THAIBIZ No.155 2024年11月発行タイの明日を変える!イノベーター大特集
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カテゴリー: 特集, スタートアップ, 食品・小売・サービス
公開日 2024.11.11
目次
豊富な資源を持ち農業に強みを持つタイだが、農業の効率性や土壌分析、肥料の使用状況などを見ると課題も多い。「土壌分析に着手できない農家に衛星データを活用した土壌分析サービスを提供できれば、適切な肥料の使用が可能となり、コスト削減と脱炭素に貢献できる」と力強く話すのは、日系スタートアップであるサグリ株式会社(以下、「サグリ」)の坂本和樹氏だ。同氏は、タイ最大の財閥CPグループやカセサート大学との実証事業を次々と実現させるなど、タイをはじめ東南アジアで積極的な事業展開に挑んでいる。
サグリ株式会社
シンガポール法人 東南アジア事業責任者
坂本 和樹 氏
タイの農家が抱える課題の一つに、肥料の適切な使用ができていないことが挙げられる。経済的な理由から、土の状態を診断する土壌分析が普及していないため、使用する肥料の適量が把握できてないことが原因だ。「肥料は多ければ多いほど作物が良く育つ」と思い込んでいる農家が多く、彼らは適量よりも多くの肥料を使用している。
肥料の過剰使用は、農家の経済負担増に加え、気候変動への悪影響にも繋がる。窒素が多く含まれる化学肥料は、土に撒かれた後、空気中に温室効果ガスを放出してしまうからだ。坂本氏によれば、この問題はタイのみならず、新興国の農家で見られるよくある問題だ。
こうした課題に挑むのは、2018年に日本で創業したサグリが提供する営農アプリ「Sagri」だ。衛星データとAI(機械学習)を用いて、生育や土壌などといった圃場の状態を可視化し、効率的な農業を実現できるアプリケーションサービスである。
坂本氏は「土壌分析はいわゆる、土の健康診断だ。状態がわかれば適切な処置(肥料の使用)のガイダンスを届けられるため、健康な状態(適正施肥・可変施肥)を保つことができる。Sagriでは、衛星データの解析を農地の土壌分析に転用することで、広域で過去の時期を含めた土の健康診断を行うことが可能だ」と説明する。さらに、適正な肥料の使用による脱炭素化が実現できれば、削減分をカーボンクレジットとして企業に販売することが可能であり、タイの農家に新たな収益源をもたらす可能性についても補足した。
では、どのように衛星データを活用して土壌分析ができるのだろうか。坂本氏によれば、同社が持つ衛星技術では、衛星の波長データを分析することから、土壌成分との相関関係を見出し、土壌分析を行うことができる。Sagriでは、同じ圃場内でも10メートルごとに土壌の状態を分析できるというから驚きだ。同氏は「土に含まれる窒素量などから、肥料の適切な使用量をレコメンドできる。サグリのCRO(最高研究責任者)を務める田中貴氏が、学術研究で生み出した技術だ」と、Sagriを使った土壌分析は最新技術の社会実装に向けた取り組みであることを強調した。
坂本氏によれば、タイの農家は、自分の土地の面積の把握も大雑把で、測量などによる正確な面積の把握はできていない。肥料会社からは通常、使用目安として「1ヘクタールあたり何キロ・何トン」という説明がなされるため、正しい面積を把握していなければ、適切な肥料の使用も困難だ。そこでサグリは、独自の「AIポリゴン(農地の自動ポリゴン技術)」を用いてタイの農地の区画(ポリゴン)も自動で可視化し、Sagriによる土壌分析と掛け合わせることで、適切な肥料量を抽出している。
2023年11月、サグリはCPグループ傘下であるBKP社と共同で「衛星データを活用した実証事業」の実施を発表。2024年2〜5月にかけて行われた実証実験では、BKP社の事業サイトであるとうもろこし農地を対象に、従来の方法での土壌分析の結果とSagriによる土壌分析の結果を比較することを目的としていた。CPグループとサグリの協業活動はまだ始まったばかりだが、坂本氏は「施肥の最適化による農地由来のカーボンクレジット創出事業も想定しつつ、今後もCPグループとの関係性を継続し、両社で協力していきたい」と展望について語った。
サグリは2024年2月、タイ農学に関する幅広い知識と研究で名高いカセサート大学とも「衛星データとAIを活用した土壌分析および脱炭素によるカーボンクレジット創出の実証事業」に関するMoUを締結。化学肥料の削減だけでなく、稲作の途中で水を抜く「間断灌漑(AWD)」によるメタンガスの削減など、幅広い脱炭素農法でのカーボンクレジット創出の研究を行っているという。
農業従事者でなければ聞き慣れないであろう間断灌漑(AWD)について坂本氏は、「この農法によりメタンガスの削減が期待できるが、例えば州レベルのような広域で間断灌漑(AWD)を普及しようとしても、目視でのモニタリングが難しい上に、大きなコストもかかる。サグリはJAXAと連携して、水の有無を衛星で識別できる技術を生み出した。この技術で広域での間断灌漑(AWD)を確実に定着させられれば、カーボンクレジット創出事業においても大きく前進できる」と説明する。
CPグループやカセサート大学との実証事業を次々と実現させる坂本氏だが、「タイでの活動においては、政府機関やローカルとの連携という観点ではベトナムやフィリピンよりも障壁が多い」と、難しい表情を見せる。同氏は具体的なポイントとして、「海外の企業との協業に慎重な姿勢」を挙げた。機械学習の技術では、その名の通り、膨大なデータを学習させることによって精度を上げることが可能だ。つまり、タイで精度の高い土壌分析や区画の可視化をしようとすると、政府機関が持つ農地データを提供してもらう必要がある。
坂本氏は「タイの政府機関は、データ提供にあたっては非常に慎重だ」とした上で、「地道な関係性の構築が必要不可欠だと思っている」と、一朝一夕では実現できない難しさがあることを明かした。
難しい部分がありながらも、タイで積極的に実証実験等に取り組んでいる理由として、同氏は「Sagriを東南アジアに普及させるにあたっては、土の性質も風土も異なる日本での実証実験よりも、農業が強く知見も豊富なタイでの『実験』は、土壌環境が似ている他の東南アジアに横展開する際に受け入れられやすいメリットがある」と説明する。
さらに、「CPグループがカンボジアやラオスでも農地を持っているように、東南アジアの他国に展開しているタイの財閥は多い。タイでうまく連携できれば、そのパートナーシップを他国でも応用することができるだろう」と、タイ財閥企業の持つ影響力の大きさについても期待を示した。
最後に、今後の展望について坂本氏は「積極的な他社・研究機関との連携、衛星ならではの広域性、スタートアップとしてのスピード感の3つをうまく掛け合わせて、事業をさらに普及させていきたい」と語った。知名度も、信頼というアセットも、リソースもないスタートアップが、タイの農家の人々の生活を大きく変えつつある理由は、決して革新的な技術力だけではない。丁寧に築き上げているローカルパートナーとの関係性こそが、「タイの明日を変える」最大の秘訣ではないだろうか。
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THAIBIZ編集部
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