連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.12.02
米電気自動車(EV)大手テスラが完全自動運転車「ロボタクシー」を発表し、中国EVメーカーによる通信との融合などの最先端テクノロジーの披露が相次ぐ一方、ドイツ自動車大手フォルクスワーゲン(VW)の大規模リストラなど世界の自動車産業の激動を象徴するニュースが続いている。
タイでも日産自動車のタイ工場の再編が報じられる中、先週29日から第41回国際モーターEXPOが開幕した。世界的には「EV失速」という言葉が広がっているが、タイでは過去数年続いている中国EVメーカーの進出ラッシュは衰える気配はなく、今回のモーターEXPOでも新顔がさらに増え、電動ピックアップトラックを含め新型車の発表も多数で、マイナーチェンジばかりの日系メーカーの存在感は一段と低下している。
2023年3月28日号の当コラムで、当時バンコクで行なわれた伊藤忠総研の深尾三四郎主席研究員による講演内容を紹介した。その深尾氏は11月20日にバンコク日本人商工会議所(JCC)で講演を行った。その講演では、世界の自動車産業が刻一刻、変貌し続けていることを再確認でき、タイの日系自動車産業に一段と警鐘を鳴らす内容はインパクトを与えた。果たして深尾氏の分析と警告をどう受け止めるべきだろうか。
タイ国トヨタ自動車が11月29日に発表した10月の新車販売台数は業界全体で前年同月比36.1%減と、17カ月連続の前年同月比マイナスで、4年6カ月ぶりの低水準だった。電動車(XEV)も同32%減。さらに、1トン・ピックアップトラックは同42%減で、回復の兆しは見られない。また、タイ工業連盟(FTI)自動車部会が11月25日に発表した10月の国内自動車生産台数は前年同月比25.1%減で、15カ月連続の減少だ。同部会は2024年の自動車生産台数見通しについて、今年7月に190万台から170万台に下方修正していたが、今回、さらに150万台に引き下げた。
11月18日付バンコク・ポスト(ビジネス4面)の「EV産業を阻害する数多くの問題」と題する解説記事によると、FTIのスラポン副会長(自動車部会広報担当)は、今年のEV新車販売台数目標を従来の10万台から8万台(2023年は7万6366台)に引き下げたことを明らかにした。同記事は、EVメーカーによる価格競争の激化で、多くのEV購入予備軍がさらなる値下がりを予想してEV新車の購入を控えていることが国内自動車販売の減少につながっているとの業界の見方を紹介している。また同記事によると、中国の長安汽車の幹部は一部の中国EVメーカーによる価格競争戦術は中国のEVブランドへのイメージを悪化させると批判した。
「EVシフトという、内燃機関車からバッテリーEV(BEV)に置き換わっていくという大きな流れの本質を理解することが重要だ。それは、エネルギー産業の革新というくくりで見る必要がある。自動車メーカー側の技術の革新の延長線上でEVシフトを考えてしまうと、非常に狭い領域の議論にとどまってしまう。脱炭素を国際コンセンサスの中で実現するためには再生可能エネルギーを普及させなければならない。その調整力としての蓄電池の資源獲得競争が始まっている。その現象の1つがEVシフトという捉え方をするのが適切だろう」
伊藤忠総研の深尾三四郎主任研究員は11月20日の「世界自動車業界はEVシフトから『AIシフト』へ」というタイトルの講演で、世界の自動車産業の大変革の背景を理解するためのポイントの1つとして、エネルギー産業の革新を挙げた。その上で、中国メーカーのダンピング輸出による低価格化に対応するかのように「欧米メーカー側も特にコンパクトセグメント領域でのBEVシフトを積極的に進めることがこの1カ月で分かってきた。それと合わせた再生可能エネルギーの普及に伴うランニングコストの低下で、EVシフトがこれから全世界的に再加速する可能性が出てきている」との見通しを示した。
従来のBEVは内燃機関車(ICE)に比べかなり割高な印象だったが、タイでも「NETA(哪吒)」ブランドの価格設定や比亜迪(BYD)の値下げなどにより、魅力的な価格設定のBEVも増えてきた。今後、中国勢のダンピングだけでなく、小型車のBEV化、低価格化が広範囲に進むなら、EVシフトの再加速というシナリオは十分考えられる。ただ太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及が本当に順調に進むのかが未知数だ。
タイでも数年前から、エネルギーとモビリティーの2つの分野の展示会が同時開催されるようになり、タイ政府当局者の間でも「エネルギーの転換とクリーンエネルギー車の目的は表裏一体の関係にある」ことは既にコンセンサスになっている。ただ、EVシフトに比べてエネルギーの転換は電力業界・システムの構造問題もあり、容易ではない。そして電源構成は各国・地域でばらばらだ。
深尾氏は自動車産業の大変革を理解するポイントの2つ目として、「地域戦略」を挙げ、「低コストカントリーを追求し、中国から東南アジア、そしてインドの方に生産ベースが流れていく中で、今は脱中国が一番大きい」と強調。
「脱中国を進めながらインドも含めたグローバルサウスでオポチュニティーを取っていくためにリソースの再配分が起きている。中国勢はグローバルサウスで低価格のEVを出すと日系のシェアを取りやすいと分かっており、タイも含めてグローバルサウスをEVで攻めてきている」との認識を示した。
その上で、「ポイントは『リープフロッグ』という言葉で、EVシフトと脱炭素化のリープフロッグは、基本的には再生可能エネルギーが安いところで起きている。1つ面白い事例としてエチオピアでEVが爆発的に普及している」と報告。エチオピア政府が外貨流出につながる石油利用のICEではなく、豊富な水力発電による安い電気を活かせるEVしか輸入しない方針を決めたことで、中国で売れ残った在庫のEV新古車が大量流入しているという。
そして3つ目のポイントとして深尾氏は「中古車バリューチェーン戦略と、自動運転車を含むソフトウエア定義車(SDV)」を挙げる。前者については、サプライチェーン・データのトレーサビリティー確保と中古車の残価の可視化と向上がカギを握ると強調。
「特に中国製EVは残価、中古車価格が極端に低いことが弱点になっている」とし、「例えば中古EVよりも日本ブランド車の方が高くても、日本のブランド車の残存価値が高ければ、ユーザーの総保有コストが小さくなるので、日本車を購入するという流れは作れる。中古車マネジメントの重要性を再認識すべきだ」と訴えた。
そして、自動運転については、テスラがこのほど発表したロボタクシー「サイバーキャブ」に言及。「自動車は実は生産されてから廃棄されるまでの車の人生100のうち実際に走っているのは5%で、残りの95%は、駐停車している時間だ。この95パーセントを自動運転のライドシェアという形でタクシー事業をさせる形でレベニューを上げるというのが実はロボタクシーの根本的な考え方だ。これにより自動車ビジネスの稼ぎ方は根本的に変わる」と説明。そしてロボタクシーを社会実装の1歩手前まで前進させたのが人工知能(AI)だと強調した。
深尾氏は「自動車のスマホ化」の言葉に象徴され、特に米テスラと最近の中国メーカーがけん引する自動車産業の大変革に、日本の自動車産業は出遅れていると、たびたび警鐘を鳴らしている。一方で、今回の講演では日本の自動車産業の強みについて持論を展開し、エールも送っている。
それは「Small is beautiful」「Safe is beautiful」「Smart is beautiful」という3つの「S」だという。「Small」は、省資源の小型・軽のEVと交換式バッテリーへの国際的ニーズの高まりだ。「Safe」は、中国や韓国の電池発火事故の増加で、日本の「燃えないEV」が注目されているとする。「Smart」では中華EVの弱点である、EV中古車(車載電池)の残価の低さに注目、電池健康状態データのマネジメント強化を訴えた。
自動車産業の未来は、内燃機関(ICE)車からEVへという駆動力シフトの議論から、自動車の製造方法の革新、そして利用価値の変革、特にAIの急速な普及を背景したコネクテッド、自動運転、SDVなどの議論に移りつつある。そこでも日本勢の存在感は薄いように見え、今回のタイでの国際モーターEXPOでもそれを実感した。脱炭素という欧州主導のEV推進の大義名分が崩れつつある中で、タイが中国EVメーカーの歓迎姿勢をいつまで続けるのか。深尾氏の講演でも読み取れるが、自動車のEVシフト、AIシフトは紛れもなく雇用の縮小につながる。タイの政府当局者はこの大きな経済課題を織り込み済みで、それに対するソリューションを既に用意しているのだろうか。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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