タイの新たな電気自動車(EV)奨励策

ArayZ No.123 2022年3月発行

ArayZ No.123 2022年3月発行タイにおけるFTA活用の現状

この記事の掲載号をPDFでダウンロード

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

タイの新たな電気自動車(EV)奨励策

公開日 2022.03.10

タイ国家EV政策委員会が提出したEV産業奨励策が、2022年2月15日に閣議決定された。注目はEVへの購入補助金であり、購買意欲の拡大によって遅れていたEV市場の立ち上がりが期待される。

奨励策の概要

メディア報道や政策関係者へのヒアリングなどによると、タイ政府が検討中のEV奨励策は乗用車、ピックアップ、二輪車を対象とし、補助金、輸入関税率の引き下げ、物品税の軽減の3つの柱で成り立っている(図表1)。

補助金は消費者ではなく、メーカーや販売会社に供与される。輸入関税率は最大で40%引き下げられる予定である。物品税は輸入完成車の場合は2%まで引き下げられる。ピックアップは内燃機関に対して元々優遇策があり、3~12%と税率が低くEVでは0%になる。二輪車に対しても補助金が供与される。

奨励策を受けて3年目から、2年間の特例期間で輸入された完成車台数と同数分の国内生産が義務付けられる。25年から生産開始する場合は、特例期間の輸入台数の1.5倍の国内生産が義務付けられる。達成できない場合には補助金や輸入関税や物品税の恩典金額を、政府に返金しなければならない。

また、主要コンポーネントの国産が義務化される予定である。バッテリーのモジュール組立が最低の条件になると見られる。

当政策の背景

タイ政府は11~12年に行われた自家用車の初回購入支援策で、1台当たり最大で10万バーツ以上の補助金を提供し、申請が殺到して財政負担になった反省から、財務省などを中心に補助金に消極的だった。

方針転換の背景としては20年以降、BOIからEVに対する投資インセンティブや物品税の軽減策が実施されているが、EV市場が21年で約2,000台と拡がっていないことが挙げられる。このままでは30年までにEVの生産台数を全体の30%、75万台にまで引き上げる政策目標(30@30)が実現困難だ。

また、インドネシアのEV投資誘致策への対抗措置とも見られる。ASEANの自動車生産のライバルでもあるインドネシアには、既に韓国系LGや中国系CATL3社のバッテリーメーカーが現地生産を計画しており、現代自動車も近々EVを現地生産する計画である。タイは市場が拡がらなければ、誘致合戦でインドネシアに水をあけられる可能性がある。

市場への影響

今回の奨励策はEV普及に政府も本腰を入れ始めたことを意味する。中長期的な影響は無視できない一方で、EV市場が短期で立ち上がるにはまだ多くの制約がある。補助金対象となる車種の市場が限定され、内燃機関車との価格差も残るからである。

タイEV協会が発表している22車種のEVの中で、200万バーツ以下は10車種程度であり、その大半がCセグメントで市場規模は約6万台。潜在的に市場が大きい低価格EV小型車も投入される可能性はあるが、補助金の規模も小さい。このクラスのエコカーの価格は50万~60万バーツと安く、EVとの価格差はまだ残る。充電インフラも限られており、特に地方での普及は難しい。

他方で、中国系メーカーは既に完成車のEVを輸入販売しているが、補助金を活用して現地組立に転じ、少しでもシェアを伸ばす戦略に出るだろう。日系メーカーは既にハイブリッドを中心とした電動化戦略をタイで展開しており、市場規模がまだ限定的なEVの現地生産に容易に踏み切れないだろう。

今後の方向性

ただ、タイ政府がEVに完全に舵を切ったと見るのも間違いである。工業省幹部は「EVと内燃機関車の両方を奨励する。内燃機関はハイブリッドなどへの恩典を与えながら、低炭素車へのシフトを誘導する政策を継続したい」と述べている。

タイはEVへの転換が難しいピックアップが主力製品の一つ。カーボンニュートラルに適したバイオ燃料が豊富にあり、EV転換は国内資源の有効活用からも必ずしも得策ではない。内燃機関を作り続ければ、残存者利益を享受できる可能性もある。今後もタイとしては両面戦略を追求すると見られる。

ArayZ No.123 2022年3月発行

ArayZ No.123 2022年3月発行タイにおけるFTA活用の現状

ダウンロードページへ

掲載号のページにて会員ログイン後、ダウンロードが可能になります。ダウンロードができない場合は、お手数ですが、[email protected] までご連絡ください。

NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal

山本 肇 氏

シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。

野村総合研究所タイ

ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

TEL: 02-611-2951
Email:[email protected]
399, Interchange 21, Unit 23-04, 23F, Sukhumvit Rd., Klongtoey Nua,
Wattana, Bangkok 10110

Website : https://www.nri.com/

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE