クリエイティブ産業を推進し、タイの経済成長の起爆剤に 〜CEAディレクターのチャークリット氏インタビュー〜

クリエイティブ産業を推進し、タイの経済成長の起爆剤に 〜CEAディレクターのチャークリット氏インタビュー〜

公開日 2025.04.01

現在、クリエイティブ産業は、経済を牽引し、違いを生み出して世界で競争力を高める上で非常に重要な役割を果たす分野の一つだ。クリエイティブ・エコノミー・エージェンシー(CEA)は、タイのクリエイティブ産業を推進する重要な機関で、クリエイティブ人材の育成や事業開発支援、クリエイティブな場所の開発などを通じて、タイのクリエイティブ経済の発展を支援している。

CEAのディレクターのチャークリット・ピッチャヤーンクーン博士に、CEAの役割やタイのクリエイティブ産業の方向性、日本との協力関係を築く機会について話を聞いた。

(インタビューは2025年1月22日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)

CEAディレクターのチャークリット氏(左)、mediatorのガンタトーンCEO(右)
CEAディレクターのチャークリット氏(左)、mediatorのガンタトーンCEO(右)

クリエイティブ産業の人材・ビジネス・都市開発を推進

Q. クリエイティブ産業とは何か

チャークリット氏:クリエイティブ産業は5つのカテゴリー、15の分野に分類される。詳細は次の通り。

(1)クリエイティブ・オリジナル(創造的文化基盤・地域の知恵): 工芸、音楽、舞台芸術、視覚芸術
(2)クリエイティブ・コンテンツ/メディア: 映画、放送、出版、ソフトウェア(ゲーム・アニメーション)
(3)クリエイティブ・サービス:広告、デザイン、建築
(4)クリエイティブグッズ/製品:ファッション
(5)関連産業:タイ料理、伝統医療、文化観光(創造性により付加価値を高める産業。例えば、食品のパッケージデザインで付加価値など)

Q. クリエイティブエコノミーの推進にCEAはどのような役割を果たしているか

チャークリット氏:CEAは次の3つの側面において、タイのクリエイティブ産業を推進している。

(1)クリエイティブ・プロフェッショナル
全15分野におけるアップスキリング・リスキリングの活動を通じて、それぞれの分野のクリエイティブ人材を育成する。CEAは、各分野の関係者とそのニーズを把握し、それぞれのニーズに合った支援を行う。例えば、映画やドラマ、アニメーションを国際市場のニーズに応えるように後押しする「Content Lab」というプロジェクトだ。同プロジェクトは、プロデューサーや監督、脚本家、アニメーターなどを対象に、さまざまなワークショップや、国内外の投資家やプロデューサーとのマッチングを通じて実際の作品制作へとつなげることを目的としている。

(2)クリエイティブ・ビジネス
大使館や国際貿易促進局(DITP)と連携して海外市場へ展開するなど、クリエイティブビジネスを推進する。バンコク・アートディレクター協会(Bangkok Art Directors’ Association:B.A.D)と協力し、「B.A.D Young Lions Competition Thailand」を開催した実績がある。同コンペティションでは、若手の広告作品を募集し、フランス・カンヌで開催される広告業界の世界的なコンペティションである「ヤングライオンズコンペティション」への参加機会を提供した。

(3)クリエイティブ・シティ
クリエイティブ産業が持続的に成長するには、都市のインフラ整備が不可欠だ。CEAは、各県の優れたクリエイティブ産業をリサーチし、地方自治体や民間部門などの地方機関と相談し、さまざまな活動を共同で行う。例えば、「タイのクリエイティブ地区ネットワーク(Thailand Creative District Network:TCDN)」では、地域の文化資産を探索・開発・拡大し、「クリエイティブな経済地区 」として成長するための支援を行っている。現在全国に33都市がある。さらに、ユネスコの創造都市ネットワーク(UCCN)への登録も支援している。また、国際的なクリエイティブ・フェスティバルの開催も手がけている。

Q. クリエイティブ・シティ推進活動の具体的な事例は

チャークリット氏:例えば、バンコク・デザイン・ウィークでは、公的機関や民間企業、教育機関など、クリエイティブ産業に携わるすべての関係者と協力し、認知度向上を目指している。良いアイデアを持つ若いクリエイターが、選考により作品を提出するプラットフォームの役目を果たしている。さらに、バイヤーや国際的なパートナー、外国人アーティストなども参加し、取引や潜在的なバイヤーとの出会い、ネットワークを築く機会を提供している。

また、2022年より開催されている「Sound of Sisaket」では、シーサケート市自治体やシーサケート商工会議所、地元のクリエイティブ団体と協力し、シーサケートのアイデンティティを紹介した。特に音楽の面だ。シーサケートには強力な音楽的基盤があり、地元の音楽レーベルも多数ある。「タイ世界音楽大会」で優勝したマーチングバンドも所属しており、映画制作スタジオもあることが調査によってわかった。その結果、クリエイティブな音楽プログラムや音楽レーベルのパフォーマンス、知識交換セミナーなど、さまざまな活動を集めたフェスティバルが実現した。

クリエイティブ・シティを推進するCEAの長期的な目標は、各都市をユネスコ創造都市ネットワーク(UCCN)に加盟させることだ。2025年には、チャンタブリー県とシーサケート県を登録申請する予定だ。認定されれば、協力ネットワークが構築され、政府や関係機関からより良い支援を受けることができるだろう。

Q. チャークリット氏が就任してからこの2~3年で、CEAはどのような分野に力を入れてきたか

チャークリット氏:主に次の3つの分野を強化している。①CEAの活動とビジネスを結びつけ、ビジネスの価値創造を促進、②タイ国内だけでなく、海外への市場拡大にも注力、③技術をビジネス開発やクリエイティブ産業振興の重要なツールとして活用−だ。

TCDCの地方進出と、クリエイティビティの普及

Q. CEAが運営するタイランド・クリエイティブ・デザイン・センター(TCDC)の役割は

チャークリット氏:TCDCは、さまざまな業界のクリエイター向けのクリエイティブ・コミュニティスペースで、次の4つの形態ある。

(1)地方のTCDC
現在CEAが運営・管理しているのは、①中部地方:TCDCバンコク、②北部地方:TCDCチェンマイ、③東北地方:TCDCコンケン−の3ヶ所である。今後、南部の各県のネットワークと連携する拠点として、南部地方:TCDCソンクラーも展開予定だ。

(2)地域のTCDC
地元機関と協力し、①チェンライ県、②ナコーンラーチャシーマー県、③パッターニー県、④ピッサヌローク県、⑤プレー県、⑥プーケット県、⑦シーサケート県、⑧スリン県、⑨ウッタラディット県、⑩ウボンラーチャターニー県−の10県に展開。一般人や起業家、地域コミュニティのための学習・デザインとクリエイティビティの情報提供の場となっている。

さらに、各都市のアイデンティティを発展させる新サービス「Creative Lab」というスペースを通じて、地方コンテンツやアイデンティティの開発にも取り組んでいる。CEAはコンサルタントとして、クリエイティブビジネス開発や展示会、ワークショップの開催などを通じて、クリエイティブ産業を支援している。

(3)ミニTCDC
TCDCと教育機関とのコラボレーションで、地方に機会を広め、デザインリソースを提供するプロジェクト。全国31県45の教育機関に60のサービスポイントがあり、デザイン思考プロセスを促進し、地方の創造的なビジネスを発展させ、学生に新しいアイデアを触発する。

(4)TCDC Commons
民間企業とのコラボレーション。例えば、「TCDC Commons MunMunシーナカリン」は、CEAとシーコン・ディベロップメントの共同プロジェクトで、クリエイティブ・フードをコンセプトにしており、専門図書館や料理体験スペース、厨房機器貸し出しサービス、ブース出店のほか、さまざまなアクティビティを提供している。

クリエイティブ産業とソフトパワーの違いは目的とアプローチ

Q. クリエイティブ産業とソフトパワーの違いは何か

チャークリット氏:クリエイティブ産業とソフトパワーは、目的とアプローチが異なる。クリエイティブ産業とは、音楽や映画、ファッション、建築、広告など創造性に関する産業で、国内外を対象にしたものだ。一方、ソフトパワーは、自国の文化や価値観を広め、他国を魅了することで、自国の影響力やイメージの向上を図ることを目的としている。これはクリエイティブ産業に限定されず、タイ料理や文化観光、ウェルネスなども含まれる。

CEAは、クリエイティブ産業に焦点を当て、国内総生産(GDP)に対するクリエイティブ経済の価値を高め、タイ経済におけるクリエイティブ産業のシェアを拡大することを目指している。2022年のタイのクリエイティブ産業の価値は1兆2,800億バーツに達した。これはGDPの7.39%に相当し、100万人以上の雇用を創出した。

文化資本をクリエイティブ産業に活かす

Q. クリエイティブ産業をさらに発展させうるタイの強みは

チャークリット氏:他国が真似できない独自のアイデンティティである「国の文化資産」は何よりも重要な強みだ。例えば、ソンクラーン(水かけ祭り)やトムヤムクンなどが挙げられる。これらの文化資産はさらなる発展の可能性を秘めており、映画などのクリエイティブ産業と結びつけることができる。

具体的な例としては、タイの背景を通して中華系タイ人の家族の物語を描いた映画「How to Make Millions Before Grandma Dies(邦題:おばあちゃんと僕の約束)」だ。この映画は第97回アカデミー賞の国際長編映画部門の最終候補15作品に選ばれた。

Q. クリエイティブ産業の収入の傾向は

チャークリット氏:分野によって異なる。2023年のクリエイティブ産業で働く人の収入の中央値は約18,000バーツ/月だった。その中で特に中央値が比較的高いのは専門性が求められる職業で、ソフトウェア(ゲーム・アニメ)分野では約35,000バーツ/月。また、競争率の高いファッションや建築分野では約25,000バーツ/月だった。

日本とコンテンツやデザインの分野で協力のチャンス

Q. 印象に残っている日本の特徴は

チャークリット氏:日本は、ライフスタイルやファッション、食べ物など、独自のアイデンティティと個性を持っている国だ。外国の文化の影響を受けつつも、独自のアイデンティティを保ちながらうまく融合している。これは日本の特徴だと思う。

Q. 日本とのクリエイティブ産業における協力のチャンスは

チャークリット氏:日本の強みであるコンテンツやデザインでの協力を拡大する可能性はあると思う。例えば、映画やドラマの共同制作や、タイ人デザイナーの雇用、クリエイティブ産業への投資など、さまざまな可能性がある。

日本はクリエイティブ産業におけるファースト・ムーバーだと考えられる。芸術や文化でビジネス価値を創造することに優れている。特にアニメや漫画、ドラマだ。日本の考え方とプロセスをタイのコンテキストやコストに適用することで、タイのアイデンティティを保ちながら新たな価値を創造できるだろう。

Q. これまでの日本とのコラボレーションの実績は

チャークリット氏:さまざまな協力事例がある。例えば、チェンマイ県に無印良品の店舗がオープンする際に、MUJIリテール(タイランド)と協力して地元のクリエイターを発掘したことだ。CEAは同社の幹部に、チェンマイで有名な手工芸品を手がけるいくつかの陶芸スタジオを案内した。

その後、同社はスタジオを選定し、「クラフトコミュニティ支援協働プログラム」プロジェクトの下で、店舗で販売する商品の共同開発を行った。クリエイティブなローカルブランドから商業ブランドまでをグローバルブランド市場に押し出すことを目指しており、今後さらに「Found MUJI」というプロジェクトも実施する予定だ。

さらに、CEAは2024年に東京で開催されるタイ・フェスティバルに、外務省広報局文化交流課の支援で、デザインやファッション、食品、タイ文化などの分野で活躍するタイの起業家たちを出展させた。市場開拓や雇用につながる機会を提供し、海外での認知度を高めていきたいと考えている。

また、2024年12月に開催されたチェンマイ・デザイン・ウィークでは、日本人デザイナーを招待し、タイのデザイナーと約1ヶ月間にわたってアイデア交流や製品開発を行う「デザイナー・イン・レジデンス」も実施した。

Interviewee Profile

チャークリット・ピッチャヤーンクーン博士(Dr. Chakrit Pichyangkul)
Executive Director, Creative Economy Agency (Public Organization)

米国で学士号と修士号を修得し、チュラーロンコーン大学テクノプレナーシップとイノベーション・マネジメント(Technopreneurship and Innovation Management)の博士号を取得。RSグループ傘下の企業でマネージングディレクター(MD)を務め、新製品の市場開発等を手掛けた。

THAIBIZ編集部

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