを取材して、このような展示会・国際会議がタイ・バンコクで行われることに少し驚いた。そして、このコラムで何度か指摘したように、「EV問題とはすなわちエネルギー問題ではないのか」という問いかけに、この2つのイベントの同時開催が的確に答えをくれた印象もあった。
24日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)が、大手コンサルティング会社デロイト・タイランドの調査結果として伝えたところによると、タイ人で次回の自動車購入の際にバッテリー電気自動車(BEV)を選ぶ人の割合は31%に達し、その比率は東南アジアでは最高だったという。ただ一方で、同調査でも東南アジアでは引き続き内燃機関(ICE)車が消費者に選ばれる主力の自動車であり続けるとの見方も示されたという。
この調査は昨年9~10月に特にEVトレンドをテーマに東南アジアの消費者6000人以上を対象に行われた。このうちタイ人は約1000人。その他の調査対象国はインドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナム、シンガポールだった。デロイト・タイランドの顧客・マーケット担当マネジャーは、タイ人が次に買う自動車を選ぶ基準は、製品の品質、特徴、ブランドイメージだと指摘。一方で、「EVへの需要は東南アジア全域で拡大している。それは燃料代を減らしたいからだ」との見方を示した。燃料コストの削減が依然、タイの消費者がEVシフトする主な理由だが、より良い運転体験、バッテリーのバックアップとしてBEVを活用できるという理由もあったという。
また、次に買う自動車としてBEVを選ぶと答えたタイ人消費者の懸念のトップ(回答の48%)は公共の充電インフラが不足していることで、充電時間の長さ、BEV価格の高さと続いたという。調査によると、タイ人消費者の64%が充電時間について10~60分なら待てるという。一方、1回の充電当たりの走行距離について300~500キロを期待する人が41%だった。充電場所は自宅を希望する人が最も多かったという。
バンコク市内でも特に昨年10月に発売された比亜迪(BYD)のATTO3の急増など、最近では日常的にBEVが走行する光景は一般的になってきた。こうしたトレンドが今後も勢いを増し、特にBEV先進地域である欧州の状況に一気に追いついていくのだろうか。ちょうど5月20日付のバンコク・ポスト紙(5面)が、米ニューヨーク・タイムズ紙のノルウェー現地リポートを転載しているので、今回はこの記事を紹介する。
ノルウェーは既に昨年時点で、新車販売の約80%が既にEVになっており、世界のEV最先進国だ。同記事は、「首都オスロ南郊にあるサークルKが運営するサービスステーションでは充電スタンドの数がガソリン給油スタンドの台数を上回っている。夏季休暇期間にオスロ市民は田舎のコテージに行く時には、しばしば出口ランプが充電待ちの車列で渋滞してしまう」と話を始める。そしてサークルKの店員は充電待ちで苛立つ顧客にコーヒーを出してなだめる対応に慣れつつあるなどとEV先進国の情景を描写している。
ノルウェーは2025年にもICEの新車販売を終了する予定で、昨年時点での新車販売台数に占めるEV比率は80%だ。ノルウェーの経験からは、EVシフトは一部の批判者が指摘したような悲惨さはなく、恩恵をもたらしていることが分かるという。もちろん、信頼できない充電装置や需要期の充電待ちなどの問題はあるが、自動車ディーラーや販売業者は適応しつつあるようだ。EVシフトは自動車業界を再編し、テスラがベストセラーブランドとなり、ルノーやフィアットなどの既存メーカーの地位を低下させつつあると指摘する。
そして、首都オスロの空気は大幅にきれいになり、騒音のあるガソリン車やディーゼル車が廃棄されたことで、より静かになった。オスロの温室効果ガスの排出量は2009年以来30%減少したが、ガソリンスタンド労働者の大量失業はなく、配電網はまだ崩壊してはいないとEVシフトのこれまでの実績を高く評価している。
同記事によると、ノルウェー政府は1990年代から国内EVスタートアップ企業の支援やEVの付加価値税、輸入関税の免除、高速道路無料化などのEV促進策を始め、高速充電ステーション建設に補助金を支給してきた。こうした政策は米国より10年早く、2030年に新車の50%をEVにするという米国の目標をノルウェーは既に2019年に達成したという。そしてEV比率の上昇とともに、窒素酸化物(NOx)の水準は急低下してきたが、一方でタイヤのゴムとアスファルト道路の摩擦による問題が残っているという。これはEVがICE車よりもかなり重いことで、タイヤとアスファルトの摩擦により発生する微小粒子がオスロでは健康に悪影響を与える水準まで上昇しているというのだ。さらに、アパートの住民が充電装置を見つけるのが困難だという問題も依然残っているという。
さらに、オスロ市の環境・運輸担当副市長は、ノルウェーが大量の石油・ガスを輸出する一方で、温室効果ガス削減を加速させていることを「偽善」だと認識しているという。同国の化石燃料輸出が昨年1800億ドルもの収入をもたらしたとし、「われわれは汚染を輸出している」と明言した上で、同副市長の党は2035年までに石油・ガスの生産を終了するよう求めていることを明らかにした。しかし、ノルウェー政府は石油・ガス生産をやめるつもりはなく、ノルウェー石油・エネルギー省高官は「われわれは欧州のエネルギー安全保障に貢献するために、幾つかの油田・ガス田を操業あるいは開発している」との声明を公表しているという。
同記事はさらに、オスロ周辺に電気を供給する送配電会社が新たな変電所などを整備しており、配電網でのトラブルはなかったとする。また、自動車機械工の失業もないとした上で、EVはオイル交換の必要はなく、ガソリン車に比べメンテナンスの必要性も低いなどのメリットを強調。ただ、誰かの雇用を心配するとすれば、それは自動車ディーラー業界であり、ガソリン車やディーゼル車が完全になくなった時には同業界の再編が起こるだろうとの見方を示す。
また、ノルウェー最大の自動車販売会社モラー・モビリティー・グループの店舗は現在、ドイツのフォルクスワーゲンのEVばかりとなり、ICEはわずかしか展示していないという。そして、ノルウェーの自動車販売シェアの30%を既にテスラが獲得しており、フォルクスワーゲン・グループの19%を大幅に上回っている。さらにBYDや小鵬汽車(Xpeng)などの中国企業のEV販売も急増しており、こうしたパターンが他の欧州諸国や米国にも広がっていけば、既存の自動車メーカーは生き残っていけないだろうと予想する。
モラー・モビリティーのペター・ヘルマン最高経営責任者(CEO)は、伝統的ブランドも顧客からの信頼があり、広範なサービスネットワークを持つため、シェアを回復するだろうが、「テスラが(自動車)産業を揺り動かしたことは明らかだ」との認識を示したという。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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