THAIBIZ No.157 2025年1月発行日タイ企業が「前例なし」に挑む! 新・サーキュラー エコノミー構想
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公開日 2025.01.10
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タイの廃棄物問題は深刻だ。16ヵ所ある埋立地は分別されないゴミで溢れつつあり、適切な処理もなされていない。国内で約80%のマーケットシェアを占めるパナソニック エナジーの乾電池も、これまでは埋立地に捨てられる運命だった。しかし今、同社がタイの大手財閥CPグループ(CP All)と手を組んだことで、その運命は変わりつつある。今回は、「前例なし」に果敢に挑む日タイ企業をフィーチャーし、両社が紡ぎ出すサーキュラーエコノミー構想に迫る。
目次
「象マークの電池」というイメージでタイ全土に深く根付いているPanasonic Energy(Thailand) Co., Ltd.(以下、「パナソニック エナジー」)の乾電池。今や雑貨店からコンビニエンスストアまで約10万店舗の多くの業態で取り扱われており、タイ国内のマーケットシェアは約80%にものぼる。高いシェア率の背景にある同社の強みについて谷本氏は、「タイで唯一の乾電池メーカーとして、国内に生産工場を持っている。約60年前から、柔軟なSCM(サプライチェーンマネジメント)体制のもと、高品質かつ高性能な乾電池を生産していることが最大の特徴だ」と説明する。
タイ国内に広い販売網を有していることも同社の強みの一つだ。谷本氏によれば、パナソニック乾電池は17社のディーラーを介して卸店や雑貨店へ訪問販売を行うほか、量販店への直販も行っている。特に、CP All Public Company Limited(以下、「CP All」)が運営するセブンイレブンでの25年間にわたる販売実績は、「タイの人々がパナソニック乾電池を目にしない日はない」という状況を効果的に創り出していると言えるだろう。
2022年にホールディングス体制によってパナソニック エナジー株式会社が発足したが、その前身となる松下電器産業は1918年に創業し、1931年から乾電池の自社生産を開始した。1961年、戦後初の海外会社としてタイに設立されたのが「National Thai Co., Ltd.」だ。マンガン乾電池から始まり、オーディオ、テレビ、扇風機の生産もスタートした。その後、1997年からは電池事業に特化。地道に生産体制を強化しながら、2008年に現在の社名「Panasonic Energy(Thailand) Co., Ltd.」となった。
パナソニック エナジー株式会社のグローバル主要拠点は20あり、東南アジアにはタイとインドネシアに拠点がある。2020年、タイでの経験や知見、ノウハウを他国に横展開するために東南アジア地域統括体制(RHQ)がスタートし、谷本氏はRHQ総括の役割も担っている。
パナソニック エナジーは、「幸せの追求と持続可能な環境が矛盾なく調和した社会の実現。」をミッションに掲げている。谷本氏によれば、同社がタイで環境の取り組みに本腰を入れたきっかけは、Panasonic Siew Sales Thailandの電池販売部門との一体運営による、2022年の製販一社化だった。
同氏は「タイは埋立地の不足、プラスチックごみの増加、ごみの未分別など、深刻な環境問題を抱えていることを認識していた」とし、「それまでは生産のみを担っていた当社が、販売の先のお客様とダイレクトに繋がりを持てるようになったことで、課題解決に向けた具体的なアクションを起こしやすくなった」と説明する。さらに、この転機に同社は「100年後もタイ社会になくてはならない会社」を目指して3つの中期方針を掲げた。
この方針には、①消費者の生活への貢献、②ローカルコミュニティーへの貢献、③環境への貢献の3つの柱がある。①は、乾電池の性能、品質、価格で消費者の生活に貢献する、ということだ。②については、CSRを目的に、2005年から2年に1回の頻度で「乾電池交換会」を全ての県で展開している。それぞれの村で古い電池を回収し、新しい乾電池を無料で提供している。
パナソニックのファンづくりだけでなく、使われている機器や乾電池サイズを把握できることで、需要の動向や今後の商品開発にも活かすことができる良い機会となっているそうだ。また同社は、村の学校にも訪問して手作り乾電池教室を開くなど、地域に根付いたファンづくりにも余念がない。
谷本氏は「村の学校の子どもたちには、民間企業による工作体験といった機会がほぼないため、アポイント無しで訪問しても断られることはなく、快く受け入れてくれる」と説明する。さらに「工作キットで乾電池を作った後、教室を暗くして点灯式を行うが、自分たちが作った乾電池で明かりがともる瞬間、子どもたちには輝かしい笑顔が見られる」と、温かい学校訪問のエピソードについて語った。
取り分け注力している③では、省エネ・創エネ・カーボンクレジットの購入を組み合わせてCO2排出量ゼロを実現したほか、「Made from Carbon Neutral Factory」認定制度の導入を政府に申請し、承認を取得。タイ国内で初めて同認証ロゴマークを印字した乾電池を2024年2月に発売した。
谷本氏は「そもそも、こうした認定制度そのものがタイになかったため、まずは既存のグローバル認定制度『PAS 2060 Carbon Neutrality』を取得してから、政府機関と協議を重ねてタイでの認定条件等を整備し、導入・認定に漕ぎつけた」と当時を振り返る。 さらにパナソニック エナジーは、CP Allとの協業により、タイ初の乾電池回収リサイクルスキームを確立し、セブンイレブンでの使用済み乾電池回収をスタートさせた。
乾電池回収リサイクル事業では、セブンイレブンの店頭に使用済み乾電池回収ボックスを設置し、集まった乾電池をパナソニック エナジーにて回収および選別した後、提携製鉄会社UMC Metals Ltd.(以下、「UMC Metals」)へ輸送する。谷本氏は、「現状では、タイ政府の指針により、環境に悪影響がないと認定されたパナソニック乾電池しかリサイクルができない。そのため、回収ボックスに集まった乾電池からパナソニック乾電池のみを選別し、UMC Metalsの電炉で溶解しリサイクルしている」と説明する。
「この事業は、決して順風満帆に今日まで至ったわけではない」と谷本氏は深刻な面持ちで話を続ける。同氏は2019年頃から、CP Allの役員幹部に「同様の環境ビジョンを持つ企業同士、サーキュラーエコノミー構想の実現に向けて手を組まないか」と働きかけていたが、実施方法、費用の分担、回収ボックスの設置場所など、具体的な議論においては、両社でなかなか折り合いがつかない時期が続いた。
日本の本社からは、事業の経済的合理性について説明が求められ、新しい取り組みなだけに風当りは強かった。さらに、リサイクルの知見を持つ社員もいない中、社内でワーキンググループを立上げ、本業と同時並行でプロジェクトを進めなければならなかったそうだ。
具体的には、回収ステップのワーキンググループと、リサイクルステップのワーキンググループの2チームに分け、必ずタイ人社員も含めて社外への働きかけを行っていた。「特に困難を極めたのは『乾電池を何にリサイクルするか』だった」と谷本氏は当時を振り返る。同氏によれば、当初は肥料の一部にリサイクルするアイデアがあり、肥料会社へのアプローチも行ったが、様々な課題があり採用に至らなかった。鉄へのリサイクルに関しても、なかなか興味を持ってくれる会社に出会えず、苦しい期間だったという。
風向きが変わり始めたのは、同じビジョンを持つパートナー企業が現れた2021年頃だ。日系リサイクル会社のHIDAKA YOOKOO Enterprisesおよびタイ製鉄会社UMC Metalsとの提携が決まった。前者は90年以上にわたり鉄リサイクル事業を展開しており、リサイクルの知見を豊富に持つ。後者は、乾電池を溶解して鉄などにリサイクルする高い技術を持つ。
両社から協力が得られることになり、2021年9月、タイ工業省工業局(DIW)に電炉での乾電池リサイクルの許可をようやく申請することができた。谷本氏は「申請に踏み切ったものの、タイにとって初の取り組みである乾電池のリサイクルに関して、許可を取得するのは容易ではなかった。DIW開催セミナーに社員が参加し、関係者を出待ちするなどして、まず顔を覚えてもらうことから始めた」と、開拓者ならではの苦労について明かした。
CP Allとの実務面のすり合わせも地道に進め、2022年6月に初めてセブンイレブンに回収ボックスの設置を実現。2023年3月に、31店舗への設置を達成しプレス発表を実施した。しかし、DIWへの申請から2年が経過した当時、乾電池リサイクルの政府許可はまだ下りていなかった。
その後、パナソニック エナジー本社の役員が乾電池リサイクルのプロジェクトを深く理解した上で、本社と一体化した粘り強い交渉が実を結び、2023年12月にようやく電炉乾電池リサイクルの許可に漕ぎつけた。そして翌年2024年の3月には、UMC Metalsで初の乾電池リサイクルがスタート。同月にはDIW局長も参加するプレスカンファレンスを開催し、大手タイ新聞にも取り上げられ大きな反響を呼んだという。
セブンイレブンの回収ボックス設置店舗は2024年6月の「世界環境デー」に合わせて、目標である1,000店舗を達成した。「しかし、セブンイレブンは全国に1万5,000店舗以上あり、まだ道半ばだ。さらにタイ国内で廃棄される乾電池は年間3億本、一人当たりに換算すると年間約4本だ。これらを全て回収しリサイクルする体制には、ほど遠い」と谷本氏は続ける。
今後の展開について同氏は、DIW局長の計らいにより立ち上がった産官学プロジェクトの存在を明かした。同プロジェクトには、パナソニック エナジーをはじめとする乾電池リサイクル事業に関わる企業、チュラーロンコーン大学とキングモンクット大学、タイ政府の開発援助機関(PMUC)が参加。
2024年7月、タイ全土での乾電池リサイクルスキーム構築に向けた協議を開始したという。乾電池リサイクルに取り組み始めた当初は「孤独」とも言える状況だったパナソニック エナジーだが、徐々に連携先が増え、今ではタイの乾電池サーキュラーエコノミー構想の第一人者として様々なカウンターパートと共に前に進んでいる。まさに、忍耐強く行動を起こし続けた結果つかみ取った成果、と言えるのではないだろうか。
谷本氏は「回収から選別、リサイクル、そしてタイ社会への周知まで、一連のスキーム構築が目標だ」とした上で、「産官学プロジェクトには、タイの環境のために何かしたい気持ちがありつつも、具体的な活動まで落とし込めず葛藤している人たちが集まっている。同じベクトルを向く仲間たちと、今後は事業価値の創造も含めて、さらなる発展を目指したい」と力強く語った。
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THAIBIZ編集部
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