カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.01.16
前回コラムでも触れたが、タイ経済にとって2023年は中国勢の電気自動車(EV)の躍進により、エポックメーキングな年になった。EVは年間の登録台数ベースで全乗用車の12%に達したもようだが、このままいけばタイでも3割はEVになるとの見方も多い。一方で、特にバッテリーの寿命問題とリセールバリューといったEVの技術課題が今後数年で顕在化してくるにつれ、EVの真価が問われるようになる。テクノロジーのブレークスルーによりこれらの課題を乗り越えることができるのかはまだ分からない。一方で、今週号の川島博之氏のコラムにもあるよう、今年は中国の政治経済が正念場を迎え、その影響がタイなど東南アジアにも荒波のように押し寄せるのか要警戒だ。今回は、年末年始の英誌エコノミストなどのメディア報道を紹介することで、中国がタイに与える影響を見通す手がかりを探ってみたい。
昨年末、日本に一時帰国する途中で、台湾・台北に寄った。2泊3日といっても実質1日の弾丸旅行だったが、それでも台湾という「国」を少し体感できた。台湾の歴史には個人的な思いも強く、それゆえかえってこれまで中途半端な心構えでの台湾訪問をためらってきたこともあり、初の台湾旅行だった。1月13日の総統選挙を控え、台北の街中では各候補者の選挙活動を見ることもできた。ホテルで見たテレビでは、与野党候補の討論会もやっていた。台北市内の観光では、中正記念堂で蒋介石の、国父記念館では孫文の足跡を垣間見た。そして故宮博物館では、国共内戦の激化により蒋介石率いる中華民国政府が台湾に逃れた際、主に清朝時代の美術工芸品などの膨大な中華文明の至宝をかくも大量に台湾に運び込んだことに驚かされる。
総統選挙では、与党・民進党副総統の頼清徳氏が国民党の侯友宜氏を抑えて勝利した。ただ、民進党が立法委員(国会議員)選で過半数を維持できなかったこともあり、今回の選挙結果が東アジアの地政学にどのような影響を与えるかは予断を許さない。
14日の総統選挙前の1月6日付の英紙エコノミスト誌はコラム記事で、民進党の3回連続の勝利となった場合、「中国の当局者や学者は、長年台湾独立を主張してきた頼氏は危険であり、信頼していないと、特に米国に対し警告している」と指摘。また、バイデン米大統領は台湾の独立を支援しないと主張しているものの、台湾有事の際は無条件で守るというメッセージもあり、混乱しているとの政治学者の見方を紹介する。中国は、「台湾の総統選挙は米国の本当のスタンスがどこにあるのかが明確になるチャンスだ」と考えているという。一方で、今年11月の米大統領選挙前に中国が台湾に大きな危機を引き起こす動機は少なく、中国の習近平・国家主席はバイデン氏が再選されるのか、「中国に強硬姿勢だが、台湾への思い入れのない」トランプ氏のどちらと対峙することになるかを見守る必要があるともする。
2024年のアジアにとって、最初の大きな政治的リスク要因が台湾問題とするなら、経済的リスク要因は中国の不動産バブルの崩壊と経済への影響度合いだろう。1月13日付バンコク・ポスト紙は「習氏の中国経済のソリューションは新たな貿易戦争を引き起こす」というタイトルの米ブルームバーグ通信の解説記事を転載している。副題は「中国の高付加価値製造業へのシフトは、米国や欧州、他の貿易相手国と貿易摩擦を加速させる危険性がある」だ。
同記事はまず「中国の不動産市場が下落する中で習近平国家主席は次の10年の経済成長をけん引する国家経済モデルを再構築する必要がある」と指摘。「中国の指導者らは、かつて経済成長を加速させた不動産絡みの取引が2022年の経済の押し下げ要因になったため、製造業に資金を注ぎ込みつつある。主な対象は“新たな3つ”の成長のけん引役と呼ぶ、“電気自動車(EV)”“バッテリー”“再生可能エネルギー”だ。これらは世界の脱炭素化を支援する」と説明する。そして、「この戦略はこれまでのところ、住宅市場が崩壊した1990年代の日本、2008年の米国を直撃したリセッションを回避するのに役立っている」と評価。しかし一方で、中国と、先進国や新興国との間での新たな国際貿易摩擦のおぜん立てをしつつあると分析する。
同記事はさらに、米国と欧州連合(EU)は最近、中国の「overcapacity(過剰生産能力)への警戒感を高めているとし、中国政府のEV補助金に対するEUの調査や米バイデン政権による中国のハイテク製品への規制強化などを改めて指摘。また、中国の資本財のコスト削減戦略がベトナムやインドネシアなどの発展途上国の競争余地を狭めているともする。そして、中国の新たな製造業の強化路線は、現在先進国が独占している先端製造業分野への参入を意味し、伝統的に中国に対する貿易黒字国だったドイツや韓国、そして日本などからの輸入減少につながるだろうとの見通しを示している。
ブルームバーグの記事によると、中国政府のこうした製造業振興策の成功は、新たな3つの戦略製品である「EV、バッテリー、再生可能エネルギー」の輸出額が2023年1~6月には、前年同期比42%増となったことでも明らかで、中国の国内需要はさらに旺盛だったという。そして、中国は1980年代の日本のようにより洗練された製造業分野への参入することで、先進国と競合しつつあると分析している。
しかし、ここにきての中国の問題は過剰生産能力であり、欧州委員会のフォンデアライエン委員長は昨年11月に「(中国の)保護された産業分野での過剰生産能力により、世界市場に製品があふれ出し、われわれの産業ベースが損なわれる可能性がある」と述べたことを紹介している。まさに昨年来のタイなどへの中国製EVの怒涛の流入に対する見方と同様の認識だろう。タイ政府が、EVをタイに輸出するメーカーにタイ国内生産を義務付けたのは適切な判断と言える。ちょうど1月12日には、長城汽車(GWM)が、中国系では初となるEV工場(東部ラヨン県)の開所式を行い、今月から販売を始めることを明らかにした。
また、ブルームバーグの記事は、「中国の経済成長モデルは、けん引役を“投資+住宅+輸出”から“国内需要+製造業+脱炭素”にシフトさせつつある。これは長期的な構造変革だ」との中国人民銀行の元幹部のコメントを引用している。一方で、この移行は容易ではなく、「新たな3つ」の産業の急成長は、不動産価格の下落と、内燃機関車(ICE)の減産というマイナスを相殺することはできないだろうとの米ゴールドマン・サックス・グループのエコノミストの見方も紹介している。
最後に、昨年末のコラムではスペースの関係で触れられなかった英エコノミスト誌の記事を紹介しておく。12月16日付のアジア欄の「日本は東南アジアにとって米国や中国よりも“抱きしめたくなる(Cuddlier)”友人だ」と題する記事は、アジアの地政学では従来、米国と中国という2人の巨人が中小国を自分たちの側に引き入れようとする構図が描かれるが、「強い結びつきのあるもう1つの富裕国が果たしている重要な役割が忘れられている。それは日本だ」と話を始める。
そして「多くの東南アジアの国にとって、日本は他のライバル大国に代わる重要なヘッジ機会を提供している。それは“資本”“テクノロジー”“支援”だ。過去10年間で日本のASEAN地域に対する外国直接投資額は198億ドルと、米国の209億ドルを下回ったが、中国の106億ドルは上回っている。日本企業は東南アジアの成長市場を求め、政策当局者は東南アジアを中国の拡張主義の防波堤として見ている。継続的な関与が、日本が影響力を積み重ねることに役立ってきた」とし、ISEAS-YUSOF ISHAK INSTITUTEによる世論調査ではASEANでは日本が最も信頼されているパートナーという結果が出ていることを改めて指摘。そして昨年12月中旬に日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)との友好協力関係50周年に合わせた特別首脳会議についても言及している。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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