メコン5における中国の影響拡大

ArayZ No.144 2023年12月発行

ArayZ No.144 2023年12月発行メコン5における中国の影響拡大

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メコン5における中国の影響拡大

公開日 2023.12.10

メコン5と中国は地理的な近接性や歴史的な背景もあり、政治・文化・経済など様々な面で元々つながりが強かったが、2015年4月に中国の主導により開催された「瀾滄江(ランソウコウ)メコン開発協力(Lancang – Mekong Cooperation)」を契機に、影響力が急速に強くなってきている。

本稿では、メコン5ヵ国のうちラオス、カンボジア、タイ、ベトナムにおいて、近年中国が主導している主なインフラプロジェクトを紹介したうえで、中国の投資拡大が引き起こす貿易経済等への影響および日系企業への影響について考察していく。

みずほ銀行 国際戦略情報部 グローバルアドバイザリー第二チーム 陳 農

ラオスにおける中国の影響

物流改善、インフラ整備の進展は日系企業が投資検討をする場合の前向きな変化か

(1)ラオスと中国の歴史的背景

ラオスは1961年に中国と国交を樹立した。一時、ラオスと旧ソ連の関係強化を懸念した中国がラオスに対する経済支援を中断したことで関係が悪化したものの、1989年ラオスのカイソーン首相による中国公式訪問、1990年中国の李鵬首相によるラオス公式訪問等を経て、2国間の関係は改善した。2009年には、両国関係が「全面的戦略パートナーシップ」に格上げされ、さらに2019年には両国間の経済発展や人的交流など国際問題や地域問題解決へ向け協力を強化する「ラオス・中国運命共同体マスタープラン」が署名された。

近年は両国首脳による会談が頻繁に行われている。中国はラオスを一帯一路構想の最前線として、支援すると同時に影響力の拡大を目指していると言われている一方、ラオスも中国の支援を通じた経済成長を期待して中国との関係構築を重視しており、今後も両国間の関係がさらに深化していくと考えられる。

(2)中国の投資拡大

中国企業は1989年以後ラオス向け投資を拡大してきた。2021年12月末時点で、ラオスに対する各国・地域からの直接投資(FDI)総額は、中国が134.2億米ドルと圧倒的首位である(図表1)。中国企業からの投資プロジェクトの件数も911件で最多。なかでも2021年に開業された中国ラオス鉄道(中国国家鉄路集団が建設)は代表的なプロジェクトの一つであり、今後の2国間の貿易において大きな役割を果たすことが見込まれている。また、エネルギー・農業・鉱業・不動産業などはラオス政府が投資誘致の重点分野としている分野であり、中国企業の投資による技術移転を通じた域内産業成長が期待されている。

(3)中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

2009年中国はラオスに対して459品目を対象とした特恵関税を供与し、さらに2010年の中国アセアン自由貿易協定(ACFTA)発効により、ラオスと中国との貿易が急速に増加している。2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により中国向け輸出入ともに減少したものの、2021年は回復に転じた。2022年の中国向け輸出額は33.4億米ドル(前年比24.9%増)と大きく伸び、鉱物・木材・農産品が主要輸出品になっている。また、中国からの輸入額は23.3億米ドル(前年比40.2%増)と同様に大きく増加しており(図表2)、自動車・電子機器・通信機器などが主要輸入品となった。ラオスにとって、中国は輸出入ともにタイに次ぐ2番目の貿易国であり、今後中国ラオス鉄道を通じて両国の貿易量がさらに増加していくことが期待される。世界銀行の予測によれば、ラオスから中国への陸上貨物量は2020年の120万トンから2030年は370万トンに増加すると予測されている。

中国からの投資が増えている一方で新たな問題も出てきている。中国主導によるインフラ分野の投資急増に伴うラオス政府の公的債務急増はその一つである。世界銀行の推定によると、2022年の公的債務は対GDP比110%(約170億米ドル)となっており、そのうち対中国の債務が約半分となっている。中国ラオス鉄道プロジェクトによる中国からの借入金や保証債務もその一部になっている。2022年6月に、米国の格付け会社ムーディーズはラオス政府の長期の現地通貨建ておよび外貨建て債務の発行体格付けを「Caa2」から「Caa3」に引き下げた。ウクライナ情勢による国内燃料不足や食料品価格の高騰、そして中国に対する過剰債務により通貨が下落し、債務不履行リスクが高まったことが要因になっている。

中国企業による投資はラオスの環境にも影響を与えている。例えばナムリック1.2水力発電プロジェクトによる周辺の生態環境や周囲の住民や住環境への影響や、農村部各地で行う果物農園開発プロジェクトによる土壌汚染や水質汚染といった一連の環境問題に対する批判の声もある。また多くの中国企業はマネジメント層のみではなく、一般ワーカーも中国から連れてくる傾向があるため、現地での雇用創出効果も限定的と疑問視されている。さらに近時、中国企業がラオスを拠点として運営するオンラインカジノとそれに伴う金融犯罪の増加もラオスと中国における社会問題になっている。

(4)日系企業への影響

中国の積極的な投資及び中国企業の進出により、ラオスの対中関係がより緊密度を増してきておりラオスの投資環境も近年大きく変化してきている。中国企業の進出により、環境問題の発生や政府の対外債務の増加等のマイナス面も顕在化している反面、ラオスの国内インフラ整備が進み、投資環境の改善等の投資環境へのプラス面の影響も大きい。またメコン5を含む周辺国全体における物流ネットワーク向上という観点も注目すべき点といえる。

現状、ラオスは、アセアンの中でも日系企業の進出数は限定的であり、日本からの投資もそれほど大きな伸びがうかがえてこなかった。しかしながらこれまで述べてきた通り、物流改善、インフラ整備の進展は、日系企業が投資検討をする場合の前向きな変化として捉えられるだろう。中長期的に見れば投資環境の改善は、ラオスの国内経済の発展にも十分つながるものであり、ラオスに対する日系企業の投資姿勢にも好影響を与える可能性があるだろう。

ラオスでの主要プロジェクト

①中国ラオス鉄道

中国ラオス鉄道

中国の雲南省昆明市からラオスの首都ビエンチャンをつなぐ鉄道プロジェクトであり、2016年に着工、2021年12月に開通し、貨物列車および旅客列車がそれぞれ時速120km/h、160km/hで運行されている。旅客駅は両国国境にある磨憨(モーハン)-ボーテン経済特区や観光地のルアンパバーン、ヴァンヴィエンなどに設置されており、2023年4月までの統計によると、開通してから500日間で合計1,400万人以上がこの鉄道を利用している。さらに中国の新型コロナウイルス感染対策の緩和を受けて2023年4月から国際旅客列車も開通し、中国の観光客が昆明から列車で国境を越えてラオスに行くことが可能になった。

中国ラオス鉄道は、ラオスにとって対中貿易や観光業の振興など国内産業の発展にプラスに働く見込みがある一方で、本プロジェクトの総事業費は約60億米ドルでそのうち大半が中国に対する債務になっており、今後鉄道の運営利益が確保できずにラオス政府の債務返済が困難となり、債務の罠に陥るリスクが懸念されている。

②主要都市間高速道路

主要都市間高速道路

都市間高速道路として代表的なのは両国国境中国側の磨憨とラオスのビエンチャンをつなぐ磨万(モーワン)高速道路である。これは中国云南省建設投資控股集団とラオス政府が共同出資で建設するプロジェクトであり、ラオスにとって初となる高速道路である。全長は400kmで、完成後は現状自動車で20時間以上かかる距離を5時間に大幅に短縮できる。2020年12月には磨万高速道路プロジェクト第一期のビエンチャンからヴァンヴィエンまでの区間が一般開通された。

さらに2021年には中国主導によるビエンチャンからラオス南部のパクセーをつなぐ高速道路プロジェクトをラオス政府が承認した。完成後は自動車で12時間かかる距離を7時間に短縮することができ、ラオスを起点としたカンボジアおよびベトナムへの陸路の利便性が大幅に高まることが見込まれ経済効果も期待されている。

カンボジアにおける中国の影響

タイプラスワンやベトナムプラスワンといった観点でも投資国としてカンボジアが見直される可能性も

(1)カンボジアと中国の歴史的背景

カンボジアはシアヌーク前国王時代から中国と良好な関係を構築しており、2010年には「全面的戦略パートナーシップ」を確立し、フン・セン前首相が在任中の約38年間も親中の政策をとり続けてきた。直近では2023年7月のカンボジア総選挙で、与党であるカンボジア人民党が圧勝し、8月7日にフン・セン前首相の長男であるフン・マネット首相がシハモニ国王より首相として承認され、8月22日に新政権が発足した。フン・マネット氏はアメリカ・イギリスでの留学経験があり、新政権は親中から欧米にも配慮した政策へ転換する可能性もあると予想されたが、8月13日に中国王毅外相がプノンペンを訪問しフン・マネット氏と会談した際に、フン・マネット氏が中国との伝統的な友好関係の継承に強い意欲を表明したことから、カンボジアの親中政策は継続していくと考えられている。

(2)中国の投資拡大

中国はカンボジアへの最大投資国になっており、カンボジア開発評議会(CDC)によると、2023第1四半期時点で、カンボジアにおける1994年以降の累計FDI総額458億米ドルのうち、中国企業は約45%(200.8億米ドル)と圧倒的なシェアを占めており(図表3)、特にインフラ・建設業・農業・金融などの分野への投資が集まっている。カンボジアは中国が提唱する一帯一路構想の中で、雲南省から海につながる「橋頭堡(きょうとうほ)」として非常に重要な位置付けとなっているが、カンボジアも一帯一路構想に積極的に参加し自国の経済発展や産業育成に期待を寄せている。

カンボジアにおけるFDI総額累計(1994年~2023年第1四半期)

(3)中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

カンボジアにとって中国は長年にわたり最大輸入国であり主要輸出国である。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により輸出入額は前年対比一時的に停滞したものの、2021年には回復した。2022年1月1日に二国間自由貿易協定が発効され、2ヵ国間の輸出入がさらに拡大した。2022年の中国からの輸入額は141.8億米ドル(前年比22.6%増)と大幅に伸び、機械・繊維・電子機器などが主要輸入品となっている。一方で、中国への輸出額は18.3億米ドル(前年比12.5%減)と減少したが、主要輸出品である農産品が中国の新型コロナウイルスの防疫措置によって輸出制限されたことが原因の一つと考えられる(図表4)。

中国企業の進出により恩恵を受ける関係者が多くいる反面、カンボジア人の生活に一部ネガティブな影響を与えており反発の動きなどもある。例えば、中国企業の不動産開発により土地価格の高騰や工場が引き起こした水質汚染など環境にも影響を与えている。また中国企業によるオンラインカジノの運営により、治安に影響を与えるトラブルの増加なども問題視されている。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

(4)日系企業への影響

カンボジアは、2010年頃に安価な人件費、若い労働力確保の容易さ、高い経済成長率、参入障壁の低さなどにより、日系企業の進出が一時的に増加した。その後、高い物流コスト、熟練労働力不足、不安定な電力供給などの課題改善が進まないこともあり、近年では日本からの投資が伸び悩んでいる。

カンボジアにおいても、ラオスと同様に中国の積極投資が進み、国内地価の高騰や治安上の懸念などの問題が発生している一方で、高速道路や空港の建設、発電所の建設により物流環境やインフラ整備が改善している。日本政府が開発を支援しているシアヌークビル港と国内主要都市、および周辺国との物流ネットワークの改善は、日系企業のアセアン全体におけるサプライチェーン再構築を進めるうえで優位に働くことになろう。タイプラスワンやベトナムプラスワン、といった観点でも投資国としてカンボジアが見直される可能性もあると思われる。

【カンボジア国内各地で進む中国化】

中国企業の投資が進むことで中国式の運営方式を取る企業が増加し多くの中国人が移住したことにより、都市部では中国語が日常生活に欠かせない言語になるといった中国化の動きが、カンボジア各地で進んでいる。

【カンボジア国内各地で進む中国化】

①シアヌークビル

かつて静かなリゾート地であったシアヌークビルだが、現在は中国企業が住宅・オフィスビル・商業施設・ホテルなどの建設プロジェクトを開始しており、各地で建設工事が行われている。中国企業の進出により多くの中国人が移住しており、総人口30万人のうち10万人が中国人とも言われている。中心部のゴールデンライオンモニュメント付近の店は、多くが中国人により経営されており、中国語しか通じないような場面もある。また、高層住宅やホテル・カジノの建設も相次いでおり、共通点はいずれもカンボジア人向けではなく、中国人を中心とした外国人観光客及び外国人投資家向けになっている。その結果、土地価格が異常に高騰し、多くのカンボジア人はシアヌークビル市内に住めるところがなくなり郊外への移住を余儀なくされ、中国企業に対する不満の声も近年増えている。

②農村部

シアヌークビルやプノンペンなどの都市部のみではなく、カンボジアの農村部においても中国企業による農業プロジェクトが進んでいる。中国の経済発展により、中国の国内では高級な熱帯果物の消費ニーズが高まっており、多くの中国企業がカンボジア農村部でバナナなどの果物農園を開発している。顔認証による出勤管理など経営方式は最先端のものが導入され、中国の栽培技術や中国製農機も使用されている。カンボジア従来の農業方法から機械化された生産への転換が進んでおり、カンボジアの農業発展にポジティブな影響を与えている一面もある。また、農園の従業員はカンボジアの平均月収を上回る賃金を支給され、「生活水準が改善できる」と中国企業に好感を持つカンボジア人も多いようだ。

カンボジアにおける主要プロジェクト

①主要都市間高速道路

主要都市間高速道路

首都プノンペンと物流の最大拠点である南部港湾都市のシアヌークビルをつなぐ高速道路の建設プロジェクトは、中国国営企業の中国路橋工程が2019年に建設を開始し、2022年11月に正式開通した。これにより2都市間の走行時間が6時間から2時間に短縮された。また、2023年6月にプノンペンとベトナム国境近くの都市バベットをつなぐ高速道路も着工しており、開通後は4時間以上かかる距離を1.5時間に短縮できる見込み。さらに2023年6月にカンボジア公共事業運輸省が中国路橋工程とプノンペン・シェムリアップ・ポイペトをつなぐ国内3番目の高速道路の建設に向けた調査について契約を締結した。このように主要都市間の高速道路が開通すると、主要都市間の物流や交通の利便性が向上することとなり、メコン5地域に進出している日本企業としてもプラスの面が大きくなるだろう。

②新国際空港

新国際空港

首都プノンペンの新国際空港は中国国営企業の中国建築第三工程局が建設を担っており、2024年に第1期工事が完了する予定である。第1期完成部分は年間1,300万人の旅客が利用できるように計画されている。最終第3期は2050年の完成を予定されており、年間5,000万人の旅客利用が可能となる。

また世界遺産に指定されているアンコールワットが所在する観光都市シェムリアップには、アンコールワットから車で20分程度の場所に国際空港が位置し年間約300万人の旅客が訪れている。一方、近年はジェット旅客機による振動や騒音が遺跡群に悪影響を与える懸念があるとのことで、遺跡群から50km離れた場所で新空港プロジェクトが計画されている。新空港は、中国の雲南建設投資控股集団により建設され、2023年10月に運用開始予定であり、年間700万人程度の旅客の利用が可能となる見通しである。

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