タイのプラグインハイブリッド(PHEV)の税恩典措置

THAIBIZ No.159 2025年3月発行

THAIBIZ No.159 2025年3月発行シンハーが明かす「勝てる」協創戦術

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タイのプラグインハイブリッド(PHEV)の税恩典措置

公開日 2025.03.10

タイの財務省は、プラグインハイブリッド車(PHEV)に対する物品税率の引き下げを検討しているようだ。

第一弾の2024年7月のハイブリッド車(HEV)の税率の引き下げ措置、第二弾の2024年12月のマイルドハイブリッド車(MHEV)の税率の引き下げ(10%)に続く、第三弾のハイブリッド関連の税優遇措置となる。

しかし、第一弾と第二弾の税優遇措置は日系OEMが最も被益する一方で、第三弾は世界のPHEV市場を席巻する中華系OEMに利することになる。

世界のPHEV市場を席巻するBYD

昨年の世界のPHEV市場は、前年比38.7%増の643万台に到達し、中国系は82%のシェアを握る(図表1)。
 

出所:MarklinesのデータをもとにNRI作成

中国系がシェア50%を占めるEV市場よりさらに上回る。PHEV販売トップ10のブランドの内、中国系は1〜7位を占めており、なかでもBYDが全市場の4割近くを占め、高いシェアを誇る。これに対して、欧州系は11%、日系に至っては3%に過ぎない。

近年PHEVが中国市場を中心に伸びているのは、BEVに対する補助金が減らされるなかで、バッテリーと内燃機関を組み合わせることで、航続距離の長いPHEVへの志向が高まっているからである。また、BEVの技術を活用して、より長いEV走行による航続距離を実現するなど、PHEVの性能が高まっていることもPHEV市場の拡大要因として挙げられる。
 

中国系のPHEVでの優位性

中国系のPHEVの強みは、価格、EV走行の航続距離および装備である。2024年8月にタイに投入された「BYD Sealion 6」は、94万バーツであり、多くの日系のCセグメントのSUVのハイブリッドモデルと比べて安い。装備についても、ドライバーの運転操作を支援する先進運転支援システム(ADAS)が搭載され、同クラスの日系を先行している。

タイでの販売モデルのEV航続距離は約100kmであり、多くの日系の航続距離85〜90kmを上回る。また、BYDは新たに開発する第5世代のPHEVシステム「DM5.0」を搭載する新規モデルでは、EV走行とハイブリッド走行を組み合わせた航続距離は2,100kmを超えたと発表。EV走行のみで200kmの航続距離を得られたと推測される。

中国勢のPHEVの価格が低いのは、EVからPHEVに進化したためとされる。中国勢のPHEVは電力がある限りはEV走行し、電力がなくなるとエンジンで発電した電力でEV走行する。これに対して、主要な日系のPHEVは、HEVから進化しており、電力がなくなると、エンジンで駆動するために、エンジンの排気量が大きくなり、エンジンとモーターに切り替えるためにより複雑な機構を使うことになる。

EVから進化した中国勢のPHEVは、EVのバッテリー、 バッテリーマネジメントシステム(BMS)、モーター駆動システム等を共通化しており、EVの数と合わせたスケールメリットを享受できる。またエンジンは、CセグメントのSUVでも1.5Lのガソリンエンジンであり、発電用に特化しているため、求められる性能も比較的シンプルでコストも安い。

一方で、中国勢のPHEVの弱点としては、EV走行からエンジン走行に切り替わると、燃費が悪く、HEVに大きく劣るとされる。ただし、最近はエンジンの燃焼効率も上がってきており、燃費も改善しているとみられる。

このようなEVで培われた技術と、中国のホームグラウンドでの圧倒的なスケールメリットを活かして、中国勢がPHEVでも海外で攻勢をかけることは、想像に難くない。特に、EV市場がイノベーターにある程度行きわたるキャズムに直面するなかで、PHEV投入により長い航続距離を求める新しい顧客層の獲得につなげようと、次の策に出たと言える。
 

タイでのPHEV振興策

タイ政府のPHEV税制は現行の1回充電による航続距離80km以上ないし燃料タンク容量45L以下に対して物品税5%が適用されており、航続距離80km以下ないし燃料タンク45L以上の場合は、物品税は10%に上がる。現地報道によると、政府は最近販売されるSUVはより大きな燃料タンクを使うため、基準の見直しを図っているようだ。この背後には、タイ政府にPHEV税率の引き下げを求める中国勢のロビーイング活動があるとみられる。

世界で販売されているPHEVのモデルの燃料タンク容量は、図表2のように45Lを上回る。
 

出所: Various OEM specificationsのデータをもとにNRI作成

タイで販売しているBYDのSealion 6も60Lのため、10%の税率が適用される。45Lから容量が緩和されれば、税率は5%以下になり、中国勢のPHEVの主力モデルに有利になり、日系の独壇場であるHEV市場に切り込む機会となる。HEVユーザーは、EVの航続距離の制約に不安をもっているが、PHEVであればその不安が解消されるからである。
 

タイ、インドネシアでのPHEV市場

昨年のASEANのPHEV販売実績では、タイ9,247台、インドネシア136台で、まだ普及の黎明期にある。タイでは、主にBMWやメルセデスなどの欧州系高級車ブランドが、PHEVを投入しており、PHEV市場の過半数を占める。欧州ブランドの乗用車は排気量が大きく、CO2排出量も多いため内燃機関の税率が高くなり、PHEV税率は10%と有利だからである。

しかし最近は、既出の通り、BYDはSealion6を皮切りにタイでのPHEVの投入を増やす見込みだ。特に注目されるのは、今年末に投入予定のピックアップのSharkであり、PHEVが搭載される見込みだ。ピックアップは日系の牙城であるが、BYDはPHEV税率を引き下げて参入を有利にしようとしているのかもしれない。

今年2月に開催されたインドネシアインターナショナルモーターショー(IIMS)でも、SUVのJaecoo J7、Chery Tiggo 8がPHEVで投入されており、今後タイのみならず、ASEAN全域で展開することが予想される。

日系の動き

日系では、三菱がタイでアウトランダーを投入し、現地生産まで始めたが、販売は数百台に留まり、国内生産を既に停止している。トヨタはEV走行の航続距離200km以上を目標とした新型のPHEVの開発計画を発表しているが、2027年以降に先進地域での投入が先行するだろう。

当面は、日系メーカーの多くは、タイのみならずインドネシアなどASEANでHEVの製品展開を強化するとみられる。現に、マツダは今年2月にタイの新しいMHEVへの税優遇措置を活用して50憶バーツを投資し、2027年からMHEVを生産することを発表した。中国勢が全方位で攻勢を強める中で、日系としては生き残りのために、税優遇措置を活用しながら、新しいパワートレインやテクノロジーを搭載した新規モデルを迅速にタイムリーに投入することが求められる。

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NRI Consulting & Solutions (Thailand)Co., Ltd.
Principal

山本 肇 氏

シンクタンクの研究員として従事した後、2004年からチュラロンコン大学サシン経営大学院(MBA)に留学。CSM Automotiveバンコクオフィスのダイレクターを経て、2013年から現職。

野村総合研究所タイ

ASEANに関する市場調査・戦略立案に始まり、実行支援までを一気通貫でサポート(製造業だけでなく、エネルギー・不動産・ヘルスケア・消費財等の幅広い産業に対応)

《業務内容》
経営・事業戦略コンサルティング、市場・規制調査、情報システム(IT)コンサルティング、産業向けITシステム(ソフトウェアパッケージ)の販売・運用、金融・証券ソリューション

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