メコン5における中国の影響拡大

ArayZ No.144 2023年12月発行

ArayZ No.144 2023年12月発行メコン5における中国の影響拡大

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メコン5における中国の影響拡大

公開日 2023.12.10

ベトナムにおける中国の影響

 上汽通用五菱汽車、BYD、上海汽車集団、奇瑞控股集団等の中国企業がベトナムで電気自動車(EV)の新規大型投資を検討する動きも

(1)ベトナムと中国の歴史的背景

ベトナムは、第二次世界大戦と第一次インドシナ戦争を経てベトナム民主共和国(北ベトナム)とベトナム共和国(南ベトナム)に分裂し、北ベトナムは1950年に中国と国交を樹立した。 そして1975年に北ベトナムが南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン市)を陥落させ、翌年に統一国家のベトナム社会主義共和国が成立した。当時ベトナム最高指導者であった親ソ連派のレ・ズアン氏は、旧ソ連との関係が悪化した中国と距離を置いた。1978年の中越戦争、1989年まで続いた中越国境紛争や赤瓜(せきか)礁海戦などがあり、中越の緊張関係が続いていた。1991年のソ連崩壊後、両国の関係が緩和し、2000年に陸路の国境線が確定した。一方で、南沙諸島と西沙諸島の領有権をめぐる争いは現在まで続いている。

(2)中国の投資拡大

政治的な背景などもあり、これまでの中国企業のベトナム向け投資をみると、メコン5ヵ国の中で、1件当たりの投資額が比較的小さく、また進出地も北部の中越国境や地方都市に集中するといった傾向だった。なお2010年代前半まで発生していた反中デモ等が中国企業の意識に根強く残り、ベトナム投資検討に慎重姿勢を取らせたこともあった。

しかし中国の労働集約型産業から資本・技術集約型産業への構造転換を背景に、中国企業が低付加価値の製造機能をアセアンに移転する動きが強まっている。また米中貿易摩擦により、アメリカが中国産製品の輸出に対し高関税を課すようになったことがその動きを加速させた。

このような状況下、中国企業のベトナムへの投資姿勢にも変化がみられ、2017年以降は中国からの直接投資金額および件数は増加している。新型コロナウイルス(COVID-19)によるパンデミック直前の2019年は、中国による投資認可件数は過去最多を記録した。また中国が2013年より提唱する「一帯一路」政策に基づき、不動産・電力の分野で大型投資案件が徐々に増加し、足許の中国は第4位の投資国になっている(図表5・図表6)。

中国のベトナム向け直接投資額推移(2011年~2021年)
ベトナム向け直接投資額(2022年)

(3)中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

中国はベトナム最大の輸入国であり、米国に次ぐ輸出国である。中国からの輸入額は2016年以降増加が続き、コンピューター、電子製品などが主要輸入品目となっている(図表7)。小米(シャオミ)等の中国企業のベトナムにおける生産拡大に伴い、民生用電子機器の中間財輸入が増加していることが背景の一つであり、ベトナムの内需の底堅さが、今後も足許の輸入水準を下支えする可能性が高い。一方、中国向け輸出額も増加基調が続いていたものの、2022年は減少に転じた。中国がCOVID-19の防疫措置として輸入を制限したこと、中国国内消費の低迷が減少要因と考えられる。不動産部門における過剰投資で積み上がった住宅在庫の調整が、中国の景気減速を下押しする中、しばらく対中輸出は弱含みの展開が予想される。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

ベトナム政府は、家電大手の美的(Midea)や大手自動車メーカーのBYDなど、高い技術力を持つ中国企業の大型投資を歓迎している。一方、先述の都市鉄道の事例にみられるように、トラブルや工事遅延などが発生していたことから、中国企業が関与するプロジェクトに対する懸念は根強く、公共性の高いプロジェクトへの参画には慎重な姿勢もうかがえる。さらに現時点では、単純な組立工程のみを移転する中国企業も多く、このような投資はベトナムの技術力向上、産業発展効果が小さいとの指摘もあり、中国企業の急速な投資拡大を警戒している。ただし、足許では中国の景気減速や政策の不透明感を受け、中国企業は投資抑制ムードを強めており、当面はベトナム側の警戒を刺激する懸念は小さい。

(4)日系企業への影響

米国の高関税を回避する目的から、ベトナムで簡易加工後に米国へ輸出するようサプライチェーンを変更した中国企業もあるが、2023年8月に米国商務省は、中国系の太陽光発電製品メーカー5社を迂回輸出先として判定した。その後米国はベトナムから太陽光発電製品を輸入する際に、迂回輸出ではないことを証明できない企業に対して中国と同様の高関税を課すとしている。今後このような動きが増えると、ベトナム経由で米国へ輸出をしている日系企業も、迂回輸出ではないことを疎明する事務負担の増加や対米輸出関税が中国と同水準にされるなど影響を受けることが懸念される。現時点では日系企業が影響を受けているといった動きはないが、米国が規制の対象範囲を拡大しより厳しい措置がとられる場合は、日系企業も対米輸出に関するサプライチェーン見直しの検討等を余儀なくされる可能性も否定はできない。米中関係を織り込んだ複数シナリオを予測し、それを踏まえた戦略検討がより重要となる。

他方、足許では上汽通用五菱汽車、BYD、上海汽車集団、奇瑞控股集団等の中国企業が、ベトナムで電気自動車(EV)の新規大型投資を検討する動きがある。このような投資を捉え、中国企業のサプライチェーンでのビジネス機会を狙う視点も重要である。コア部材は中国内で生産される自国製品が使用される場合でも、日系企業が得意とする製品の安全性・安心感を切り口に差別化を図れる可能性はある。また既存の日系プラットフォームの活用等をセールスツールとして活用することも一案と思われる。

ベトナムにおける主要プロジェクト

①ハノイ都市鉄道2A号線

ハノイ都市鉄道2A号線

首都ハノイ南部の郊外地区から市内を走り、ハノイメトロの一部として機能している路線である。中国国営企業の中鉄六局集団有限公司が建設、設計を担当し、車両と設備も中国製品を使用している。しかしながらその進行は、土地収用による問題や設計変更、工事事故の発生などによる複数回の工事中断もあり、実際の開業は2021年11月と当初予定より大幅に遅れた。2022年11月時点の統計によると、1日あたり平均乗車人数は3万2,000人であり、設計上の同最大運送力21万7,000人の約7分の1となっている。渋滞緩和や公共交通の利便性向上、およびバイクの利用減少による大気汚染改善への貢献を期待していたものの、バイク文化の浸透状況等を踏まえると、利用者の拡大には相応の時間を要する可能性が高い。

②ビンタン1号火力発電所

ビンタン1号火力発電所

ベトナム南部ビントゥアン省のビンタン1号火力発電所は、中国がベトナムへ投資している最大の発電プロジェクトである。中国送電大手の中国南方電網と電力大手の中国電力国際発展有限公司が95%を出資し、ベトナム国営のベトナム石炭鉱産グループ(ビナコミン)とともに建設した。年間発電量は80億kWであり、南部における電力の安定供給に貢献している。

タイにおける中国の影響

中国企業の投資拡大の影響を受ける日系企業も多く、中国企業の動向をより注視していくことが必要か

(1)タイと中国の歴史的背景

タイは中国と歴史上、領土、領海における紛争が少ない国であり、政府、民間ともに古くから良好な関係を継続し、1975年に国交を樹立し、2012年に両国が全面的な戦略的協力パートナーシップを構築した。近年でも両国首脳会談が頻繁に行われており、近時では2022年11月に中国の習近平国家主席がタイを訪問し、2023年2月にはドーン・ポラマットウィナイ副首相兼外相が中国を訪問した。タイ王室も複数回中国を訪問している。またタイは1993年より中国人が自由に海外旅行が可能となった最初の国であり、海外旅行先として中国人の人気も高い。タイ観光・スポーツ省によると、パンデミック直前の2019年にタイに渡航した外国人観光客の内、中国からの観光客は全体の28%を占めた(図表8)。ただし、コロナ禍後の中国人観光客の回復は周辺国より遅れており、タイ政府は中国人に対するビザ免除措置等の誘致に向けた施策を打ち出しているほか、9月25日にセター首相自らがビザなし第1陣となった観光客を空港で出迎えた動きもあった。

タイにおける国別外国人旅行者数(2019年)

(2)中国の投資拡大

ベトナムと同様、中国の産業構造転換、米国向け輸出時の高関税回避等を背景に、中国企業の海外生産移転の動きが強まる中、タイも中国企業の有力な投資対象国の一つである。2019年の中国からタイへの申請ベースの直接投資額は前年より大幅に伸び、全体の51.7%と過去最高の投資申請額となった(図表9)。2020年はCOVID-19の影響を受けて減少したが、2021年には回復し、2022年は774億タイバーツ(約31億円)と日本を抜いて国・地域別シェアの1位となった(図表10)。自動車・自動車部品、電子電気、縫製分野が投資の多い分野となっている。

中国からの直接投資額推移(2016年~2022年)世界からの直接投資額シェア(2022年)

近時は中国のEV関連企業によるタイ進出が拡大している。中国国内のEV市場における競争が激しく、国内市場の飽和化が懸念される中、EV関連企業にとって海外進出が事業拡大戦略の一つである。その中で特にタイが中国EV関連企業の人気を集めている理由は、①インドシナ半島の中心部でアセアン全体をカバーできる物流のハブとなる地理的優位性があること、②すでに自動車産業のサプライチェーンが構築されていること、③アセアンの中では港や物流網が整備されていて輸出拠点としての優位性があること、④中国との良好な関係から反中活動などの政治的リスクが低いこと、などが挙げられる。

上海汽車は2013年よりタイで部品製造を開始しており、その後も2017年に完成車工場として第二工場を建設し積極的な投資を進めている。その他、長城汽車、BYD、哪吒汽車、長安汽車、広州汽車などのEVメーカーも、相次いでタイでの現地生産に向けた投資を加速させている。

完成車以外のEV関連分野においても、中国からのタイ投資が増加している。充電インフラに関しては長城汽車と哪吒汽車はそれぞれタイの地場企業と提携して、充電スタンドの設置を進めている。車載電池に関しても、中国大手の寧徳時代の他、BYD、国軒高科などが、タイ現地生産に向けた検討を開始しており、中国企業のタイへの投資はより拡大していくと考えられる(図表11)。

タイにおける中国EV企業の進出動向

(3)中国の投資拡大が貿易経済等へ与える影響

タイにとって中国は最大の輸入国であり、アメリカに次ぐ輸出国である。中国からの輸入は2016年以降拡大傾向が続き、機械類、燃料、電子部品などが主要輸入品目である(図表12)。EV、家電等を中心に、中国企業がタイでの生産を拡大しているものの、高付加価値部品等は依然中国から輸出する動きが継続すると想定され、当面中国からの輸入は増加基調が続くと考えられる。一方、2022年の中国向け輸出額は前年比減少に転じた。自動車部品、電子部品、ゴム、果物等の減少が目立つが、中国のCOVID-19対策としての輸入制限および中国国内の消費低迷が、この輸出減少の原因と思われる。しかしながら、中国ラオス鉄道開通によりラオス経由でタイ産果物の中国向け輸出が急増する等、追い風が吹く分野もある。タイで今後の伸長が期待される産業に中国企業が注目し、新たな投資が創出される可能性も考えられる。

対中国輸出入額推移(2015年~2022年)

(4)日系企業への影響

タイにはアセアンで最も多くの日系企業が進出しており、中国企業の投資拡大の影響を受ける日系企業も多く、中国企業の動向をより注視していくことが必要となる。

中国企業の投資による通信インフラの改善は、日系企業にとっても生産性の向上等につながることに加え、日系企業が有する通信技術活用の裾野が拡大し、プラス材料として捉えることもできるだろう。またタイのサイアム商業銀行が2020年に行った調査によると、タイに進出した中国企業の約8割は、今後タイ企業や日系を含む外資系企業を調達先とすることも視野に入れており、その内の約3割は近い将来タイ国内での調達へ転換を検討している。中国企業が調達の裾野を拡大することは、日系企業のビジネス拡大機会獲得につながる可能性がある。

一方、日系企業と競合する分野においては、中国企業の大量参入により競争環境が激化することが予想される。すでにEV分野では、中国企業がタイ市場の積極的な開拓を進めており、従来日系企業が圧倒的なシェアを占めていた自動車産業は転換点を迎えている。中国企業の市場参入を織り込んだ新たな戦略を策定し、先んじて行動していくことが日系企業が生き残る重要なポイントとなるだろう。

タイにおける主要プロジェクト

①中タイ鉄道

中タイ鉄道

タイの首都バンコクから東北部のナコンラーチャシーマーを経由して、ラオスの国境にあるノンカイとつながり、その後ラオスの首都ビエンチャンから中国ラオス鉄道を使い、最終的に昆明に至る総距離873kmの高速鉄道である。2029年の開通予定であり、開通後にはバンコクから東北部までの所要時間が7割以上節約できる見込みである。両国政府は2010年から本プロジェクトの検証を開始し、当初は資金の一部を中国から借りる計画だったが、2023年にタイが資金を拠出し建設を主導すること、中国は技術と車両を提供することで合意した。2021年に開通した中国ラオス鉄道と異なり、中タイ鉄道は資金負担も含めタイ主導によるプロジェクトであるとされている。

②通信インフラ

通信インフラ

タイはデジタルを重点産業の一つに定め、通信インフラ整備に注力している。タイの通信大手であるAISは、中国大手通信会社中興通訊(ZTE)と包括的協力契約を結び、同社より高度な5Gネットワークの構築について技術提供を受け、開発を進めている。また同じく中国通信大手のファーウェイは5Gネットワーク技術やIoTソリューションなどを使い、タイ地方部の遠隔医療システムの構築に携わると同時に、タイのモンクット王国工科大学ラクラバン(KMITL)向けにタイ国内ではそれほど普及していなかった100Gのキャンパスネットワークを構築した。今後他の大学をはじめ、タイ国内施設への幅広い展開も計画している。

終わりに

ここまで、メコン5の4ヵ国における中国の影響拡大について説明してきた。各国の経済水準、中国との関係性も一律ではなく、中国企業の動向が日系企業へ与える影響も国により異なるものの、今後各国での事業活動を進める際には、中国企業の動向を正確に捉え、先行きを考えることが重要である。

住宅需要が減少する不動産部門、不良債権が増加傾向にある金融部門を背景に、2024年にかけて中国の景気は減速が予想されている。政府主導によるインフラ投資拡大、サービス消費の底堅さ等の下支え要因により底割れは回避したとの見通しだが、短期的には中国のアセアンへの投資が鈍化する可能性はある。

しかしながら、これまでの投資を通じて中国企業がアセアンにおいて一定のプレゼンスを確立していることを踏まえれば、一時的に投資が縮小したとしても、国内景気の回復とともに投資拡大へ転じるだろう。そのような観点も踏まえ、日系企業は投資環境の変化に対するアンテナを高めつつ、新たなビジネス機会を開拓していくことを期待したい。

みずほ銀行バンコック支店メコン5課
ArayZ No.144 2023年12月発行

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