なぜタイ人は簡単に会社を辞めてしまうのか?

なぜタイ人は簡単に会社を辞めてしまうのか?

公開日 2023.05.05

タイに赴任した多くの方が直面する課題、それは「退職者の多さ」ではないでしょうか?もちろん同じ会社で長く勤めている人もいます。一方、入社後すぐ辞めてしまったり、数か月で簡単に転職したりする人が多いのは事実です。それだけならまだしも、何年かかけて育てた将来有望な若手社員が昇格直後に辞めてしまうことも珍しくありません。これまで育成に掛けてきた時間とエネルギーを思うと、何ともやるせない気持ちになってしまいます。

こうした「退職の多さ」はタイの一般的な傾向として捉えられる一方、実は日系企業自身がそれに拍車をかけている部分も大きいのです。なぜなら、日系企業の持つ人事管理スタイルが、タイの労働市場に合っていないからです。

タイにおける日本的人事管理の盲点

日系企業の強みの一つは、「組織としての同質性」にあります。皆が同じ価値観や仕事の進め方を共有しているため、組織として効率的に動くことが出来ます。ところが、日本と異なり、社員が頻繁に入れ替わるタイにおいては、会社として共通の価値観や仕事の進め方を維持するのが極めて難しいのです。

例えば、日本人駐在員がホウ・レン・ソウを徹底するよう求めたとしても、最近採用されたばかりのマネージャーがそれに従うとは限りません。外資系企業では、担当者が自分で判断して進めることが良いとされています。彼らにすれば、自分で判断してどんどん進めた方がずっと効率的なのに、いちいち日本式のホウ・レン・ソウを求められてしまうのは窮屈に感じるかもしれません。

また、キャリアに対する従業員の意識も違います。経済格差の大きいタイにおいては、「いかに早く給料を上げるか?」がタイ人にとっての「キャリア」だと言っても過言ではありません。日本においては、一つの会社で長く勤め上げ、年功的に昇格することでキャリアアップが実現します。また、それが給与を高める最善の方法であったりします。

一方、タイでは、一つの会社に長く留まるよりも、転職を繰り返してポジションを上げる方が早く給料を上げられるのです。特にキャリアアップに関心の高い若手社員にとっては、長期勤続を強いられる日系企業は魅力的に映らないでしょう。

日系企業の給与設定の巧拙も退職の多さに結びついていると言えます。日系企業の報酬管理は、社員が長期的に働くことを前提としており、社内公平性を重視しているため、昇格時に極端に水準を上げたり、評価の結果によって昇給や賞与を大胆に変動させたりすることを避ける傾向にあります。そのため、タイ人の高業績者にとっては、「頑張っても報われない」という印象が強く残ってしまうのです。

鍵は人事制度

では、こうした問題をどう解決すれば良いのでしょうか?その鍵は「人事制度」にあります。

人事制度とは、「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の3つのサブシステムから成ります。「等級制度」は個々の社員に求められる役割を定義し、それに基づいて「評価制度」で向こう6か月または1年で注力すべきテーマと到達すべき目標を伝え、それが達成できた際には、昇給や賞与といった「報酬制度」で処遇する仕組みです。言い換えれば、社員に会社の求める行動・成果を促す「インセンティブの仕組み」だと言えるでしょう。

多くの企業で人事制度は備えてあるはずなのに、それが上手く人材の引き留めに生かされないのは何故でしょうか?それは多くの人事制度が「従業員目線で作られていない」からです。

タイ人社員は常に他の企業への転職も視野に入れています。今の自分の力量で、より高いポジションと高い給与を得るチャンスがあるのならば、いかに今の職場が気に入っていたとしても、心を動かされてしまいます。

一方、自社の人事制度に目を向けると、「役割は曖昧」「昇格は年功序列」「頑張っても評価されず」「高評価をとっても給与が上がらない」となれば、転職に踏み切ってしまうのも分からなくはありません。

日系企業の人事制度は、社員が長期勤続する前提で硬直的に作られています。一方、人材市場においては、人材層がまだまだ薄く、エンジニアやセールス、経理といった特定職種や、マネジメント層の役割を務められる人材が十分ではありません。そのため人材の獲得競争が引き起こされ、その結果、給与水準のインフレが起きています。そのインフレに立ち向かえるだけの柔軟性を日系企業の人事制度は持ち合わせていないのです。

社員にとって魅力的な人事制度を作る3つのポイント

とは言え、人件費は限られています。いくら人材市場の相場が高騰しているからと言って、むやみやたらに給与を上げるわけには行きません。社内の公平性も依然重要な課題です。そうした中で、「社員にとって魅力的で柔軟性のある人事制度」を作るには次の3つのポイントに目を向ける必要があります。

①自社の等級体系と昇格の仕組みは、将来のキャリアアップをイメージできるものであるか?

タイ人社員にも、キャリアにおける「マイルストーン」のようなものがあります。「30代でマネージャーになっていたい。」「40代半ばくらいまでにはGMくらいにはなりたい。」といったものです。その際に目を向けるべき点が、「等級階層の数」「昇格に必要な年数・スキル」「実際に昇格できる可能性」です。「3年ごとに2段階昇格すれば35歳までにマネージャーになれるな。」と思わせることが出来るなら成功です。

一方、多くのケースでは、社員に「階層が多すぎて時間が掛かりすぎる」「経験を積んでも今のマネージャーが退職しない限りポジションが空かないため、昇格出来なさそう。」と感じさせてしまい、やがてひっそりと退職されてしまうのです。その点での適切な等級階層と昇格プロセスの設計が鍵となるでしょう。

②自社の評価体系と評価プロセスは、社員に納得感を持たせられるように作られているか?

一般的に日系企業の評価制度は「細かすぎる」「分かりづらい」「基準が曖昧」だと言われます。それでも日本において運用できたのは、前提となる上司と部下の人間関係や相互理解、さらにはメンバーシップ型に見られる「最後は人で判断」という文化によるものです。一方それが無いタイにおいては、より明確に「握る(=合意する)」というプロセスが必要になります。

そのためには、評価対象(成果なのか?行動なのか?能力なのか?)、評価項目/指標(KPIや重点課題)、評価基準等に加え、評価者による評価のばらつきを抑えるための調整プロセスや本人に納得させるためのコミュニケーションプロセスが必要になります。これらを作りこみ過ぎても使いづらくなってしまいます。自社で運用可能な形で、社員の納得感が得られるような評価制度を作らなければなりません。

③自社の報酬体系は、市場と比べて魅力的で、「頑張ったら報われる」仕組みになっているか?

先ずは自社の報酬水準が市場のどの位置にあるのかを知る必要があります。JCCやコンサルティング会社の報酬データなど様々な情報源がありますが、その際、「どこのデータと比べているのか?」について注意を払わなければなりません。

一般的に日系企業の報酬水準は全体的に低く、構成としては基本給部分が小さく、手当や賞与を多用する傾向にあります。この構成は経営者にとっては財務リスクを抑える意味では非常に効果的ですが、基本給にこだわる従業員にとってはあまり魅力的ではないでしょう。

また、昇格する際に、「職務手当」の多少の金額変更や、数パーセントの昇給率の上乗せで対応している企業がありますが、その結果、市場水準から乖離が広がっているケースも少なくありません。社員が将来に向けて期待を持てるような事例をどのように作っていくか?という観点で、報酬の構成や水準、成果に対する処遇の在り方を検討する必要があります。

人事制度は人事管理の基盤となるものです。いくら採用や人材育成に力を入れても、その基盤となる人事制度が魅力的な将来を描き出せていなければ、人材流出は止められないでしょう。「タイ人を辞めさせない人事制度」を作ることは、将来の事業運営に直結する課題です。改めて、自社の人事制度について、振り返ってみてはいかがでしょうか?

タイ現地法人で人事に携わる方へのオススメ講座

2023年6月ビジネスコース Day2-AM|6/21[水] タイ現地法人に求められる人事制度とは

タイ人従業員の意欲と行動を促す人事制度の設計・運用とは?

日時:2023年6月22日(水)9:00~13:00(タイ時間)

会場:Mediator内セミナールーム(またはMajor Tower Thonglor 会議室)

Mercer (Thailand) Limited シニア・プリンシパル 兼 Mercer Asia Japanese Business Advisory責任者

仲島 基樹 氏

日系・米系保険会社、日系IT大手を経てマーサーに入社。プロジェクトディレクターとして国内外の企業に対するコンサルティングプロジェクトをリード。組織・人材戦略の立案から、人事管理実務まで幅広い分野において支援を行う。2010年に日系企業向け支援サービスであるMercer Asia Japanese Business Advisoryを立ち上げ、以来現在に至るまでタイ・バンコクオフィスを拠点とし、ASEAN各国の在外日系企業に対する支援を行っている。慶應義塾大学経済学部卒

Mercer (Thailand) Limited

Website : https://www.mercer.com/

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