激動するタイ市場を走破せよ! 三菱自動車が挑む日本のHEV最前線

THAIBIZ No.162 2025年6月発行

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激動するタイ市場を走破せよ! 三菱自動車が挑む日本のHEV最前線

公開日 2025.06.10

地場に根ざした技術を強みにフレキシブルなタイ市場に対応

xEV化の波が押し寄せるなか、タイのニーズに合ったHEVで勝負する同社。鍵となるのは、60年前から変わらず「技術」だ。THAIBIZ編集部は今回、生産拠点の中心となるタイ東部チョンブリー県にあるレムチャバン工場、さらには開発(R&D)テストコースを訪問。現地に根付いた技術開発に挑む現場を追った。

地理的環境を活かした日本国外最大の生産工場

三菱自動車タイランドの2024年の生産台数は約23万5,000台だが、うち91%に当たる21万5,000台が輸出車だ。

約5,000人の従業員が在籍するレムチャバンの工場には3つの車体工場と1つのエンジン工場があり、エクスフォース、エクスパンダーなどのHEVモデルだけでなく、ピックアップトラックのトライトンや同フレームをベースとしたPPVであるパジェロスポーツ、そしてミラージュ、アトラージュなどのエコカーまで生産する。

強みは、レムチャバン港まで3.5kmという地理的環境だ。生産された輸出車は、工場から自走して船へ乗り入れる。

岡崎工場の生産技術を軸に多様な電動化に対応

HEVモデルにおいても、バッテリー組み立て、車両の組み立てともに同工場で行う。同社のHEVの強みとは何か。生産現場を実際に視察した後、工場長である小泉伸彦副社長に話を聞いた。HEV生産ついて同副社長は、「日本よりも先にタイで始めたという点で、新しいチャレンジだった」と振り返る。

例えば「エクスパンダー/エクスパンダークロスHEV」の生産では、従来のICE車とは異なる車両構造や工法が必要だった。設備や作業者の動線・工程を見直し、研究を重ね、HEVに最適な仕掛けを導入した。

ただし、工場内の製造ラインはHEV専用ではない。ICE車とPHEV車を同一ラインで生産する混流体制を敷いている日本最大の岡崎工場同様、タイにおいても複数モデルを同じラインで生産できる「フレキシブルな工程設計」を取っており、HEVとICE車の混流体制を敷いているのが特徴だ。

走行性能にこだわった“EVらしい”次世代HEV

同社のHEVモデルの特徴は、「EVらしい」スムーズな走りだ。長年培った電動技術を応用し、タイで投入するHEVモデルはモーター駆動主体の制御のため、スムーズかつレスポンスの良い走行性能を実現。限られた電力量での走行が基本となるHEVにおいても、エンジンの存在を意識させない“ストロングハイブリッド”を作り上げた。

同副社長は、三菱自動車がタイ市場で評価されている理由の一つは、「走行性能」だと言い切る。特に四輪制御技術やサスペンション、足まわりの作り込みには定評があり、かつてのランサーやパジェロのラリーカーに見られるような「走り」の技術が息づいているという。

タイ・ASEANの環境に寄り添った設計

今回のHEVモデルも既存モデルと同様、日本とは異なるタイの道路事情を考慮している。同副社長は「最低地上高を高めに設定したり、サスペンションの動きに工夫を加えたりと、実際の使用環境を見据えた設計をしている」と説明する。

また、品質管理面では、当社独自に開発したITシステム「EWI(Electric Work Instruction)」を導入。組み立て作業の手順をシステム上に表示し、その通りに作業すれば品質が保たれる仕組みで、万が一手順を誤っても、システムがエラーを出すため誤作業を防止できるのがメリットだ。

さらに、作業内容はすべて記録され、e-Checkと呼ばれる品質検査でも個別の車両ごとにトレーサビリティが確保されている。仮に市場で問題が発生した場合でも、すぐに過去の記録を確認して原因分析ができる。

同副社長は最後に、「レムチャバン工場は、HEVを生産する当社唯一の拠点だ。エクスフォースの発売前にはタウンホールミーティングを実施した。バンコク国際モーターショーやラインオフ・セレモニー、出荷セレモニーといった節目のイベントでは、社員同士が集まり写真撮影を行うなど、士気を高める工夫を続けている。現場のモチベーションは非常に高いと感じる」と、その手応えを語った。

高い部品現地調達率とサプライチェーンへの課題

レムチャバン工場周辺100km圏内にはサプライヤーの約90%が所在しており、エコカーやピックアップに関しては90%を超える高い現地調達比率となっている。同社の工場では地場に根付いた効率的な生産体制が構築されているだけでなく、サプライチェーンの雇用創出にも繋がっている(図表2)。

出所:三菱自動車タイランドのデータをもとにTHAIBIZ編集部が作成

EVの製造ではICE車より部品点数が減少するため、サプライヤーへの打撃が懸念されている一方、HEVの現地生産は、ICE車モデルの生産と同様のサプライチェーンを活用することが可能だ。このことからも、今HEVを生産することはタイ自動車産業全体のxEV化における、同社の一つの答えであると言える。

現地のエンジニアも変化への対応が必要

レムチャバン工場ではエンジニアもタイ人が主体で、多くのメンバーが長く勤めており、経験も豊富だ。最後のインタビューでは、自動車産業の川上とも言える、生産と開発を担うタイ人のエンジニアに話を聞くことができた。

生産技術部ゼネラルマネージャーのナットゥアン・ナーンロップ氏は、エクスフォースHEVは最初、極秘プロジェクトとして限られたメンバーで準備を進めていたと明かした。

「そのため、社内でも詳細を知っている人は少なかった。実際に車が完成した際は、社員が現物を見て非常に感動していたのが印象的だった。新しく若者に人気が出そうなデザインのほか、HEVなので技術的なおもしろさもある。スタッフ間でも“ぜひ購入したい”と期待の声が上がっていたほどだ。新作であるエクスフォースHEVは発表後の反応も非常に良く、多くのスタッフが関心を持っている」と話す。自分たちが作った車を自分たちが欲しいと思えないなら、おそらく売れないだろう。

また、同氏は「今、市場では電動化が進み技術が急速に変化している時代だ。ICE車からHEV、そしてEVへと移行していく中で、エンジニアとしては常に変化を受け入れて新しいことを学び続ける姿勢が求められている。当社ではそれを後押しする体制が整っており、かつ走行性能を重視するブランドのDNAも大事にしている。どのような道路状況でも実用的で、タイのニーズに応えられる自動車を提供していきたい」と抱負を語った。また、「日本チームがタイをHEVの生産拠点として信頼してくれたことに感謝している」と述べた。

タイ人が開発から関わる現地に「強い」生産体制

同社には開発(R&D)拠点もあり、レムチャバン工場から25kmほど離れた場所に、日本国外で唯一車両評価が可能なテストコースを有している。約130名の開発スタッフが在籍しており、テストコースは現地ニーズへの対応力を高める車両開発や品質検証を行う上で、極めて有効な設備となっている。

エクスフォースHEVは、開発段階からタイ人担当者が関わっていることも注目すべき点である。基本的な開発は日本で行うが、地域特有の事情に対する追加開発やチューニング等は合同で実施している。

認証や法規に関わる適合に加え、最終的に日本の開発者とともにタイ国内のあらゆる路面をのべ10万km以上テスト走行し、タイの道路環境に最適化されたサスペンションを採用。厳しい環境下でも優れた走行性能と安定性を発揮するよう工夫している。

R&D車両実験部チーフスタッフのタニソーン・シンパッタナコーン氏は、「エクスフォースのガソリンモデルはインドネシアでも販売しているが、HEVは初となり、仕様も異なる。タイ向けHEVモデルは、タイ国内のさまざまな道路状況に対応できるよう、細部にわたる調整を施している。実際、テスト走行は北部の山岳地帯を含めた全国各地で実施しており、気候や地形の変化にも対応できるよう綿密に開発を行った」と説明する。

また、開発過程においては、「タイ人エンジニアの意見を尊重し、アイデアを取り入れる機会を与えてくれた。われわれタイ人チームの提案や知見が反映されており、日本のチームと共に開発に携われたことを誇りに思う」と締めくくった。

取材チームは今回、エクスパンダーおよびエクスフォースのHEVモデルを実際に試乗した。いずれも操舵性に優れ、しっかりと地面を踏みしめるような力強い走りが印象的だ。その背後には、人材育成や技術移転など、タイの未来を見据えた戦略と日タイの強固な生産体制がある。ASEAN市場を着実に進み続ける、三菱自動車の走りを見届けたい。

▼▼▼レムチャバン工場での取材とテストドライブの動画はこちら▼▼▼

【独占取材】タイの三菱自動車HEV生産工場に潜入!

THAIBIZ編集部
和島美緒

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