タイ経済が「2%成長」にとどまる本当の理由とは 〜キアトナキン・パトラ銀行(KKP)のバンヨン・ポンパーニット会長インタビュー

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中

タイ経済が「2%成長」にとどまる本当の理由とは 〜キアトナキン・パトラ銀行(KKP)のバンヨン・ポンパーニット会長インタビュー

公開日 2026.10.02

タイの経済成長率はかつての8%前後から、現在は2%程度まで低下。東南アジア最下位圏の経済成長率とも言われている。その背景にあるのは、人件費の上昇や個別産業の競争力低下だけではない。タイの資本市場を48年にわたり見てきたキアトナキン・パトラ銀行(KKP)のバンヨン・ポンパーニット会長は、複雑な法律や許認可、外国企業の参入規制など「国の仕組み」に問題があると指摘する。タイ経済はなぜ成長力を失ったのか。そして、日本企業はこれからのタイとどう向き合うべきか。

キアトナキン・パトラ銀行(KKP)のバンヨン・ポンパーニット会長(左)、mediatorのガンタトーンCEO(右)

タイはなぜこれまで成長できたのか

Q. 現在のKKPはどのような立ち位置にあるか

バンヨン会長:私が資本市場に足を踏み入れたのは、タイ証券取引所(SET)が始動したばかりの頃です。それから48年以上にわたり、タイの資本市場を見てきました。

KKPは、消費者向けローンや資本市場に強みを持つ金融グループです。特に資本市場では、証券業務で40社を超える競合がある中、長年にわたり市場シェア第1位を維持してきました。新規株式公開(IPO)や大型の合併・買収(M&A)など、投資銀行業務も私たちが強みとしてきた分野です。

こうした仕事を通じて、私はタイ経済を国内から見るだけでなく、海外の投資家がタイをどう評価しているのかも見てきました。日本企業がタイに何を期待し、逆にどのような問題に懸念を抱いているのか。その両方を見ることができる立場にあります。

Q. 1980年代を振り返り、タイが日本企業の進出先として選ばれた理由は

バンヨン会長:大きな転換点は、1985年のプラザ合意です。これを機に、日本企業は生産拠点を海外へ移すようになりました。当時のタイには、その受け皿となる準備が整っていました。政治は安定し、深水港を備えたイースタンシーボード工業団地計画もありました。

一方、ベトナムはまだ閉鎖的な経済体制にあり、フィリピンもマルコス政権時代の混乱から立ち直る途上でした。比較すれば、タイは最も魅力的な選択肢だったのです。

日本企業がもたらしたのは、資本だけではありません。タイを「輸入する国」から「輸出のために生産する国」へと変え、製造業のあり方そのものを転換させました。

しかし現在、タイが当時持っていた優位性は失われつつあります。経済成長率はかつての8%から5%、3%へと徐々に低下し、現在は2%程度にとどまっています。

低成長の本質は「国の仕組み」にある

Q. タイ経済が成長力を失った根本的な原因はどこにあるか

バンヨン会長:「制度」に問題があると考えています。つまり、法律や規制、行政、政府機関など、国を動かす仕組みです。

世界各国の指標を見ると、一人当たり所得など「経済的に豊かな国」と、民主主義や法の整備など「制度の質が高い国」は、日本をはじめ、ほぼ重なっています。つまり、国が持続的に豊かになるためには、法律や行政、政治といった「国の仕組み」が重要だということです。

一方、タイはほぼすべての指標で後退を続けています。率直に言えば、この15年間、タイは構造的な停滞に陥っていると考えています。

Q. タイの「国の仕組み」には、具体的にどのような問題があるか

バンヨン会長:一つは、「国家が大きすぎる」、つまり政府部門が肥大化していることです。公務員の数は毎年増え続け、今では国家予算の中でも公務員給与が非常に大きな割合を占めています。地方へ権限を分散させている日本とは異なります。

また、法律や許認可も多すぎます。タイには10万を超える法律があり、許認可は4,000種類に及びます。経済協力開発機構(OECD)もかつて、これほど多くの法律や許認可を持つべきではないと助言しています。許認可が多ければ行政手続きが複雑になるだけでなく、「お茶代」と呼ばれる非公式な心付けを要求する余地も生まれます。これは外国企業がタイへの投資を検討するうえでも障害になります。

近隣国に目を向ければ、ベトナムは政府部門の縮小に本気で取り組んでいます。タイもこうした改革に踏み出す必要があります。

競争から守られた産業、タイに必要な「5つの改革」

Q. こうした制度上の問題は、産業の競争力にどのような影響を与えているか

バンヨン会長:わかりやすい例がサービス業です。すでに製造業より大きな規模を占めていますが、生産性は高くありません。その背景には、経済的ナショナリズムがあります。タイのサービス業は、ほぼすべての分野で外国企業との競争を制限してきました。銀行、保険、通信、航空、海運などが代表的で、多くの分野では大株主をタイ人とすることが求められています。不動産の保有にも制限があります。

そのため、外国企業がタイでサービス事業を展開しようとしても、非常に動きにくくなっています。高い価格で企業を買収しても、最終的にはマイノリティ株主にとどまらざるを得ない。これは消費者や国全体の競争力を犠牲にして、タイの資本を保護しているということです。世界の優れた企業と競争する機会がなければ、私たち自身の競争力も高まりません。

タイの銀行業界も、競争不足による課題を抱えるサービス業の一つです。多くの国と比べてタイの銀行は、預金金利と貸出金利の差が他国と比べて大きいにもかかわらず、効率性が高いとは言えません。業界にいる私自身でさえ、自由化はもっと進めるべきだと考えています。

さらに深刻なのは、サービス業の非効率性が、製造業をはじめとする他の産業の負担になっていることです。

Q. タイは具体的に何を変える必要があるか

バンヨン会長:政府が目指しているような特定のターゲット産業を後押しするだけでは、根本的な解決にはなりません。国の基盤となる構造そのものを立て直す必要があります。必要な改革は、大きく5つあります。

①政府部門の規模を縮小:必要以上に多い公務員の数を見直すとともに、汚職の温床にもなり得る過剰な法律や許認可を減らす。そのための規制撤廃が必要です。

②国有企業を民間に委託:単に株式の一部を売却し、実際には政府が従来通り支配し続けるようなやり方では十分ではありません。かつて経営危機に陥ったタイ国際航空のケースは、プロ経営を委ねれば、結果を変えられることを示しています。

③サービス業の自由化:金融、通信、航空などの分野で外国企業が参入し、競争できるようにすべきです。保護され続ければ、企業は自ら変わることを迫られません。

④経済協力開発機構(OECD)加盟プロセスの加速:加盟に求められる厳格な基準に対応することで、タイは法の整備や透明性の水準を引き上げざるを得なくなります。

⑤改革に対する社会的合意の形成:民間部門や国民から政府へ向けた改革への圧力が十分に大きくならなければ、こうした改革を実現することはできません。

タイを変えてきた「外国資本」とグローバル化

Q. これまで実際に、タイ企業や市場の水準を引き上げてきたものは何か

バンヨン会長:外国からの投資です。タイの資本市場が発展した時期は、世界でグローバル化が進んだ時期とも重なります。そして、海外から流入してきたのは資本だけではありません。外国の投資家が求めるさまざまな基準も一緒に入ってきました。

その一例が、2013年に三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)がアユタヤ銀行(クルンシー)の株式を取得した案件です。私たちはフィナンシャル・アドバイザーを務めました。外国の金融機関が大株主になれば、経営の透明性やコーポレートガバナンスにも国際的な水準が求められます。

これは銀行に限りません。外国の機関投資家がタイ企業の大株主になれば、それがエネルギー企業でも製造業でも、会計基準やガバナンス、透明性の向上が求められます。外国資本は、資金とともに新しい基準をタイへ持ち込む。これが、タイを変える力になってきたのです。

Q. グローバル化が世界経済を成長させる一方、なぜ先進国では「所得が伸びない」という不満が生まれたのか

バンヨン会長:「エレファントカーブ(Elephant Curve)」と呼ばれるグラフを見ると、その背景がよく分かります。世界の人々を最も貧しい層から最も豊かな層まで並べ、グローバル化によって誰の所得がどれだけ伸びたのかを示したものです。

大きな恩恵を受けたのは、開発途上国の中間層です。世界の最富裕層の所得も大きく伸びました。一方、米国や日本などの先進国の中間層は所得の伸びが小さかった。世界経済全体が成長していても、その恩恵を十分に感じられない人々がいたということです。これが、先進国でグローバル化への反発が強まった背景にあります。

図表1 エレファントチャート 出所:Christoph Lakner and Branko Milanovic(2013)のデータに基づきKKPが作成

Q. 一方で、中国などの開発途上国は先進国との差を縮めた。それがなぜ貿易戦争や米中対立につながったのか

バンヨン会長:グローバル化が最も進んだ時代は、世界経済が最もよく成長した時代でもあります。開発途上国は先進国との差を縮め、中国はその最も明確な例となりました。米国も成長していましたが、相対的にその伸びが小さかったということです。

そうした競争のなかで、米国には二つの選択肢がありました。一つは、自らを鍛えてより強くなること。もう一つは、競争相手を蹴落とすことです。そして米国が選んだのは後者でした。その結果が貿易戦争であり、現在では新たな冷戦や地政学上の問題へと広がっています。

日本企業は、これからもタイの重要なパートナー

Q. タイの制度に多くの問題があるなか、今後のタイ経済をどう見ているのか

バンヨン会長:タイの制度は今、非常に厳しい状態にあります。しかし、私は前向きに見ています。これ以上悪くなりようがないところまで来ているのであれば、あとは良くなる余地があるからです。タイ社会も次第に問題を認識し始めています。多くの人が問題を共有するようになれば、それが変化を生み出す力になります。

Q. 日本企業はこれからタイとどのように付き合うべきか

バンヨン会長: 単年度の経済指標だけでタイを判断しないでほしいと思います。国内総生産(GDP)成長率の低さや複雑な規制だけではなく、この国に改革を迫る圧力が生まれていることにも目を向けてほしい。問題の構造を理解し、備えている企業は、変化が訪れたときに優位に立てるでしょう。

タイと日本には、まだ一緒に築いていけるものが数多くあります。歴史を振り返っても、日本から資本が入るたびに、新たな技術や経営の基準が持ち込まれ、タイもそれに適応してきました。

外から新たな競争や基準が入るたびに、それに適応し、前進してきたのがタイです。これからの改革の局面でも、日本企業はタイの成長を支える重要なパートナーであり続けると考えています。

Interviewee Profile

バンヨン・ポンパーニット 氏(Mr. Banyong Pongpanich)
Chairman of the Executive Committee, Kiatnakin Phatra Bank (KKP) PCL.

チュラーロンコーン大学で経済学士号、同大学サシン経営大学院で経営学修士(MBA)を取得。現在、キアトナキン・パトラ銀行(KKP)執行委員会会長。タイ開発研究所(TDRI)の理事・執行理事、首相顧問などを歴任し、金融・経済政策分野で豊富な経験を持つ。

>>本連載「タイ企業経営者インタビュー」の記事一覧はこちら

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP