カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
公開日 2024.06.26
連載企画「東南アジアの半導体産業の未来」の(上)ではシンガポールを追いかける形で半導体産業の集積を急ぐマレーシアを取り上げた。特に5月末にクアラルンプールで行われた「SEMICON東南アジア2024」で、「東洋のシリコンバレー」と呼ばれるペナン州出身のアンワル首相の半導体業界を熟知し、その熱い思いを吐露したスピーチは参加者に感銘を与えた。今回の(中)では、同イベントを主催した国際半導体製造装置材料協会(SEMI)の幹部の講演やインタビューから、東南アジアで半導体産業の主導権を握る国、そして注目の新興国はどこかなどを探る。
目次
「2021年の世界の半導体市場(IC=集積回路)の売上高は6000億ドル近くだった。ここまでくるのに70年かかった。2030年には1兆ドルになると予想している。ICは自動車、コンピューター、消費財、通信などの産業の成長を加速させる。・・・新型コロナウイルス流行前は半導体の重要性が認識されていなかったが、今や事実上すべての産業の基盤だと受け入れられている。例えば生成AI(人工知能)は今後10年でゲームチェンジャーとなり、4兆4000億ドルの市場規模になるだろう。半導体市場は2050年までに5兆ドルになる可能性もある」
SEMIのアジット・アノチャ会長兼最高経営責任者(CEO)はSEMICON東南アジア2024での開会あいさつで、世界の半導体市場の現状と見通しをこう説明。そして、「半導体市場規模1兆ドルを達成するためには、ファブ(Fabrication、半導体チップ工場)を合計50カ所以上に新設する必要がある。2023~2027年の間に稼働予定のファブ(300mmと200mm)は合計103工場で、米国は18、中国が41なのに対し、東南アジアは8に過ぎない。マレーシア政府はもっと増やすことを考えるべきで、タイ、シンガポール、ベトナム、フィリピン、インドネシアの成長も必要だ」と訴えた。
一方で、「世界の半導体産業では人材不足が深刻で、温室効果ガスのネットゼロ達成も大きな課題だ。これらはサプライチェーンの途絶にもつながりかねない。さらに地政学上の問題が何度も発生しており、業界の成長の障害になっている」と警鐘を鳴らす。そして同氏は、東南アジア各国の半導体エコシステムを下記の図で紹介している。
「マレーシアは世界第6位の半導体輸出国であり、後工程製品の生産能力の約13%、世界貿易の7%を占めている。半導体関連産業で61万2000人が雇用されている。昨年の電気・電子(E&E)の投資額は全製造業投資額の約50~60%を占めた」
マレーシア半導体産業協会(MSIA)のウォン・シューハイ会長は、SEMI東南アジアの会場で一部日系メディアのインタビューに応じ、マレーシアの半導体産業の現状をこう概観。そして、「マレーシア国内にはICデザイン(設計)の会社が20社以上ある。われわれはマレーシア企業がグローバル企業になれるよう強化したい。インテルやAMDなどの多国籍企業は最先端のパッケージング技術を持っているが、マレーシア企業はまだベーシックな技術のみなので、支援していきたい」と強調した。
そして同会長は、マレーシアと他の東南アジア各国の半導体産業の違いについても冷静に分析する。「東南アジアではシンガポールが先行してきたが、マレーシアが急速にキャッチアップしている。どの産業でも同じだが、先行した国や企業は低付加価値ビジネスから高付加価値に向かう」と指摘。半導体産業では、これまで前工程でのウエハーの微細化を競ってきたが、その限界が近づく中で後工程を含めた、新たな革新が求められている。今回のSEMICONでの取材ではシンガポール、マレーシア以外に東南アジアのどの国にどの程度の潜在力があるのかも垣間見れた。
SEMI東南アジアのリンダ・タン会長はインタビューで、「東南アジアは地政学的な緊張の高まりの恩恵を受け、半導体のパワーハウスになるだろう」とした上で、「世界の大手ファブ会社は依然、シンガポールを拠点にしている。シンガポールは強力で、安定し、システマチックな国だ」と指摘。一方、「マレーシアにはスキルセット(必要な能力や経験)があり、人材も揃っている」と評価している。
そして、同会長が、東南アジア各国の半導体産業を調査する中で最も注目しているのがベトナムだ。「ベトナムは若い人材がいて、エンジニアをトレーニーとして韓国、日本、台湾に派遣し、知識を吸収している。ベトナムにはファブレス(自社工場を持たず製造をファウンドリーに委託)企業が50社以上いて驚いた。SEMI東南アジアもベトナム政府と緊密に連携、助言もしている」という。そして、「東南アジアでコラボレーションできるのは、シンガポール、マレーシア、ベトナムだ。マレーシアは現在、組み立て(assembly)と検査(test)に焦点を合わせているが、よりハイエンドに向かい、ローエンドはベトナムに移管していくだろう」との見通しを示した。
タン会長に、半導体産業におけるタイの可能性はどうかと質問した。タン氏は「それが私にとっての課題だ」と本音を漏らす。「タイは決定的に人材不足だ」と指摘。さらに、「タイ政府は半導体関係でも多くの取り組みをしているのに、なぜもっと公開しないのか。ベトナム政府は地場企業の事業拡大を支援し、投資をいかに誘致するかなど真剣だ」と、半導体産業へのタイとベトナムの姿勢の違いを明確に説明する。
一方、MSIAのウォン会長にもタイの可能性について聞いたところ、タイを「ブラックホース」と呼んでいると答えた。多分、「ダークホース」という言葉になぞらえたのだろうが、「タイは(半導体について)人材問題を含め何も語らない」と述べ、タン氏と同様の認識を示している。ただ、タイは「静かに」関連産業を構築しつつあるのかもしれないとも付け加えた。
タイ投資委員会(BOI)などタイ政府は現在、半導体関連産業促進に力を始めているが、その代表がプリント基板(PCB)企業の誘致だ。実際、タイにはPCB企業の進出が相次いでいるが、MSIAのウォン会長は、「PCB製造は多くの化学品を使い、廃棄物も多い“ダーティー(汚い)”な産業でありローエンドだ。これからのマレーシアはローエンドにはほとんど興味がない」と言い切った。
SEMIのアジット会長は一部日系メディアのインタビューにも応じ、半導体産業が現代社会や人類にいかに重要かを改めて強調。例えば、「新型コロナウイルスのワクチンはスーパーコンピューターや半導体のおかげで9カ月以内に開発でき、約2年で感染拡大を抑制できた。それ以前のパンデミックの時はワクチンの開発に数年かかっていた」という。また、「今後10年で量子コンピューターがより現実的になり、人工知能(AI)の発展とともに、地震や津波の発生を事前に予測し、人々の命を守れるようになるだろう」と半導体がもたらすだろう未来図を語る。
その一方で、半導体産業は、ウエハー工場1棟で住宅5万軒の電力を消費するなど、多くのエネルギー、そして多くの水を消費するとし、太陽光など再生可能エネルギーの利用拡大が不可欠だと強調。さらに、「気候変動問題は極めて深刻だ。この問題を解決できなければ世界のサプライチェーンの途絶は増えるだろう。半導体のハブを世界の他の地域に分散しなければならない」と訴える。その分散先としてタイも含まれるかとの質問には、「各国独自のマスタープランを持っているか次第だ。各国とも戦略的に重要な半導体を自国内で調達したいが、エコシステムを地域内で協業することも可能だ」と述べるにとどめた。
今回の取材の中で、皆が一様に強調し、最も印象深かったのは半導体産業における人材の教育と確保の重要性だ。アジットSEMI会長は、シンガポールは人材育成の仕組み構築に成功しているとした上で、「アジアではSTEM(科学、技術、工学、数学)教育を受ける子供が少なく、人材不足は深刻だ。政府は、STEM教育を通じて大学に進学するインセンティブを与えるとともに、大学の研究環境を整えるべきだ。さらに、他の国から才能ある人材を呼び込むための移民政策も必要だ」と主張する。
一方、MSIAのウォン会長は「マレーシアでもSTEM人材が不足している。マレーシアが半導体輸出世界6位の地位を維持するためにはマンパワーが必要だ。アンワル首相はマレーシアの半導体産業には6万人の人材が必要だと言っているが、人材獲得競争には包括的な戦略が必要だ。シンガポールはマレーシアの人材を追跡している。マレーシアは人材の15~20%を海外に奪われている。われわれもパキスタンやロシア、フィリピンなどの人材を探す必要がある」との認識を示した。
さらに、SEMI東南アジアのタン会長も、「すべての産業で人材戦争になるだろう」とした上で、「人材パイプライン」を作るために、SEMIとしてICパッケージングのワークショップや、大学を支援するオンラインプログラムを実施してスキル向上に取り組んでいるという。このオンライン大学プログラムでは、前工程、後工程、AI、データなど600のコースがあると説明。さらに、マレーシア、シンガポール、ベトナムではスカラーシップも支援しているという。タン氏は何度も、タイは人材不足が課題だと強調しているが、これから半導体関連産業を誘致していこうとしているタイの政策当局者はこれらの指摘をどう受け止めるのだろうか。
(増田篤)
THAIBIZ編集部
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