カテゴリー: ビジネス・経済, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.07.18
前回のこのコラムで、豊かなタイ農業のさまざまな形の1つとして、特に中国からの需要急拡大で一躍、タイの主要輸出産品の1つに躍り出たドリアン取り上げた。しかし、タイを代表する輸出産品は長年コメであり、今でも、世界のコメ輸出国のトップ3には必ず入るタイを代表する農産物であることには変わりはない。今回は、アユタヤ銀行の調査会社クルンシィ・リサーチが今年6月に公表したタイのコメ産業の見通し(2023~2025)リポートを紹介することで、タイのコメ産業の現状を概観する。
同リポートはまず、Executive Summaryで「2023~2025年にはエルニーニョ現象発生予想とそれに伴う降雨量の減少、灌漑水の限界から国内のコメ生産量は若干減少するだろう」との見通しを示した上で、クルンシィ・リサーチの見方として、「価格は上昇傾向となるものの、生産コストの上昇と競争激化がコメのサプライチェーン全体の収益性を圧迫するだろう。これが精米工場や倉庫を通じてコメ農家から、小売業者まで全関連産業に影響を与え、特に中小企業はリスクにさらされる」と警告した。
続いて同リポートはタイのコメ産業の概要を改めて紹介する。「コメは長年、タイの主要輸出品目であり、その耕作面積は全農地面積の43.7%を占め、コメ農家の戸数は510万人(全農家戸数の63.6%)だ」とした上で、コメ農家は長年、価格保証制度などの政府支援の対象となり、その他、金融面や新品種の開発などの支援も受けてきたと説明する。
そしてタイのコメ生産・輸出の世界市場におけるポジションについて、2021~2022穀物年度のタイのコメ生産高の世界シェアは4.0%で、中国(29%)、インド(25.5%)、バングラデシュ(7.0%)、インドネシア(6.7%)、ベトナム(5.2%)に次ぐ第5位だと報告。一方、輸出額の世界シェアは13.5%と、インド(38.8%)に次ぐ2位だ。ただ輸出市場ではインドの他、ベトナム、パキスタン、ミャンマー、中国との競争に直面している。ただ、コメはもともと国内の食糧安全保障を維持するための役割が大きく、国内消費が大半で世界の全生産量に占める輸出量は11.1%に過ぎない。
タイのコメ生産は主に降雨に依存しているため、主要な作付け期は雨期の始まる5~6月、収穫作業は10月から年末にかけてで、このメーンクロップ期間が国内生産量の81%を占めている。残り19%が乾季のいわば裏作となり、灌漑用水で栽培されるため、作付け地域は主に中部と北部に限定される。
同リポートによると、過去10年間のタイのコメの年間生産量は平均で3100万~3300万トン。このうち2000~2200万トンが精米となり、さらにこのうち1000万~1200万トンが国内消費向けに回り、残りが輸出と在庫に振り向けられる。生産量の約30%が消費者に直接販売されるが、消費者向けの主な流通ルートは大手スーパーなどでの袋入り販売が43.1%で、主に地方の小規模食品小売店が55%、その他、電子商取引(EC)などが1.9%となっている。一方、消費者への直接販売以外は、約25%が米粉、即席おかゆ、米麺、米菓子、お酒の原料、動物飼料などの加工業者に供給され、5%が種子用、そして残り40%が輸出用となる。
主な輸出先はイラク、南アフリカ、中国、米国、ベナン、日本など。輸出される種類は白米が2022年で386万トンと、全輸出量の50.2%を占める。次いでパーボイルド米(Parboiled rice=精米する前に米を水に漬けその後スティーム加工して、もみ殻付きのまま乾燥加工した米)の19.6%で、主な輸出先は南アフリカやベニンなど。その他、ジャスミン米が16.3%、破砕米(主に米粉、動物飼料向け)が10.5%などとなっている。
同リポートは2022年のタイのコメ産業の現況について、生産と国内販売・輸出のいずれも好調だったとし、その原因として「良好な天候」「政府の農家支援策」「新型コロナウイルス感染対策の緩和」「観光産業や国内消費を対象とした刺激策」「海上輸送ルートの混雑緩和、コンテナ利用の拡大、海上運賃の下落」「ロシア・ウクライナ戦争に伴う食糧安全保障への懸念の高まりと、それに伴う在庫積み増し促進」「タイと競合国のコメ輸出価格が同じ水準まで上昇した」ことを挙げた。
そして2022年のタイのコメ需給については、生産量は籾米ベースで前年比3.9%%増の3300万トン、精米ベースで2140万トンとなったが、これが作付面積の拡大とラニーニャ現象が続き、降水量が多くイールドが1.9%増となったことが寄与したという。一方、国内需要も3.5%増の1150万トンとなったが、これは、コロナ流行の収束とコロナ対策の緩和、国内観光刺激策と外国人の訪タイ再開、景気回復などが主な要因で、この結果、2022年の国内コメ価格は平均で8.3%上昇したという。特にジャスミン米価格は19.9%高となった。
さらに2022年の精米輸出量は前年比22.2%増の770万トン、金額は同14.7%増の40億バーツになった。その背景には、「ロシアのウクライナ侵攻による食糧安全保障への懸念の高まり」「主要輸出国であるインドとベトナムの一時的な輸出停止措置に伴う代替需要の発生」「中国とフィリピンでの自然災害発生に伴う国内生産への悪影響で輸入需要拡大」などがあるとの見方を示した。
こうした生産、国内需要、輸出の好調さは2023年1~4月期まで続いているという。同期の籾米生産指数は前年同期比17.9%の上昇で、籾米価格指数も18.6%の上昇となっている。この結果、同期のコメ農家の所得は前年同期比38.9%増となったが、一方で、エネルギー価格、肥料価格、労働コストの上昇が農家の利益の圧迫要因になっている。
同リポートは最後に今後の見通しを示している。まず、2023年の生産量は前年比3.0~3.5%増加し、籾米で3400~3420万トン、精米で2210~2220万トンになる見込みという。灌漑水の供給、価格上昇、政府支援に伴い農家の作付面積拡大意欲が高まっているという。しかし、2024年と2025年の生産量は、前年比1.5~2.0%減になると予想している。これは2023年半ばにエルニーニョ現象が発生、1~2年継続し、降水量が減少し、干ばつリスクが高まることが1つの要因だ。さらに、生産コストの上昇、肥料価格の上昇で一部農家が投入量を減らすことでイールドが低下する可能性があるという。ただ、政府の所得補償制度などのコメ産業支援策などで一部農家の作付け拡大姿勢は続く見込みという。
一方、国内需要は年率0.8~1.0%増加し、2022年度の1150万トンから、2025年までに1170万~1190万トンまで増加する見通しという。新型コロナウイルス流行の終息、外国人旅行者の増加で、レストランやホテル、加工食品会社からの需要が拡大する見込みという。また、輸出量も年率11~12%増と高い伸びが期待され、2022年の770万トンから、毎年800~1100万トンへの拡大を予測している。特に輸出先である米国とアジアで2024~2025年にかけて経済成長が期待されることや、地政学的な緊張の高まりを背景にした食糧在庫積み増し意欲も継続すると見込まれているためだ。この結果、輸出価格も上昇傾向が続くだろうと結論付けている。
ちなみにクルンシィ・リサーチは7月に「差し迫る干ばつ~農業と関連産業へのインパクト」というリポートも公表している。同リポートは、「2023年末から2024年にかけてタイではエルニーニョ現象が優勢になる」とした上で、2023~2025年の経済への影響について、「干ばつがコメやキャッサバ、サトウキビ、天然ゴム、アブラヤシ、マンゴー、ドリアン、パイナップルなどの広範囲の現金作物に大きなインパクトを与えるだろう」と予想。コメについては、2023年には4~5%の減産、2024~2025年には2~10%の減産の可能性があるとの見通しを示している。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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