カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 川島博之が読み解くアジア
公開日 2022.09.06
年齢別に人口を積み上げた、いわゆる人口ピラミッドはその国の状況をよく表している。若者が多い国は活気があるが不安定。その逆で老人が多い国は安定しているが活気が乏しい。現在の日本などは老人が多い国の典型であろう。ここでは今年7月に発表された最新の国連人口推計を用いて、人口からタイとベトナムの未来について考えてみたい。
図1にタイとベトナムの人口を示す。タイの人口は7200万人にまで増加したが、今後は減少する。2022年以降は中位推計と呼ばれる予測値であり、この値は後に示すように合計特殊出生率(TFR=一人の女性が生涯で産む子供の数)が現在とほぼ同じ値で推移するとして求めている。だがTFRは今後も低下する可能性が高い。そうであれば、これよりも早い時期に人口が減少し始める。ベトナムの人口は今後も増加を続ける。しかしその勢いは明らかに鈍化しており、2050年頃にはベトナムでも人口は減少に転じる。
将来の人口予測においてTFRは重要な役割を果たしている。図2に両国のTFRの変遷を示す。両国のTFRは1970年頃まで6前後だった。一人の女性が6人もの子供を産んでいた。当時は多くの途上国でTFRは6前後になっており、人口爆発が危惧されていた。しかし、それから50年ほどで世界の状況は一変した。どの国でもTFRが急速に低下しており、2021年の世界全体のTFRは2.3でしかない。もはや人口爆発の時代ではない。
一人の女性が子供を2人産まなくなれば、人口はいずれ減少に転じる。タイのTFRは1993年に、ベトナムは2005年に2を割り込んだ。ベトナムのTFRはその後横ばい状態にあるが、タイはその後も減少し続けている。タイの2021年のTFRは1.33である。同年の日本のTFRは1.30だから、タイのTFRは少子化が大きな問題になっている日本と同じ水準にある。
中位推計ではTFRは両国ともに現状の値を横に伸ばしたような形にしている。だが、本当に横ばいで推移するのであろうか。それを考えるには、なぜTFRがこれほどまでに急速に低下したかを考えなければならない。
幼児死亡率の高い社会のTFRは高い。それは多くの子供を産まなければ人口を維持することができなかったからだ。そんな状態が太古から続いてきたが、近代になると医療が進歩し、かつ衛生状態が改善したことから幼児死亡率が急速に低下し始めた。それに伴いTFRも低下した。ただ社会が幼児死亡率の低下を認識して、それがTFRの低下を招くには時間が必要であった。そんな時期に人口が爆発的に増加した。
1970年以降にタイやベトナムでTFRが急速に低下した現象は幼児死亡率の減少によって説明することができるだろう。しかし、タイでは2を割り込んだ後もTFRが継続的に減少している。これは幼児死亡率の低下では説明できない。それに加えてタイのTFRは2015年頃からより早い速度で減少し始めた。
このタイにおけるTFR減少の原因を特定することは難しい。ただ同様のことは日本、中国、韓国、台湾などでも生じており、タイだけに見られる現象ではない。これには旧来の家族制度の崩壊、女性の自立と就業率の増加、またLGBTの権利拡大などが影響していると考えられる。それらが複合してTFRを低下させているのだろう。また私見になるが、スマホが急速に普及することによって、若者が一人でも楽しく過ごすことができるようになり、それが婚姻率を低下させたことも大きいと思われる。
現在、ベトナムのTFRは2を少し下回った状態で推移しているが、これも早い時期にもっと低下すると考えている。ベトナムは社会主義国であることから、21世紀に入るまで欧米文化の流入が緩やかだった。だが最近はスマホの普及もあって、これまでの遅れを取り戻すように、急速に欧米文化が流入している。その影響と思うが、女性の結婚年齢が急速に上昇し、結婚しない女性も増加し始めた。早晩、ベトナムもタイのような状況になろう。もはや少子化に悩むのは日本だけではない。世界中が似たような状態になっており、特に東アジアや東南アジアではその傾向が顕著である。
TRFの低下によって、どのような社会が出現するのだろうか。ここで10年後である2032年の両国の人口ピラミッドを見てみたい(図3a、図3b)。
加重平均により求めたタイの2032年の平均年齢は44歳である。日本の2021年の平均年齢は48歳だから、2032年のタイは現在の日本に近い状態になる。2032年のベトナムの平均年齢は37歳である。
2032年における60歳以上の人口割合はタイが30%、ベトナムが18%である。2021年の日本の60歳以上人口割合は36%だから、高齢人口割合を見ても2032年のタイは現在の日本に似た状況になる。
図3a、図3bは中位推計とした場合であり、今後、これまで以上に出生数が減少すれば、人口ピラミッド中の10歳までの人口は図よりも少なくなり、特にタイにおいて人口ピラミッドは極めて不安定な形になる。10年後のタイは少子高齢化に悩んでいる。
世界銀行によると2021年の日本の一人当たりGDPは3万9300ドル、タイは7200ドル、ベトナムは3700ドルである。タイは政情不安が続き、ここ10年ほど経済がほとんど成長しなかった。2011年のGDPは5500ドルであるから、この10年間で1.3倍になったに過ぎない。一方、ベトナムの2011年のGDPは1940ドルであり、10年間で1.9倍になった。
現在、ベトナムは高度経済成長の真最中と言ってよく、米中対立に伴い中国から工場が移転することも手伝って、ここしばらくは高い成長率を維持しよう。一方、タイの政情不安は容易には解決しないと思われる。もし、次の10年間も過去10年と同じような状況が続くのなら、2032年のタイの1人当たりGDPは9400ドル、ベトナムは7000ドルになる。
TFRは若者の生き方に密接に関係している。そう考えれば、政府が育児への補助などを増やしたとしても、今後、TFRが大幅に向上することないだろう。そうであるなら、タイそしてベトナムもそう遠くない将来に少子高齢化社会に突入する。タイもベトナムも先進国の入り口と行った段階で少子高齢化社会に突入することになろう。これまでにそのような例はない。タイの10年後がどのような社会になるのかは、世界の今後を考える上でも重要である。
人口増加の趨勢から考えるに、もはやタイ経済が力強く成長することはないだろう。また日本がベトナムから労働研修生を集めることも難しくなる。東南アジア諸国は程度の差こそあれ、少子高齢化に悩む社会の入り口にいる。われわれ日本人はそのことをよく認識した上で、タイやベトナムとお付き合いする必要がある。
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー
川島 博之 氏
1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。
近著として「日本人の知らないベトナムの真実」を執筆。
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