カテゴリー: ASEAN・中国・インド, スタートアップ
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.11.04
タイなど東南アジアでもベンチャーやスタートアップが経済システムの構造変革と新たな成長のけん引役になることへの期待が着実に高まっている。今年後半も日本貿易振興機構(ジェトロ)などが支援し、日本のスタートアップ企業が出展するイベントが相次いだ。8月上旬には東南アジアのハイテク「エコシステム」促進の定番イベントとなった「Techsauce Global Summit 2024」が「人工知能(AI)」をテーマに開催され、日本のスタートアップ企業も参加。さらに8月中旬のSUSTAINASIA WEEK(SETA)2024でも、ジェトロが開設したジャパンパビリオンにはタイでは馴染となりつつある日系スタートアップ企業が出展、ピッチに登壇した。
そうした中、10月17日にバンコク市内にCPグループが開設、スタートアップ企業のメッカとなりつつある複合施設「トゥルー・デジタル・パーク」で、日本のベンチャー企業のエコシステム作りを担ってきた「Leave a Nest(株式会社リバネス)」による「TECH VENTURE MEETUP」という民間主催のユニークなピッチイベントが開催された。リバネスを創業した丸幸弘代表取締役・グループ最高経営責任者(CEO)に東南アジア各国の起業環境などについて話を聞いた。
「東京大学で感じたのは、すごい技術があるのに全く使われていない。これらの技術を世界に出そうということで、『Leave a Nest(巣立つ)』を創業した。東大の先生は超優秀なのに、コミュニケーションがあまり得意ではない。また研究開発している技術がすごく深く、専門的すぎる。これは何に使うのかと聞くと、『真理の追究』だと言う。一方、米国の大学では『真理の追究』と『社会実装』の同時実現を目指す。学生の中でもアカデミアに行くセンスのある学生、それを社会実装するセンスのある学生を教授が見出し、それぞれキャリア開発をしている。それを知って、2002年、東大の修士2年生の時に『科学技術の発展と地球貢献を実現する』というビジョンのもと、15人の学生がリバネスを作った」
リバネスの丸代表は会社創業の動機をこう語る。そして当時はベンチャーという言葉すらあまり聞かず、就職氷河期でもあり、本来は大企業に行くはずだった優秀なマスターやドクターがどんどんジョインしてくれたという。そしてリバネスは研究開発だけでなく、事業開発や人材育成の仕事も始めた。今では教育開発、人材開発、研究開発、創業開発をワンストップで企業に提供するのがメーンビジネスだ。
今回のイベントでは、経済産業省管轄の日アセアン経済産業協力委員会(AMEICC)から「日本国外にある事業のチャンスをつかむために、日本のベンチャーを東南アジアに連れていく仕事をリバネスに委託したい」と頼まれた。AMEICCの「日本のスタートアップによるASEAN企業との協業を通じた海外展開促進事業」の採択を受け、17社のベンチャー企業の3カ国への展開を支援。タイでは、8月にTechsauce Global Summitにベンチャー企業6社と共同出展し、タイの財閥や大手企業との関係性を構築。そして今回は 「TECH VENTURE MEETUP」を主催し、日本とタイのベンチャーをミートアップさせ、そこにタイのベンチャーキャピタルや財閥も連れてきた。
丸代表は、リバネスの活動は「ディープテック」の支援だと強調する。ディープテックとは「人類の重要課題を根本的に解決するための、科学技術の集合体のことを指す。従来の技術開発が応用研究や短期的な商業化を重視していたのに対し、ディープテックは基礎研究や発見から始まり、長期的視野で持続可能な解決策を提供することを目指す」という。対照的なのはIT産業だ。丸氏は「ディープテック分野はITと違って世界に展開できる。ITはローカライズされていて、日本では日本語の方が良かったりするので、なかなかグローバルにはならない。特に英語のランゲージバリアがある日本から海外は難しい。ITは日本の中でガラパゴス化する方が利益率が高いので、なかなか外に行けない」と説明する。
そして、大学の技術を掘り起こした後、どの市場に持って行き、プランテーションしていくかがリバネスの主要テーマとなった。2014年に東京とシンガポールで「TECH PLANTER」というディープテックベンチャーのエコシステム形成を同時スタートさせ、翌2015年にマレーシア、2016年にタイでも展開した。当時はまだJETROや日本商工会議所、大使館とも連携できなかったので、現地の大学や政府にいる友人らに協力してもらった。タイではチュラロンコン大学が強くて、ディープテック分野の研究者とも親しく、初期は大学の中で活動を始めたという。
リバネスは、米国、英国にも法人を持っているが、米国でのビジネスは厳しく、米国の投資家が今どこの市場をみているのかといった情報収集のハブとして米国を位置づけている。丸代表は、「日本のベンチャーは東南アジアの方が花開く。それを見た米国の投資家から米国に来ないかと言われたらチャンスだ」と指摘する。特にタイについては、国内総生産(GDP)が低下していることが逆にチャンスになるという。英国に進出した際も、英国が欧州連合(EU)離脱を決めた時に皆が逃げ出すので逆にチャンスだとして進出を決めたと説明。「タイがGDPでマレーシアに抜かれるということは何か課題があるということで、タイでわれわれへのニーズが高まる可能性がある」という逆転の発想を訴えている。
そしてリバネスの東南アジア進出ではまず2010年にシンガポール、2013年にマレーシアに法人を設立。日本との時差が1時間のこの2カ国を主要拠点にした。続いて、時差が同じ1時間で英語圏のフィリピンに2021年に進出。これら3拠点で社長含め約40人がローカルメンバーとして地元政府や企業の仕事の獲得に注力している。そしてその次にタイ、インドネシア、ベトナムに照準を合わせているという。この3カ国の共通点は、「“先輩”である日本企業が既に多数進出し、頑張っている」ことで、これら日本企業と戦わず、邪魔をせず、「共生」していくのが基本姿勢だという。
リバネスの丸代表は、タイでのベンチャー事業の課題について、「タイの財閥コミュニティーの中ではなかなかベンチャーは育たない。タイのベンチャーは海外に進出しないとユニコーンにならない。タイの財閥はこれから日本や欧米などの海外のベンチャーに投資する練習をする必要がある。そしてこの海外ベンチャー企業をタイに呼び込み、同じ分野のタイのベンチャーを合併・買収(M&A)するという作戦に変えていかないと、タイの産業は大きくならない」との見方を示す。そして、「タイの財閥は最初からベンチャー企業を摘み取るのではなく、大きくなってからハーベストするなど、もっと寛容な姿勢で臨んでほしい」とも訴える。
そして今、日本政府も海外の投資家に日本のベンチャー企業への投資に力を入れているが、まず欧米のベンチャーキャピタルが日本のベンチャー企業に投資するようになり、これにシンガポールや韓国の投資家も追随しているという。さらにこれからはマレーシアやタイの企業にも期待できると強調。「リバネスが支援する約3000社の日本のベンチャー企業に投資したいが、どうやったら良いかという話が出てきている。われわれはディープテックしかやらないので、ディープテックが好きな財閥系はリバネスと組めるだろう」とアピールする。
丸代表は東南アジアではこれから国ごとにベンチャーの特徴が出てくるのではないかとの見通しも示す。「技術レベルはシンガポールがピカ一だ。天然資源ではインドネシア。半導体・ロボティクスならマレーシア。バイオテクノロジーやヘルスケアならタイが強い。具体的にはアンチエイジングなどの治療系だ。人工知能(AI)やITではベトナムが強くなるのではないか。フィリピンは若い労働力が多く、日本に1番近い国なので、日本と協力していく必要がある。英語力も高い」と東南アジアビジネスの未来図を語った。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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